第7話 “ゴウ”
湖岸の食堂に入ると、時間が中途半端なせいか人はおらず、レギと私の貸し切りのようだった。
「お客さんいないですね」
「3時過ぎではね」
店員が窓際の4人掛けのテーブル席を案内する。
年季が入っている木の板に書かれたメニューを見ながら、レギが好きなものを適当に注文した。
「この時間にあんまり食べると夕ご飯食べられなくなりますよね」
「君はそういうのはあまり関係なさそうだね、いつも」
レギは、一体その体のどこに入っていくのかわからない程度によく食べる。本人曰く、全然食べなくても大丈夫とのことだが、これだけ食べる人間の言葉だと思うととても信用できない。レギの言う全然食べない、という量は、きっと普通の人間の食事の量とそんなに変わらないに違いない。だから、私はもしレギが一食でも抜いたら、それだけで倒れてしまうんじゃないかと密かに思っている。
料理が一品、また一品と運ばれてくる。
「どのくらい頼んだんですか? 食べられる量ですか?」
「私が食べられなくても、君が食べてしまうよね?」
「むぅ」
早速「いただきます」をして料理に手を付けながら唸るレギに、「たくさん食べるのは狩人に取っても必要なことだから」と適当なフォローを入れる。
ところで、と私は話を切り出した。
「さっき、役場で登録証をもらっただろう?」
「ふぁい」
田舎風パスタをもっしゃもっしゃやりながら、目線もくれずに返事をするレギ。一瞬顔が引きつったのが見える。
「先日の『大長鼠』の件もあるし、実戦経験は豊富なようだけど」
レギはコト、とフォークをテーブルに置き、もぐもぐしながらではあるが神妙な顔をする。
「ちらっと見えただけだからわからなかったが、君、登録証を慌てて隠しただろう」
びくっ
それはもう、わざとやっているんではないかと思うくらい大げさな反応だった。
「……み、見たです?」
「見たとも」
なぜか恨めしげな顔をされる。
「本当に見てたんですね。狩人となるとそういうもんですか? そこまで注意が行き届きますか」
「性格だろうね」
「正直、失敗したと思います。登録止めとけばよかった……」
「むしろ、なにか隠そうとしている人間が登録しようとか、逆に大胆すぎて驚くよ」
「あー……」
僕はアホなんだろうか、と呟いて、テーブルにごつんと頭をぶつける。
「そうですよねえ。いろいろ油断してました」
「なにを隠しているかは知らないけど、身分的な物を隠そうというなら本当に油断しすぎだよ」
最初に登録という話をした時にもホイホイと乗ってきたし、おそらくなにも考えていなかったのだろう。
それにしても、だ。
「ポーチに隠していただろう? なにが起きた……かはだいたい想像はつくけど、一応見せてくれないかな」
「……ええー、でも」
「別に驚きはしないよ。予想は付いてるから」
ランク上位の色に変わっていたのだろう。そうでもなければあんなに慌てることもない。
「そうですか……? それじゃ、もしかしたら誰か見てるかもしれないから、この中覗いてください」
そう言って腰のポーチを外して寄越した。
手前の小さなポケットに、登録証の端が見える。
ポケットから出さないように、石を見た。
窓の外からの光に透かしても、それはポーチの中の闇に溶ける。クリアではなく、黒?
さらに──ひび割れている?
「……なんだこれは?!」
「ほら、びっくりしたー」
とても嫌そうな顔をして、レギがポーチを取り返す。
「どういうことなんだ? ──そんな色、見たことも聞いたこともない」
「どうもこうも……。それだけ僕には“ゴウ”があるんです。無垢の宝玉の許容量を超えてるんですよ」
絶句する。
レギはそれを当然のように言うが、『無垢の宝玉』や『許容量』などという言葉自体、聞いたことがない。
「君は……何者なんだ?」
「んー、なんでしょうね、よくわかりません」
曖昧な表情で答えるレギに、ぞっとするような妙な感覚を覚えた。
銀鈴が微かに音を立てた。
「『無垢の宝玉』というのは、その登録証に付いている石の呼称なんだろうというのはわかる。けど、現在それは『ゴウの証石』と一般的には呼ばれている」
「……昔の呼び方なんですよ」
視線をさまよわせ、ぼそぼそと答えるレギに、私はさらに尋ねる。
「昔と言っても、私が生まれたころにはそういう呼び名だったはずだよ」
「ほ、本で……読みました!」
明らかに誤魔化した。
けれど、この子がどうしても話したくないことを、今ここで私が暴いたところで、何の意味があるだろう。
少なくとも、私より長く生きていることはわかったが、だからといってなんだというのか。
「……わかったよ。これ以上は聞かないでおくよ。でも、一つだけ教えてほしいんだ。『許容量』とはどういうことなの?」
「それだけお話ししたら、他のことはもう聞かないでくれますか? ──僕のことですから、何となくそのうちに話しちゃう気はしますが」
見た目と精神年齢が芝居ではなく同じなのは、ここしばらく一緒に生活していてよくわかった。そして、あまり記憶力がよくないことも分かっている。
私は黙って頷いた。
「じゃあ、ご説明しますね。無垢の宝玉っていうのは、その辺の山の、特にマモノやケモノが多い地域でたまに採れる石です。もともと結構大きな結晶でどさっと採れるので、希少価値はそれほど高くないです。たまにそこそこの狩人なんかが採取してきますから、供給もありますし。普通の宝玉だとケモノなんかの体内にできますが、これは自然物……例えば、川の中だとか森の木の枝の間だとか、そういうところにいきなりぽこっとあったりするんです」
「うん、そこは知ってるな」
レギはうんうんと頷いたあと、ちょうど運ばれてきたジュースを一口飲んで、はあ、とため息をついた。満足そうだ。
「だいたい、これらの結晶は似たようなものらしいんです。ケモノたちのやつは、ケモノ自身の生命力が固まって、その性質なんかによって色が付いて宝玉になります。無垢のはそういうのがなくて、自然界のなかでうっすら黄みを帯びた結晶になります。黄色は自然界のなんかの色なんでしょう。で、それは他のものの生命力の影響をすぐ受けちゃうんですね。直接肌に触れたりすると効果てきめんです」
「ヒトのゴウの影響で、証石の色が変わる、ということかな」
確かめるように聞くと、レギはまたコクリと頷く。
「はい。ゴウっていうのは、どれだけマモノやケモノを殺したか、というものなんですが、マモノやケモノの生命を奪うと奪ったものの生命から放たれるエネルギー……これを生命力と言っていますが、これが淀むんです。淀むというか色が付く感じです。そういう色つきの生命力をゴウと呼ぶんです。ゴウを無垢が受けると、色が変わっちゃうんですよ。ゴウの色が無垢に反映されるみたいなイメージでしょうか」
ここまでまた一息に話すと、レギは「ぷはあ」と息を吸って吐いた。
本当に一息で話していたかのような大げさな動きだ。
「じゃあ、君の石が黒くてひびが入っていたのは……」
「ええ、許容量オーバーです。ゴウが多すぎて割れちゃったんです。受け止めきれなくて壊れちゃった」
普通に言ってはいるが、この子はとんでもないことを話している。
『ゴウの証石』については私が知っていることとほぼ同じだ。だが、ゴウそのものについて……そういう性質のものなのだ、ということは知らない。
ゴウは、一般的には倒したケモノやマモノの数を何かが数えているのだと言われている。その数が証石に反映されているのだと。そこについての明確な説明や証明はされたことがなく、ただ、証石の不思議な性質だけでそのようにみんな理解していた。
「生命力の淀みなんて痛くも痒くもないですし、目に見えるものでもないし、性格や精神に影響を及ぼすわけでもないのです。ゴウなんて大仰な呼び方ですが、奪った生命を吸収して色が濃くなっていく、みたいな解釈のほうが正確なのかもしれません」
明快なレギの説明に、なるほど、と納得する。
「君が何者かはわからないが、マモノやケモノを狩るモノなのは間違いないね」
「ものすごく大雑把に言えば、僕の仕事の一つなんです」
レギは狩人のようなものなのだろう。それをかなり長い時間やってきた。
「……それにしても、そのゴウの量……、現在、クリア持ちは世界でも片手に余る。それを上回るのか……」
ぞっとする。
見た目と違わない精神年齢の割に、どれだけの数のケモノやマモノを相手にしてきたのだろう。ときどき感じる違和感は、たぶんそれ由来のものだ。
彼はケモノやマモノを狩るのが仕事の一つだと言った。他にも“仕事”はあるのだろう。ただ、それを聞いてもあまり意味はない。
それよりは、その力を利用……というと聞こえが悪いが、私の仕事を一緒に手伝ってもらったほうが、私も助かるし、彼自身の目的にも沿うようだから、Win-Winだ。
考えを巡らせる私を他所に、レギは再びフォークを取ると、まだ湯気を立ち上らせる野菜たっぷりのスープに食らいついた。
幸せそうにスープを味わう姿は、ただの子供だ。
空になったスープ皿を、テーブルの横にちょっと名残惜しそうな顔をしながら置き、それから私に小さな声で尋ねた。
「あの……、この割れちゃった無垢の宝玉を適当な色つき石に交換しとけば、さしあたりばれませんよね? ……なんか、トレースされたりしてますか?」
ギャップがひどいが、それがまた面白い。笑いそうになるのを抑えつつ、私は悩む振りをした。
「んん……、どうかな。石は万一の時、追跡に使うから個体識別はされているだろう。だから、適当な石に交換して、外した石は持っていたらいいんじゃないかな。役所のことはよく分からないけど、手続きでは色しか見ていないだろう。この町の役場に識別専門の人間はいないしね」
「そうですか。それじゃ、僕、これをなにか違う色の石に変えておこう。黄緑色あたりがいいですよね、初心者っぽくて」
自分の容姿がどう見えるのか、しっかり弁えている。その辺は苦労もあるのだろう。
「でも、カガリさん。こんなこと言っちゃなんですが、この石、簡単に交換できるとなると、上位の色石を嵌めて誤魔化す人だっているんじゃないですか?」
「多少はいるかもしれないけれど、それをやって上のランクに登録しても特に福利厚生に大して特典があるわけじゃないんだよ。あくまでも狩人のランク把握の目安だから、下手に高いランクだと、緊急の招集がかかった時に命を落とすリスクが高くなるからね」
レギは目を丸くする。
「仕事を選ぶ自由が狩人にはあるんだ。報酬が良くたってリスクが高いと判断すれば、そんな依頼は受けないよ。だいたい、ランクはあくまで目安で、それ以上のランクでないと引き受けられないとかそういう縛りはないんだ。依頼する人間だってそれがどの程度のランクが最適かなんてわからない普通の人だしね」
そりゃそうですよね、と深く納得しながら、レギは唐揚げの皿に取り掛かる。各種の料理を既に5皿ほど食べているはずだ。
本当にどこに入っているんだろう。
唐揚げを一口で食べて、次の唐揚げに手を伸ばしながら、ふとなにか気が付いたように手を止める。
「あの、そういう依頼で、引き受ける人がいない場合はどうなるんですか?」
「警護隊に依頼が回されるよ。普通、リスクの高い依頼は最初から警護隊に出されることのが多いんだ。商人の身辺警護みたいなのは比較的楽でリスクも低いから狩人のほうが多いね。安く頼めるってのもあるから」
「警護隊に依頼するのって高く付くんですか?」
「内容によるよ。村周辺でケモノが出て、その駆除の依頼とかそういうのは通常の任務の範囲内だからお金はかからないそうだ。けど、商人や個人の警護依頼は個人的な依頼ってことで通常任務の範囲外だから高くなる」
「へえぇ……、今はそんなふうになっ……」
と、そこまで言って、しまったという顔で口ごもる。
「いや、いいよ。君が長く生きてるってのはもうわかってる」
「……あう」
「そんなに長く生きているようにはとても思えないんだけどね。君の言動を見ていても……。ただの子供に知識を流し込んであるだけじゃないかっていうふうに見える」
「んー、それは言い得てます」
へらっと笑って、フォークに突き刺さった唐揚げを口に運んだ。
それはまだ熱かったらしく、涙目になりながら水を飲む。
「本当に、子供じゃないの……?」
「違います、こんなに食べてても、これ以上育ちません。すこしお尻回りがプニプニになることはありますけど」
「そっか、育たないのか」
子供はすぐに育つ。けど、やはりこの子は育たない。
見ていて飽きないレギを眺めながら思った。これはいろいろと面白い。
「うん、君と一緒にいるとダイエットができそうだよ」
「狩人は食べるのが基本だって言ってませんでしたか」
「君が本当によく食べるから、見ているだけでおなかがいっぱいになっちゃうんだよ」
クスクスと笑うと、レギは不満げな顔で私を見ながら最後の唐揚げを口に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます