第5話 狩人登録

 『大長鼠だいちょうそ』の一件で信用?を得た僕は、晴れてカガリさんの助手になった。

 あの程度に戦えるなら、問題ないだろうってことだ。

 僕、自称最強の魔法使いなのです、とは言ってみたものの、カガリさんには「魔法使いじゃなくて魔法使わないだ」と突っ込まれたのは一応内緒にしておく。



 今はカガリさん1人しか住んでいないお家には幾つも空き部屋がある。

 そのうちの一つを、彼は僕に貸してくれた。

 何も置かれてなかった殺風景だったお部屋が、幾つかの家具を置かれて人の住むお部屋らしくなる。


 お部屋にテーブルや寝具を運びこんだあと、僕は尋ねた。


「で、ワディズにはいつ行くんですか?」

「そうだなあ……、特にいつ行くと決めてるわけじゃないし」


 そう言いながら、僕の顔を見る。


「君は、急いでいるの?」

「いいえ。いま、目的のものは“見えてる”ので急いでないです。もともと急ぐ旅でもないですし」

「そう」


 ベッドに腰をかけ、足をぶらぶらさせながら天井を見上げる。

 木製の壁や天井はそれなりの築年数からの経年劣化で色は茶色いが、きちんとお手入れをされていたおかげか、艶があってとてもきれいだった。

 そのまま僕は後ろにひっくり返る。ふかふかのベッドで体がぽよんとはねた。日に当てたお布団のいい匂いがする。


「一度家に戻っちゃうと、出るのが億劫になったりしそうです。ましてこんないい所では」

「ん……、帰ってもそんなにのんびりもしてられないけどね、私は」


 カガリさんも布団に横になる。ちょっと疲れたんだろうか、とても眠そうだ。


「明後日、かなあ……」


 目を閉じて、彼は寝言みたいに言った。


「ここで寝ちゃうんですか? 僕のベッド……」

「部屋に戻るのが面倒になったよ……」


 程なく、カガリさんは寝息を立て始めた。

 うーん、困った。


「明後日ですね、わかりました」


 聞こえてないだろうけど、彼に返事をした僕は、カガリさんに掛布を掛けると自分もその中に潜り込んだ。



***



 2日後の朝。


 カガリさんが鞄に荷物を詰めている。

 食器類。水筒に防寒具。結構な量の荷物がある。それを大きく開口部を広げた鞄に無造作に入れていく。

 開口部こそ大きいが、ほとんどベルトみたいな幅しかないそれは、内部を空間歪曲させて固定した見た目より遥かに大きな内部空間を確保したもので、結構高価な代物だ。そこそこ稼げる狩人は使っているから、この人も割とレベルは高いんだろう。

 カガリさんのような職の人はこのくらいの大きさの鞄を使うけど、商人さんなんかは開口部が3メートルほどもあるような物を使う。聞いたところによると2世帯の大家族がゆったり住める程度の家が建てられるくらいの値段なんだそうだ。


「君は荷物はないの?」


 鞄……ほぼベルトなそれを、まさにベルトと同じように腰に巻き付けながらカガリさんが聞いてくる。


「僕はここにみんな入ってます」


と、腰に下げたポーチを見せた。これもカガリさんの鞄と同じようなものだ。佩剣し、すっかり準備が整ったらしい彼は僕を見た。


「じゃ、行こうか」

「はーい!」


 それから、村を出て歩くこと4時間ほど。

 途中で休憩することなく歩き続け、僕たちは湖畔の街に到着した。

 街の名前はワディズ。

 今回は行きがけということもあって安全なほうの道を使ったので、特にケモノなどに出会うこともなくスムーズだった。


 賑やかな大通りを行くと、少し大きな建物が遠目に見える。街の役場だ。

 ケモノ狩りの登録は少し大きい町の役場でやっている。

 そんなによくあることではないけど、ケモノは大発生することがある。

 結構な規模で起きるから、地域配属の警護隊だけだと手が回らなくなる、らしい。

 そういうときに、登録されてる狩人に支援要請がでたりするんだけど、そのケモノ狩りの数を国や地方が把握するために、役場で登録業務をしてるそうだ。

 登録しないとケモノ狩りしちゃいけないとかそういう決まりがあるわけではないんだけど、登録しとくと通常のケモノ狩り依頼のほか、医療や食料、装備品、その他いろいろな支援があったりして活動がし易くなる、らしい。レベルの高い狩人なら名指しの依頼なんかもあるから、有名な人なんかは本当に忙しいらしい。

 ……みんなカガリさんから道すがら聞いた話なので、らしい、ばっかりだ。


「まずは登録だね」


 僕たちが役場に着いたのは、お昼を少し回った1時頃。役場に入って1階左側の部屋がケモノ関連の業務をする『地域安全管理部』。

 地方の役場だからか、人はそれほど多くなかった。

 登録窓口には並んでいる人はいなくて、カウンターの奥には数人の役場職員さんが数人、それぞれの業務をしていた。

 待合いに置かれた記載台には申請書類が何種類も用意してあった。


「字は書ける?」

「書けます」


 僕が使うにはちょっと高い記載台。申請書類には手が届かないのでカガリさんに取ってもらう。

 必要事項を幾つか記入し、サインを入れた。

 自己申告で、ケモノの捕獲経験なども書くところがあったけれど、そこは適当に書いておいた。

 横で見ていたカガリさんはなんだか面白い顔をしていたけれど、気にしないでおく。


 カウンターに持って行くと、奥から窓口担当の女性が出てきて、僕の書類を受け取った。

 内容を確認しながら、にこにこして僕たちに言う。


「狩人デビューなんですね。カガリさん、こんな大きいお子さんがいらっしゃったんですね」

「いや、親戚の子です」

「そうなんですか。レギ君、カガリさんはこの付近では一番高ランクの人なの。しっかりいろいろ教わって、立派な狩人になってね」


 窓口の人とカガリさんは、口振りからして知り合いのようだったけど、なるほどそういうことか。


「まずはこちら、登録しますね。それからカガリさん。指名のご依頼がありますが、どうしますか?」


 ちら、と僕を見て、窓口の女性は彼に言う。僕がいるので難しい依頼は無理じゃないか、と言いたそうな顔をしている。


「見せてもらいます」

「わかりました。では登録のほう、処理しますのでお呼びするまでしばらくお待ちください」


 窓口の女性は、依頼の担当者に声をかけた。

 そして入れ替わりになって、こんどは男性職員さんがカウンターに出てきた。


「君はあっちの椅子で待っていて。私は依頼の話を聞いてくる」

「わかりました」


 カガリさんが行ってしまうと、僕は手持ち無沙汰になってその辺を見回した。

 窓口は幾つかあって、さっきの登録申請窓口のほかに、ケモノ管理なる窓口や医療案内の窓口なんかがあった。

 ケモノの討伐依頼はケモノ管理の担当なんだろう。そこへは入れ替わり立ち替わりで人がいる。


 入り口付近には掲示板があって、請負人に指定がない依頼が緊急度や難易度で分けて掲示されている。

 今は比較的ケモノの数は落ち着いているのか、そんなに多くはなさそうだった。

 掲示板の前にもやはり人が次々やってくる。


 少し飽きてきてぼんやりしていたら、窓口に名前を呼ばれた。


「お待たせしました。こちらが登録証になります。行政サービスご利用の際には必要となりますので、紛失しないようお気をつけくださいね。万が一の際にも使用されますから、依頼請負の際には忘れず携帯してください」


 窓口の女性は、登録証を渡しながら、またニッコリして言った。


「くれぐれもお気をつけて!ご活躍お祈りしています」

「ありがとうございます」


 登録証はペンダントヘッドみたいなもので、金属製の薄い板に名前が刻まれている。それから、小さい黄色の石が嵌め込まれていた。


「なんだこれ」


 呟くと、たまたま隣に座っていた男の人が、「ああ、それね」と話しかけてきた。普通の服装だけど、首元に登録証を下げているのですぐに狩人と分かった。


「それな、登録者のランクで色が変わんのよ。仕組みは知らんけどケモノとの遭遇数やら討伐数で勝手にな」

「みんな最初から黄色なんですか?」

「最初はな」


 けど、と男の人は言葉を継ぐ。


「身に着けると色が変わるんだよ。“ゴウ”とかってのがあって、それに反応してるって話だぜ? ホントかどうか知らんけどな」

「ふうん……、そうなんですか」


 ペンダントヘッドみたいだから、認識票みたいに身に着けるべきものなんだろう。それじゃあ、と、僕は首輪にそれを引っ掛けた。


「ちなみに、お兄さんもこれをお持ちのようですが、何色なんですか?」

「俺は青。あれ見てみな」


 彼が指差したほうには掲示板がある。よく見るとその横に、貼り紙があって、そこには10種類の色が簡単な説明と一緒に縦に並んでいた。


「あれが色のランクな」


 石は徐々に色が変わるから、中間の色になってることも多いよ、とお兄さんは付け加えた。

 一番下が黄色で、次に黄緑、緑、青緑、青、紺、紫、赤紫、赤、金。


「一番上は透明ですね」


 そして、もう一度自分の登録証に目をやって、慌ててそれを握り締めた。


「どうした?」

「なんでもないです~」


 彼は不思議そうな顔をする。

 気付かれないように僕は首輪に引っかけていた登録証を外してポーチにしまう。


「何ではずすんだ?」


 ……見られてた。


「付けてみたけど、金属同士でカチカチ煩いので」


 事実、カチカチ煩いし、嘘は言ってない。

 ちょっと不審そうな顔をして、お兄さんは言った。


「大事なもんだからな、なくすなよ。俺は主に宝珠狙いでケモノ狩りしてるビコエだ。困ったことがあったら声かけてくれ、じゃあな」


 彼はそう言ってネームカードをくれ、そして窓口のほうに行ってしまった。


 ああ、びっくりした。

 石を付け替えたりしてもらうんじゃないんだ。


 ポーチの中にしまい込んだ登録証の石は、透明感と光沢のある黒になり、ひびが入っていた。

 これ、アレだ……。えっと、無垢の宝玉。こんな使い方してるんだ……。

 ……どうしようかなあ。これ、絶対カガリさんに聞かれるよね。


 登録はちょっと失敗だったかもしれない。

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