魔法使いは○○をうたわない

ときの

赤い髪の狩人

第1話 拾いもの

 この世界には、『マモノ』『ケモノ』と呼ばれる謎多き生物がいる。

 それは200年ほど前、大戦争ののち衰退し、苦しみ喘いでいた世界にある時突然現われ、各地で無差別に人を襲い始めた。

 人々は『ケモノ』を恐れ、日々彼らの牙に怯えながら身を寄せ合って暮らしていた──


 ……ということはない。


 『ケモノ』は確かに恐ろしいが、人間の中には彼らに対抗しうる力を持つものがいた。


 人々は彼らを『音の魔法使い』と呼ぶ。


 『音』を認識できる視覚を持ち、さらにそれを操る能力を持つ者たちだ。 

 それら力を持つものは、一部は警護隊等の国家組織に所属し、また一部は野山を駆けて『ケモノ』を狩る狩人となった。

 彼らが人々に齎す安全と『ケモノ』そのものから得られる恩恵は、世界に平穏と安定を与えた。


 などと。

 先ほど立ち寄った店で、延々とそんな話をし続ける男に、小一時間もつき合わされてしまった。


「赤い髪の兄さん。あんた、狩人だろ? 俺は常々感謝してんだよ。本当にありがとうなあ」


 彼はそう言いながら酒焼けした顔を綻ばせた。

 直接感謝を伝えられることなど滅多にないため、決して悪い気はしなかった。彼が持ち合わせがなく困っている様子だったので、彼の分の酒代を支払って店を出る。

 店主の申し訳なさそうな顔に苦笑した。

 あれは彼の常套手段だったのだろうな。



 *



 湖畔の町ワディズから山奥の山村ティニへの帰路は、ケモノが多いためにほぼ人の通らない細い山道を使っている。

 警護隊がケモノに目を光らせる主要街道ならば、ある程度の安全は確保されている。故に人々は街道を利用する。こんな道を通るのは狩人くらいのものだ。

 

 ワディズで仕事を終えての村への帰途。

 村まであと1時間ほどの距離まで来たところで、展開していた索敵の網に奇妙なものが引っかかり、私は足を止める。


 気配は一つ。動く様子はない。

 ケモノではない。

 これは……人だ。それも小さい子供。


 最近、周辺地域に野盗が出没するという話を聞いているが、彼らの持つ独特の雰囲気とはまったく別の、小さく、柔らかいもの。


 こんな場所に子供?


 危険なケモノだらけの山道で、そこそこのランクの『狩人』が歩くならともかく、一般人が1人で歩くのは自殺行為だ。ましてや子どもなど。

 警戒しつつ、その奇妙な存在がある場所に近づく。道端から50センチほどの位置に、確かになにかいるようだ。

 そっと近づくと、茂みに半ば隠れるように、小さい体をさらに丸めた格好で倒れている子供がいた。


 私に気付いた彼(彼女かもしれないが)は、顔だけをこちらにゆっくりと上げ、一瞬目を見開いた。

 だが、弱っているらしく、力が抜けたように頭をコトンと落とす。涙目になっている。

 

「あの……、すみません」


 春先の風のような声。


 アーモンド型の大きな目に天色の瞳。青みの掛かる銀の髪はこのあたりの人間には珍しい。

 多くの人が好ましいと感じるだろう顔立ちの彼は、再び口を開いた。


「あの……、大変申し訳ないんですが……、僕を拾ってもらえませんか」

「拾う?」


 思わず聞き返す。

 小さくこくりと頷く子供。


「僕を拾ってもらえませんか」

「拾うって、物みたいに」

「似たようなものなのです。……拾ってくださるんですか? だめですか?」

「拾わない」


 私が即答すると、彼は失望感たっぷりに唸った。


「これでも一応、難儀してるんです……。拾ってってもらえませんか」

「拾えといわれても……」


 彼は「うぐ」と呻き、泣きそうな顔をする。


 ……ひどい罪悪感。


 そもそも異様な状況だけに戸惑う。子供がこんなところにひとりで転がっている状況がまずおかしいのだ。

 彼は明らかに弱って動けずにいる。しかし、ここは町からも村からもそれなりの距離がある山道だ。

 そんな弱った子供が、どうやってこんな場所に来た?

 あまりに奇妙すぎる。何かの罠じゃないか?


「危険なもののような気がするから、拾わないよ」


 再度言ってみるが、彼は懇願した。

 大きな目を潤ませて私を見上げている。


「おねがいです、拾ってください。僕、予想外の目に遭ったみたいで、動けなくなっちゃったんです」


 遭ったみたい?

 自分でもこの状況がよくわかっていないのか。

 彼の言葉が脳裏で繰り返される。


『難儀してるんです』


 得体の知れないのは間違いないが、それでも幼い彼をこのままここに置き去りにするのは、……私にはできそうにない。

 我ながら甘い。

 思わずため息をついた。自分に対しての呆れだ。


「君はなんていう名前なの?」


 私は彼を抱き上げ、小脇に抱えた。

 抱えられた彼は戸惑ったような様子で身じろぎするが、やはり手足に力はなく、観念して手足をだらんとさせる。あきらめ顔で呟くように訴えてくる。


「荷物みたいにあつかわないでください……。名前はレギです」

「レギか」


 彼……レギの表情は少し不満気ではあったが、しかし声音には安堵が感じられる。

 レギを小脇に抱え、私は再び歩き出した。


「あの、あの……っ、ホントにありがとうございます。助かりました……」

「うん」

「あ、あと、お医者さんには見せないでくださいね、ちゃんと回復しますから。おねがいします……」


 少し早足で歩く私の耳に届く、小さなレギの声。最後のほうは殆ど聞き取れなかった。

 目をやると、レギは目を閉じていて、眠ってしまったようだった。

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