第15話 青緑の炎

 バン、とドアを蹴破る音と共に、室内に駆け込む黒髪黒瞳の男。


「こンの……馬鹿野郎がっ!!」


 入るなり、怒鳴る。

 意識を失い、リビングに広がる血だまりの中に倒れていたカガリを揺さぶった。

 

「何やってんだ、何暴走させてるんだテメェ!!」


 音の魔法使いは、他の魔法使いが使う音の糸も視ることができる。

 カガリが暴走させた音の銀糸は、自宅にいた彼の目前も突き抜けていった。

 魔法使いなら気付かないはずがない高密度のそれに、慌てて外に飛び出した彼が目にしたのは、カガリの自宅方向から空を覆い尽くして広がる音の銀糸。

 この出力は異常だ、とすぐに気付いた。

 本来索敵の魔法である以上、通常は他の魔法使いには見えない程度に出力を絞るものだ。ところが、男が目にしたそれは、そんなことはお構いなしに、ありとあらゆるモノを探ろうとする大出力の超広範囲探索だった。流れ込むであろう情報量も恐ろしいことになるのは容易に知れた。

 その力のもとが、どうなるのかも。


 男は、いつもなら家にいる“あの子”がいないことと、カガリが探索を行なったという状況から、自分の推測が正しかったことを理解する。

 行方不明になったのだ、あの子が。

 彼らが危惧していたことが起きた。

 それで彼の後輩は、焦りのあまり索敵の魔法を暴走させてしまったのだと。


(対象がわかってる広範囲探索なら、もっと効率的なやり方があるだろうが……)


 あの後輩にそれがわからないはずがない。

 それだけ、彼が冷静さを欠いていたということだろう。


 これまでのカガリであれば、あり得ない失態だった。


 高ランク魔法使いの死因2位が、実はこういった魔法の暴走だ。

 体内で力が暴走し、内臓器官を傷つけるパターンは自己強化型の戦士系に多く、外に向けた攻撃の力を制御しきれずに魔法的体力を使い果たし、脳神経をズタズタにするのは外向きの力を使う魔法使いに多い。

 カガリは複合型だ。内臓器官の損傷と脳神経の損傷の両方だろう。

 体内の損傷だけなら並の治療でも何とかなるだろう。しかし、大量の情報処理が間に合わず、また魔法の暴走による魔法的体力の低下により彼の脳神経は恐らくズタズタになっている。こうなると、警護隊の病院にいる魔法医程度・・ではランク的な問題で治療は不可能だ。


(高ランクの復元魔法が必要なやつだ。俺がいてよかったな)


 弱いながらカガリが呼吸をしていることに安堵し、男はカガリを仰向けに寝かせる。

 正直なところ、あれほどの規模の暴走なら、ランク的に考えて即死していてもおかしくなかった。呼吸があること自体が信じられないほどに。


「……よく耐えたな」


 呼吸があるなら、どれほどひどい損傷からでも復元に問題はない。この男が持つ力ならば。

 男は、かなり優秀なこの後輩に、少しだけ恩を売れるかな、と笑う。

 カガリの奴め。まったく、人間らしくなったもんだ、とも。


 薬指に着けたアーマーリングで、透明な石のピアスを弾く。

 キィン、と澄んだ音がした。


「最大強化・神力じんりき


 ピアスが純白の光を放ち、男……ビコエを包む。

 一瞬卵のような光の球になったそれは、パキンと音を立てて弾けた。

 ピアスは弱く白色の光を放ち続ける。


 強化は攻撃の力だけに適用されるものではない。

 ビコエの『神力』は、あらゆる能力を5段階程度上げる。ただし、その効果はごく短時間で、かつ術を解いたときに跳ね返る疲労が激しく、しばらく行動が不能になるリスク付きの魔法だ。

 元がランク紺の彼は、ランク透明クリア級の魔法を一時的に使う力を得て、カガリの損傷した身体を復元する力として使おうとしていた。


 パン、と両手を合わせる。

 僅かに開いた手のひらの間に現われる青緑に輝く炎。

 炎は轟々と燃えながらビコエの手が広げられるごとに大きくなっていく。

 その炎に見えるモノには温度がない。


 カガリの頭と腹に両手を降ろすと、炎はカガリに燃え移り、あっという間に全身を覆い尽くす。

 

「全部、繋いでやる・・・・・。恐ろしく痛ぇだろうが、我慢しろよ」


 両手をカガリから離し、ビコエは立ち上がる。


「……復元の炎」


 再び、両手をパンと合わせた。


 各種損傷を復元する魔法、『復元の炎』。低ランクでも、回復の力を使える者には使用できる術ではある。だが、それは使用者の能力によって復元できる損傷の程度も変わり、『神力』で力を上乗せしたビコエならば、脳神経の損傷すら復元できた。

 轟と炎が燃え上がり、青緑の炎に包まれたカガリがビクンと跳ねた。

 

「ぎ……あああっ!?」


 温度のない炎は勢いを増し、こと頭の周りで渦巻くそれは黄金の輝きを放つ。

 カガリが全身を襲う激しい痛みに床に爪を立てるが、ビコエは意に介さない。


「意識は戻ったな。もう少しだ、もうちょい耐えろ。あんたが無理したのが悪いんだからな」

「──っ」


 ギリ、と手を握りしめるカガリに、ビコエがニッと笑う。いいぞ、と。


 炎が次第に弱まっていく。最後まで残っていた頭の周りの炎も、色を青へと変え、最後にポッと音を立てて消えた。


「気分はどうだ? もう少し遅かったら死んでたぞ」

「……ありがとう、本当に助かったよ」

「冷静なあんたが魔法を暴走させるとはなあ。驚いた」

「先日もクロマに言われた」


 ゆっくりと身体を起こすカガリに、ビコエは軽く手を添えてやる。


「これで貸し一つな。滅多に使わねぇ『神力』の『復元の炎』だ。貴重な体験だと思ってもらわねえとな」

「あまり体験したくないモノだけど」

「まあ、俺の切り札だしな」


 ああ、もう動けねぇや、とソファにどかっと腰を下ろしたビコエは大げさなため息を付く。ピアスの白い光がすぅと収まって透明に戻った。疲労の色は濃いが、安心したような表情だ。

 それから、まだ床に座ったままのカガリに訊ねる。


「それはさておき、広範囲探索の結果はどうだったんだ。レギ君いなくなったんだろ」

「なぜそれを」

「この状況で察せない方が変だろ……」

「……ごもっとも」


 カガリはふむ、と頷く。


「ここから西南西に探索が入ったとき、色を感じた。レギなのは間違いない。ただ、そこまでしか」

「そうか、それならあとは範囲を絞ればいいだけだな。冷静に頼むぞ」

「レギが絡むと、どうも冷静でいられなくなる」

「……おー、アツいなあ」

「そんなものだろう?」


 何かイタズラを思いついたような子供のような顔で、ニッ、とカガリが笑った。


「あんたでも、そんな顔するんだなあ」

「大切なモノができたからね」


 さもおかしげに笑うビコエに、カガリは頷いた。

 

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