第7話 作戦伝達

 山道を進むこと2時間。

 僕たちはようやくディスナの村、ヤーキマに到着した。

 ワディズも標高の高いところにある街ではあるけれど、ヤーキマはそれよりさらに標高が高い。気温が3度程度違う。


 暑い季節の3度は快適だけど、今ぐらいの季節になると、3度違うっていうのはかなり大変だ。

 僕自身は暑さ寒さは感じこそすれ不快ということはないのだけど、普通の人だとそうも言っていられないようで。


「ッかぁー! さみーよ!」

 ビコエさんが叫ぶ。一応防寒対策はしているんだろうけれど、やっぱり寒いらしい。

 それに対して露出度の高い格好をしているはずのトズミさんは平気そうだ。人によっては保温系の魔法を使うから彼女もそうなんだろう。


 獣車を降りた狩人の一団は、迎えに出てきた警護隊の人に先導されて、臨時に設営された大型のテントに入った。

 中には編入される先だという第3中隊のえらい人らしき人物を中心に、数人の隊員が待機していた。

 狩人が揃ったところで、中央に立っていた、おそらくは第3中隊の隊長が告げた。

「現時刻より、諸君を第3中隊に狩人小隊として編入する」

 ぴり、と空気が張り詰める。

「既に聞いていることとは思うが、昨晩出現したケモノの襲撃により、第5小隊が壊滅した。これより、諸君らを含めた第3中隊の作戦伝達を行う」


 *


 カガリさんが言ってたとおり、僕たちは第3中隊に狩人小隊として編入されたわけだ。

 ということは30から50人くらいの一つの隊として扱われるということだ。


 カガリさんはその中で、分隊の長になってるらしい。

 いきなり分隊の長?なんて聞いたら、以前からそうだよ、という答え。基本的に、過去の警護隊招集時の実績やらなんやらでそういうのが決まってるそうだ。

 小隊長は警護隊の人だから、作戦系統とかそういうのについては問題ないんだろう。

 あと、隊員になった狩人について、実戦については経験があるし、みんなそれなりに動けるとは思うけど……。隊として動くのはどうなんだろう?


「狩人は普通、複数人で行動するんだよ。ケモノとやり合うんだから1人じゃ危険だからね」

「あ、そうか。1人じゃ怪我したときとか困りますよね」

「そう。常に危険と隣り合わせなんだ。ある程度ランクが上がると単独行動も増えてくるけどね」


 なるほどなるほど。

 だから、こういう組織に招集され編入されても、相手は主にケモノだし、指示で行動するのは普段と同じだから、特に問題はないわけか。

 死んだら復活できる訳じゃないし、仲間との連携も重要だよね。


 詳細は省くとして、これまでの実績からカガリさんの第3分隊はビコエさんとトズミさん、そして僕というメンバーだ。聞けば以前から僕以外のこのメンバー+2,3人で分隊が組まれていたという。

 小隊隷下には僕たちの第3分隊のほかに、第1、第2分隊と本部、衛生分隊がある。他の小隊とは構成がすこし違うそうだ。

 特に今回招集された狩人はほぼ全員が魔法使いだ。治療が行える者も多い。

 だから、後方から支援する衛生分隊は、重傷者を高度に治療できる人員を確保しているとのことだ。


 *


 小隊長を中心に、作戦のミーティングが行われる。

 大まかな地形の説明と具体的な被害状況の説明から始まり、目撃情報やケモノの種類などの現時点でわかっている情報が開示される。


 昨晩出現したケモノの数は推定で40程度。小隊をぐるりと囲むようにして現われた。

 中型犬くらいのサイズで足が6本あり、ネバネバとした体液を粘膜に覆われた体表から少しずつ分泌している、体毛のない犬みたいなケモノだという。

 ザ・ケガレみたいな容姿だ。

 たぶん、元は「六脚犬ろっきゃくけん」だったんだろう。


 便宜的に「六脚むつあし」と呼ばれるそれは、体表からのネバネバに神経を麻痺させる毒を持っているようだ。

 厄介なことに、揮発した気体にも成分が残っているらしく、直接触れなくても気体の吸引だけで麻痺を起こさせる。

 これでは迂闊に近寄れない。


「ははーん、こりゃ普通の小隊じゃひとたまりもないわな……」

 地図と資料の載った簡易テーブルを囲み、狩人小隊長──ドゥーザ1尉の説明を聞きながらビコエさんが唸った。

 

 小隊長の話は続く。


 昨晩はこの「六脚」の他、先日目撃されていた「青狐」も出現したという。

 その名の通り、青みが強い美しいグレーの毛皮が特徴の大型のケモノ「青狐」は、普段でも攻撃性は高いが、ケガレになってさらに狂暴化しているという。

 ケガレは人間を憎む。

 食べるためではなく、ただ殺すために攻撃してくる。


「凶暴化は今に始まったこっちゃないよな」

 地図上に置かれた「青狐」のマークをつついてまたビコエさん。


 作戦とは言え、正直ケガレがどういう種類なのか、どこからケモノが出現するかが不明な以上は、結局ヤーキマ付近の警備を強化した上で、慎重に山の中を捜索するくらいしか方法がない。

 あまり纏まっていると昨日のように一網打尽にされてしまうおそれがあるから、狩人小隊は各分隊がそれぞれ500メートル程度の距離を開けつつ、ヤーキマから周辺を3方向に向けて捜索していくという動きになる。

 そして、ケモノを見つけたら即殲滅だ。実にわかりやすい。


「俺らは真ん中ってことでいいんだな」


 ビコエさんは小隊長にたずねる。

 ドゥーザ隊長は頷き、地図上のヤーキマからディスナの山の中腹にある湖に向けて指を走らせる。


「昨日は湖の南東300メートル付近で第5小隊がケモノと遭遇している。ヤーキマでの目撃情報は、ケモノは南東方向から来ている可能性が高そうだということだ。第3分隊はヤーキマから東南東へ進むルートでディスナの湖を目指してほしい」

「ま、一番遭遇の可能性が高そうなルートってことね」

「大変なルートを任されてるんですね」


 トズミさんがクスクスと笑う。

 カガリさんを見てもビコエさんを見ても全然余裕そうだし、トズミさんはちょっと緊張しているのはわかるけど。


 でも、僕はなんだか心配になった。

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