第9話 自信の理由

>set view : SendVision(person);


<message : Successfully sent the vision to three people.


 ポン、とメッセージが出る。

 そのとたん。


「うわっ?!」

「こんどはなに?」


 ビコエさんたちがまた声を上げ、今度は派手な音を立てながら椅子から落ちた。

 まあ、無理もない。

 視野の全面に重なるように、さっきの映像が現れたのだから。


「意識の切り替えで、その映像は位置やサイズを変えたり、全面表示のまま意識しなくしたりできます。ちょっと試してみてください」

「え、えええ……」


 困惑するふたり。

 またしても言葉の足りない僕にカガリさんの助け船が出される。


「大丈夫。普段、音を視るときにやってるのとおなじだ」 

 

 音の魔法を使う魔法使いは、視覚に別の映像が重なるという状況に慣れている。

 というのも、彼らには音が視えているが、それは視覚に資格以外から取得した別の情報を画像として重ねて見ていることに他ならないからだ。

 今、僕が彼らの視野に送った情報も、視野に別の情報を重ねるという意味で音を視るのと同じようなものだ。だからたぶん、すぐに操作できるようになる。

 ちなみにこれ、実は少し前からカガリさんと研究してたことだ。カガリさんに実験台になってもらっていたんだけど、カガリさんは視野上の情報にすぐに慣れてしまった。


 ビコエさんたちがわちゃわちゃしている間、一旦僕は席を立ち、奥に備えた簡易ミニキッチンでお茶を入れる。

 ビジョンの送信先とは、リンクされている状態ならかなり離れても切断されることはないというのは実験でわかっている。受信者の魔法的な感度の問題もあるようだけれど、カガリさんとの実験では3キロ程度までの距離ならばリンク切れを起こすことはなさそうだった。


 僕がお茶を淹れているほんの数分で、ビコエさんたちも送られたビジョンをコントロールできるようになっていた。

 映像がどのように見えているかは個々人でだいぶ差があるようだからわからないけれど、とりあえず視界を妨げることなく情報を確認することはできるようになったみたいだ。


 不思議なもので、人間はだいたい同じ脳の構造を持っている。でも、その中で動く情報の処理の仕方……いうなればオペレーティングシステムは個々人でみんな違うようだ。

 分かりやすい例を出すなら、文章を読んだときに「誰かが頭の中で音読するのを聴くような感じ」「映像になって見える」「ダイレクトに文字情報がイメージ化する」みたいに、それぞれ受け取った文字情報を認識するまでの処理方法が違う。同様に、物事を暗記するときにやりやすい方法だってそれぞれ違う。

 どんな脳でも、大概は与えられた情報はそれぞれのやり方で、それなりにちゃんと対応できるようになるし、コントロールできる。脳のシステムはとても柔軟で面白いなと思う。

 

「こりゃ便利だな。レギ君が情報を送ってくれると、これで周辺情報が確認できるわけだ」

「うん、これは助かるわ」


 魔法も得手不得手があるが、中でも索敵ができない人は圧倒的多数だ。

 ビコエさんとトズミさんも索敵はできない。

 彼らにリアルタイムで索敵情報を伝えることができると、多数のケモノが同時発生する今回のような場合ではかなり有利になってくる。

 状況を見ながら先手を打つことができるからだ。


 カガリさんによれば、これまでは索敵をしても詳細がわかっているのは索敵を行う人物だけで、共有には口頭でやり取りするくらいしかなかったという。また、カガリさんレベルでの広範囲索敵はできる人が本当に限られる。普通はできても100メートルが限界だそうだ。

 僕の『空からの目』による索敵サポートは、メンバー全員で状況を共有できるという点が非常に有用だそうだ。


 だからこれについて、カガリさんにいっぱい褒められた。

 ただ、その後いろいろとこうできないか、ああできないかっていうことを言われたのでちょっと大変だったけど。

 その結果、リモートでの視覚情報へのリンクによる情報共有という、字面だけだととても魔法とは思えないようなことを実現できることになった。


 *


 僕が淹れたお茶を飲み、カガリさんはビジョンを使いながら作戦について話をはじめる。

 

「私たちはこの中央の線を辿って湖付近まで捜索をするわけだけれど」


 カガリさんの言葉に沿って、視野内のスクリーンに表示されている中央の道をハイライトにする。

 

「カケバはこの周辺に住処があったと推測されている。はっきりとした位置は不明ではあるけど、大体このあたり……湖の東側付近に目撃情報が集中しているから、この周辺なのはほぼ確定だろう。コスバ自身は100年近く存在を確認されているマモノだから信頼性は高いよ」

「そう考えるのが自然なんだろうなあ」

「ケガレって昼間はあんまり動かないでしょ?」

「そう言われているけど、例外だってあるからね」


 スクリーンのケモノの位置を追いながら、トズミさんは首をかしげる。


「赤いのがケモノ? これって普通のケモノとケガレのは分かれてる?」

「色を変えてます。赤いのは普通でケガレは紫にしてます」

「ああ、こっちのがそうなのね。……コスバ様の住処地域周辺にかたまっているのね」


 視野内に投影された図に、彼女はフムフムと頷いていた。

 一般的に、ケガレは光を嫌うと言われているが、まだ日が出ている時間なので、恐らくじっと夜が来るのを待っているんだろう。

 

「紫の点はたまに数が減るね。何らかの理由でケガレが消えているんだろうね」

「夜になると生み出されて、昼間は数が少し減って、また夜に増えるってことか。全体的には数が増えるっつうことかね。」

「うーん、そうなんじゃない?」


 だって、大量発生するでしょ、とトズミさんは呻り、それからチラリと時計を見る。

 そろそろ日が暮れ始める時間だった。


「今から行って叩こうと思っても無理だね、準備不足でやられるよ」

 カガリさんが冗談ぽく言うと、ビコエさんはハハ、と乾いた笑い声を上げた。


「それは御免被りたいなあ。行動開始が8時だろ? 飯食って7時頃に出ればちょうどいい頃合いかな。トズちゃんトラップどうすんの?」

「拘束型使う。レギちゃんもユーニティもいるし」

「じゃあ、俺もいつも通りだな」 

「僕は?」

「とりあえず普通に近づいてきたケモノがいたら端からやっつけてってくれればいいよ」


 カガリさんが僕にすごく雑な指示をくれた。

 ちょっと彼の服裾を引っ張ると、彼は僕の頭をグリグリ撫でた。


「どっちかというと君は1対1で力を発揮するタイプだろう。だからマモノとやり合うときまでは力を温存しておいて欲しいんだよ」

「その言い方だと、皆さんは複数のケモノ相手の方が得意って感じになりますが」

「その通りだよ。ランクが上がりやすいっていうのは、つまり効率的にたくさんのケモノを相手にできる能力があるってことなんだ。だから」


 カガリさんはビコエさんとトズミさんを見て、言葉を継ぐ。


「あの年齢でランクカラーが青なんだ」


 ああ、そっか。


 ランクカラーを高くするには元々の資質がなきゃ無理だけど、得意分野にも関わるんだ。

 もともとまとめて大量のケモノを狩る能力が高いから、ランクがあんなに上がってるんだ。


 だから、カガリさんもビコエさんも最初からあんなに余裕だったんだ。ビコエさんの得意なことはなんだか知らないけど。


 僕の『空からの目』はこちらにだいぶ有利になる状況を作る。

 だから、僕が何となく感じた不安は不要なものだったわけだ。

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