第27話 バイオノイド
「今からだいたい200年位前の話なんだよね」
そう前置きをして、今度はカガリさんが口を開く。
手元に、少し前に彼がまとめていたファイルがある。いつの間に持ってきていたんだろう。
「当時、世界はあらゆる国を巻き込んだ大戦争の末期で荒廃していた。科学技術の発達で発展した世界は一時は栄華を極めたが、それらの技術や社会を支えていた資源の底が見え始めた頃から争いが増えはじめ、やがて戦禍は世界全てを巻き込んだ。もともと枯渇しかけていた資源は戦争で無駄に食い潰され、戦いにより汚染され荒れた大地には食物も育たず、資源が枯渇した産業は荒廃し、インフラは機能不全に陥った。さらに局地的な人口爆発と、不衛生な環境から疫病の蔓延までもが引き起こされた」
そして彼は言う。これは子供も知っている昔話の一節だよね、と。
ここから始まる英雄譚は、みんな子供の頃に一度は聞いたことがあるお話だ。
物語が始まる前の、この世界を巻き込んだ大戦争の話は、いまでも過去の過ちを繰り返さないために、と、様々な資料が残されているそうだ。
「増えに増えた人間を養う力など、この星にはもはやないのは誰の目にも明白だった。それでも結局人間は、残った土地や資源を奪いあう無意味な争いを止められなかった。人間がお互いに殺し合い、滅びの道を進むことに抑止力は働かなかった」
昔話を語って聞かせるみたいなカガリさんの声に、なんだか眠くなる。
寝ちゃだめだぞ?とビコエさんに言われて慌てて姿勢を正した。
「ところが、この世界に大戦争が起こるより少し前に、なんの偶然なのか、世界に『音を操る魔法使い』が生まれた。科学技術全盛で豊かな世界の中で生まれた彼は、生まれながらにして音を“視る”力を持っていた。幼少時はただ音を視るだけの能力と思われていたその力が、音を意のままに操る力となり、やがて世界に干渉する“魔法”になったんだ」
彼が語るのは昔話の内容そのまんまだ。
僕の隣に座るビコエさんも、頬杖をつきながら聞いている。
狩人や警護隊を目指す子供たちが大好きなお話だそうだから、カガリさんやビコエさんも、子供の頃にたくさん聞いているんだろう。
昔話はさらに続く。
「彼には幼なじみがいた。それが奇しくも同じ地で生まれた光竜ハクと闇竜エンの旧き竜の双子。彼らは『音を操る魔法使い』と共に育ち、そして彼の力を見いだした」
「それまでもその種の力を持ってた人間はいたんだろうがなあ。ただ、そいつらは魔法使いとして芽を出さなかったことを考えりゃ、やっぱり旧き竜がそばにいたってのは、『音を操る魔法使い』が生まれたでかい要因なんじゃねえかな。竜も粒子の魔法を使うしな」
どうも口振りからして、魔法の歴史に詳しいというかマニアなんじゃないかと思われるビコエさんが口を挟んだ。
カガリさんも軽く肯く。
「天竜クア・地竜ラドから魔法の力の扱い方を学んだ彼は、4体の旧き竜たちの協力を得て『静かな戦争』を起こし、その力を振るって荒れ果てた世界を立て直した。彼は『旋律の主』と呼ばれるようになった」
昔話の前文を話し終え、手元のファイルを開くカガリさん。そのページには写真が1枚貼り付けられている。
カガリさんはそれを僕に見せた。
「音の魔法使いの開祖、『旋律の主』クラート・ムジカ。それから……」
傍らに立つ小柄な姿。『旋律の主』にじゃれつくみたいな格好で写っているそれを、カガリさんは指で触れる。
「彼はセロ。クラートの『小さな守護者』と呼ばれ、その後の『試練』をクラートと共に切り抜けて世界を守った英雄だ。……これは君だよね」
それは普通に僕だってわかる写真だった。
よく似てる、とかどころじゃなかった。どう見たって僕だ。
バレッバレだ。
「……はい、僕です……」
誤魔化すこともできず、僕は肯く。
資料が残ってることは知ってたけど、ここまでしっかり調べられるとは思わなかった。
笑いを堪えられないといった様子で、2人はクツクツと笑っている。
なんともしがたい気分になってカガリさんを見上げると、彼は僕の頭をポンと撫でた。
いろいろわかっても変わらぬこの扱い。
「そんな切ない顔しないで。なんだか悪いことをしてるみたいな気になるよ」
「あの……僕、一応一生懸命隠してたつもりなんですけど……」
「そうなんだろうけど、でもポロポロ情報をこぼしまくってる上、君は歴史上そこここに足跡残しちゃってるんだよ。クラート亡き後、ふらりと姿を消して以後、所在・生存とも不明になった、とは言われてるんだけど、実際は各地各国で世界中を彷徨う君を見守っていたんだ」
パラパラと捲られるそのページのほとんどは、どうやら僕の行動の痕跡を拾ったものらしい。
すごく分厚い。
……どんだけ筒抜けだったんだ。
「それからね、魔法も君の正体を示してたよ。あのスクリーンの魔法は、魔法を使う私たちにとって正体不明の不思議なものだった。だって、音が見えないのに世界干渉を行ってるんだ。それこそ、科学全盛の時代に魔法を見せられた人たちの気持ちだろうね」
カガリさんの言葉にビコエさんが肯く。
「俺たちは逆をやられたっつうことだよなあ。あのスクリーンは科学全盛時代の物の模倣だ。レギ君はその時代の物を普通に……たぶん頭の中かそこらへんで使ってんだ。『
「その通りです。あの魔法は世界を構成する
僕は肯く。
そうだ、そもそもなぜビコエさんはこんなことを知ってるんだろう。科学技術的なものは『静かな戦争』の際に一部例外を除いてことごとく破棄されているので殆ど残ってないはずだ。
ああ、それなあ、と彼は顎を軽く撫でた。
「俺の家にな、先祖が残した資料が残ってんだよ。旧時代の末期、『旋律の主』が起こした『静かな戦争』の際に、当時敵対国だったこの国で立ち上がった極秘プロジェクト。その主幹事業であるバイオノイド製造……レギ君たちを作ったメンバーの中に、俺の先祖がいるんだよ」
「……ェええっ!?」
思わず椅子から転げ落ちかけて、すんでの所で体勢を整える。
研究者の人たちの顔はいまでもちゃんと覚えている。
あの人たちの中に、ビコエさんのご先祖様がいた、ってことか。
なんという偶然。
とはいえ、もともとティニ付近は『旋律の主』の『領域』といわれるものがあった場所だ。
それ故に、それに関わるものが多く残っているのは何の不思議もない。
だから僕も、時々この付近を旅していたんだけど。
「よくそんな資料持ち出せたなって話なんだけどな。壊される直前だった研究所から先祖が持ち出したんだとよ。『旋律の主』がバイオノイドの資料を探していたってことで貸し出した記録も残ってる。代々大事に保管しろって言われてて、『旋律の主』が自ら掛けた保管の魔法のおかげで、今も新品みてえな状態で保管されてるぜ。なんかの折には役に立てるよう言われてるって、俺も聞かされてる」
「……な……、なるほど」
思い当たる節があって、僕は頷いた。
なにかを書き付けていたカガリさんは、こんどは付箋を付けたページを開いた。バイオノイドの文字が見える。
彼はページに書かれていることを掻い摘まんで話し出す。
「戦地用従属型バイオノイドはもともと戦争で投入されてた兵器だ。で、それをベースに特殊目的で作られたのが君たち試作品なんだけど、その特殊目的は資料には残ってないからわからない。ただ、結構ずさんな計画だったようで、計画自体がごくごく短期に計画・実行されてる。急ぎだったからか、設計そのものについてもベースのバイオノイドとそれほど大きな差はないんだ。ただ、完成体は未成年者に見える姿に調整されていたらしい」
戦地用従属型バイオノイドの利用法については衝撃を受けたな、と彼は呟いた。
開かれたページには見た記憶があるものが書かれている。
彼の表情から、僕も理解する。
ああ、僕がどういう存在なのか、完全に知ってるんだなあ……。
「従属型っていうのは、1人の人間をマスターとして設定して、その人物に従うようにできてる。その辺は家庭用・愛玩用バイオノイドやアンドロイドと共通なんだ。設計から変更する必要もないからそのまま引き継がれた設計なんだろうね。戦地向けだから肉体強化がされていて、普通の人間よりもベースの能力が高い。あと……」
そこでカガリさんは言葉を切った。なんとも言いがたい表情で視線をファイルに落とす。
その様子に、ビコエさんは仕方ないな、という顔をした。
「カガリは言いにくいみてえだから俺が言うがな。戦地での性の問題も引き受けるようになってんだよな。死と隣り合わせだとどうしても盛んになるからな。けど、兵は男ばっかだし、現地調達なんか無理だし、病気も怖え。でも、兵を守るためにどうしても必要だった」
言いながら彼はガリ、と強く頬を掻く。
傷になるんじゃないかってくらいの勢いで。
「基本的には女性型が多いんだが、君みたいな両性具有なんてのも結構需要があったらしいな。顔立ちは誰が見ても好ましく思うような中性的で整ったもの、通常時・戦闘時には性欲が湧かない男っぽい上半身の体格だ」
ふん、と息を吐くビコエさん。
チラリと僕の格好を見た。
今日の僕の服装も、普段と特段変わりはない。
首輪から生成したアンダーの上に、身体の線がわからないようなコートのような物を着ている。
彼は小さく頷いて視線を戻す。
「……下半身は肉付きよく丸っこくできてんだよ。アレ用途で使い心地重視でな。感情制御で自分からは発情しねえし、性交渉時は兵士がスムーズに行為に及ぶため脱力し、受け入れが即可能になる。以後の作戦に支障が出ないよう、不要な記憶は消去される、等々。戦場で必要だからったって、凄まじい仕様だ。ただ、機能は残っているものの試作品にはその辺の機能を使うことは想定されてなかった」
下を向いたままのカガリさん。表情が見えない。言葉を少し切ったビコエさんも、苦々しい顔をしている。
「……使い捨ての予定だったんだ。作戦投入後、すぐに捕まって破棄されるって想定でな。数十を製造して、完成したのは7体のみ。実験兼ねてたから培養中に死んだ実験体も多かった。そして彼らは主人も設定されないまま作戦投入された。……本当にひでえ話だ」
「だいたいそのとおりです。僕は他の実験体と比べて育成速度も遅くて、能力も低かった失敗作扱いの8番目なので、資料には記述はないと思いますが。だから実験体に与えられていた番号も僕には与えられてないです。便宜上『0』と呼ばれてました」
「『旋律の主』側の資料には8体ってなってるから不思議だったんたがな、そういうことだったか」
僕は肯いた。
しかしまあ……。
……本当に全部、バレてたんだなあ。
僕の顔に、その辺の気持ちが書かれてたんだろうか、カガリさんは苦笑して僕の頭を撫でる。
「警護隊にしても国にしても、追うことは簡単なのに今まで君の行動に一切干渉してこなかったのは理由があってのことだろう。隠匿結界を張ってまで中を隠した理由もおそらく上は承知だろうが、下層についてはこれまで通り君の存在については隠すんだろうな」
たぶん、とカガリさんは言葉を継ぐ。
「君の行動の自由を奪ってはいけない、みたいな決まりが昔からあるんだろうね」
そっか。そうかもしれない。
きっと『
そう考えたら、なんだか嬉しくなった。
「みんなバレちゃってたなら、気が楽になりました」
「ま、いままでどおりだってことでいいんじゃねえの」
ぜんぶバレてたんだからなあ、とビコエさんはカラカラ笑う。
「そうだね、いままでどおり。バレてたことに気が付いたことだけかな、違うのは。人前で強力な魔法を使うことなんて、普通に考えたらそうそうないんだしね」
カガリさんが僕の頭をもう一度撫でる。
こんどはグリグリと頭が一緒に動いちゃうくらいに激しく。
「うああ、やめてください、めがまわるです」
彼は楽しそうに笑った。
バレてても、いつもと同じ扱い。
うん。子供扱い上等だ。
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