第14話 嫌悪感
ぶわ、と風が巻く。
僕らを背に乗せた100メートルを超す巨体は、再び音もなく空へと舞い上がる。まるで重力など存在しないみたいに、ふわりと。
「あそこの翼竜には僕たちのお客さんが捕まってるの」
『任せな。あの程度、瞬きする間に捉える』
機嫌良さげに答える
巨竜の翼はほとんど羽ばたかない。魔法的な力で体を浮かせ、とんでもない高速で飛行する。
テカダさんを連れ去った翼竜はおそらくごく普通の騎獣なんだろう。飛行速度はそれほど高速ではなく、巨竜の翼はあっという間にその姿を捉えた。
接近する巨竜に、翼竜は必死に速度を上げるが、巨竜を振り切ることなど不可能な話。騎手が慌てているが無駄だ。
見ればどこにでもいるような野盗らしき連中が2人ほど翼竜の鞍に乗っている。そのうちの1人はさっきの触手を使った魔法使いなんだろう。
そしてテカダさん。恐怖の表情で野盗2人の真ん中でじっとしている。
まずは彼を取り返さなくちゃ。
「カガリさんはさっきの触手みたいなのは使えなかったですっけ」
「残念ながら」
「じゃ、飛び移ります。えん、お願い」
巨竜はグルと呻り、そして、すう、と翼竜の右側に移動する。ちょうどいい位置に来たかな、というところで僕はまた脳内のスクリーンに意識を向ける。
>set environment : fix( relative , EN , 100 );
/* 相対位置固定 */
キンと微かな振動とともに、僕がパーティクルと呼ぶ黄緑色の光のポリゴンが、無数に発生して翼竜に集束する。
翼竜が突然ギャアと悲鳴のような鳴き声をあげた。
翼竜は突然体を拘束されたような感覚に驚いて、バタバタと翼を無闇に羽ばたかせるが、翼竜の位置は巨竜からの相対位置で固定されたために逃れることができない。巨竜と平行して飛んでいるような状況だ。
僕は巨竜の翼の端から翼竜の背に飛び移る。カガリさんも続く。
翼竜の鞍の上で、野盗たちは真っ青になっていた。僕らが追ってきたことはもちろんだろうけど、そもそもその追跡に巨竜が現れたことに怯えているんだろう。
巨竜の翼が生む障壁のおかげで、轟々と鳴る風の音はここでは聞こえない。
感情を排した硬質な声音で、カガリさんは彼らに問いかける。
「君たちは何者だ? なぜテカダさんを狙った?」
「お、おお、俺たちは、お前らのせいで捕まった仲間の、か、か、仇を」
……仇って。
カガリさんを見上げると、彼はかすかに眉をひそめ、それからああ、と呟いた。
「もしかして、アーギヤの町で悪さをしていた連中の仲間かな。少し痛い思いはさせたが治療はしてやったのだし、捕まったこと自体は自業自得だろうに」
彼は口の端をつり上げ、2人の野盗を眼光鋭く見下ろす。
「なんにせよ標的は私たちじゃないのか? おまえたちが攫ったその人は関係ないだろう」
「い、いいんだよ、攫いやすそうなやつを攫って何が悪い!!」
「え……、いや、悪いでしょう……、ソレが一番悪いと思うんですけど……」
混乱しているのか、それとも元々善悪の基準が僕らと違うのか。
めちゃくちゃなことを言っている野盗にさすがの僕も呆れてしまった。
「もう……、治安隊に仲間が捕まったくらいで、わざわざ僕らを追っかけてくるなんて、ずいぶんご苦労な、……っ?!」
野盗のうち魔法を使ったであろうほうの顔を見て、僕の中で何かがパチンとなる。こいつは見たことがある気がする。
ぞわ、と鳥肌が立つような感覚と、言葉に表せない嫌悪感が喉を上がってくる。
すぐに記憶を辿ることはできないけれど、僕自身がこいつになにかされたことがあるんだろう。
「レギ? どうしたの」
「……すみません、カガリさん。僕、こいつを相手にすると手加減がたぶんできないと思います。僕は退きますので、相手をしてやってください」
見覚えのあるほうを指さしてカガリさんに伝える。彼は頷いて一歩前に出た。
そして僕は、彼らから距離を取るため巨竜の背に戻った。
自分が今、どんな顔をしているのかはわからない。けど、カガリさんが一瞬顔を引きつらせたのはわかった。
手が震える。たぶん、これは悔しい、という感情なんだろう。
『どうしたんだ、レギ。野盗どもを捕まえるんじゃないのか?』
えんが僕に心配そうに声をかけてくれる。
「……うん、気分が悪くなっちゃったから、カガリさんにお願いして逃げてきたの」
『そうか』
「うん」
遠くからカガリさんを見る。
もはや、野盗たちは抵抗するすべもなくガタガタと震えているだけだ。魔法を使ってきた方も、どうやら巨竜の存在に気圧されて反抗する意志すら失ったらしい。一切の抵抗なく、野盗2人はカガリさんに捕まった。
カガリさんは翼竜ごと野盗2人を保安隊に引き渡すつもりらしい。テカダさんを縛っていた紐を外し、代わりに鞍に野盗2人を縛り付ける。
それからほどなく、彼はテカダさんを連れて巨竜の背に戻ってきた。翼の上に移るときに少し手間取ったけれど、なんとか無事だ。
戻って来たカガリさんは、テカダさんを支えながら僕に伝えた。
「テカダさんは高いところが苦手なんだ。早いところ地上に降ろしてあげたい。急げるかな」
「わかりました。えん、おねがいできる?」
『おまえに呼ばれたところまで戻って来ているが、ここで大丈夫か』
「さすがえん。うん、ここで大丈夫」
上空でいろいろやってるうちにえんは大きく旋回してリオジ近くまで戻って来てくれていたらしい。
ゆっくり旋回して、巨竜は再び音もなく地上に降り立った。もちろん、捕縛した翼竜と野盗連中も一緒だ。
巨竜の背から降りた僕は、テカダさんを下ろすのを手伝ったあと、巨竜の頭の方に向かった。
「ありがとう、えん。急に呼んじゃってごめんね」
『たまに頼ってもらえると俺だって嬉しいんだ。なにかあったらすぐに呼べ』
「うん」
ふふ、と巨竜は笑い、一瞬のつむじ風と共にふつ、と姿を消した。
>alert : object disappeared.
脳内スクリーンにメッセージが走る。まだ戦闘モード中だったからメッセージがうるさい。戻さなくちゃ。
>set view : Normal();
>set mode : Normal();
ひゅんと文字列や360度の視界が消失し、頭の中が静かになった。
翼竜の上に拘束されたままの野盗連中には近づかないようにして、僕はカガリさんのほうに戻った。
カガリさんがテカダさんを介抱している。僕はテカダさんに謝罪した。
「高いところが苦手だったんですね。巻き込んでしまってごめんなさい」
「いいえ、商売人はこのくらい……」
テカダさんが青い顔をして応えるのを、カガリさんが制止する。
「もう、ご無理なさらなくて大丈夫ですよ、目的地もすぐそこです」
一瞬言葉に詰まり、テカダさんはカガリさんを見た。
カガリさんは何も言わずににこりと微笑んだ。
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