第5話 透明と薄紅

 その後も話は尽きなかった。

 夜も遅くなり、折角遠路はるばる来たのだからと、宿泊する予定はなかったクロマにそのまま一泊してもらった。


 最初のうちはクロマを警戒していたレギだったが、害のない人間だとわかった途端、クロマに尻尾を掴まれたり耳を触られたりということをされるのも許す程度に懐き、膝に乗せられたりしていた。

 その時のクロマの様子については、敢えて何も言うまい。


 *


「レギ君の料理、店を開けそうなレベルで驚いた。朝食、美味しかったよ。俺、普段の朝はほとんどコーヒーだけで済ませちゃうんだけど、朝からこんなに食べられたのはどれくらいぶりかな」


 掛け値なしの称賛に、えへ、と嬉しそうな顔をするレギ。


 クロマは案外食べ物にはうるさいので、彼が褒めるということはやはり相当なものなんだろう。

 因みに、今日のレギは普段どおりの姿だ。耳も尻尾もない。服装も普段通りだが、上着を着ていないので少し露出は高い。

 それでも、レギ君はやっぱりいいな、とクロマは目尻を下げる。


 時刻は午前10時を指していた。


 今日の午後には首都に帰ることになっているという。

 首都テルーサはティニから東に200キロ程の場所にある。

 通常、歩けば5日はかかるところだ。

 このような長距離を移動する場合、飛行騎獣や馬車、獣車を利用する事が多い。そして警護隊関係者の場合は、多くの場合飛行騎獣を使って移動する。

 

 ただし、例外が“いる”。

 警護隊中央方面隊中央総監直属遊撃班班長クロマ・セルドだ。


 警護隊内随一の対マモノ部隊として最強との誉れ高い遊撃班。

 その長を務める彼は、ランク透明クリアを持つ、国内では最強とされる人物だ。

 なお現在、全世界でも透明クリアは5名しかいない。


 そして彼は国内でも数名しかいない、飛行術を使う魔法使いのうちの一人だ。

 飛行術を使えば、人の脚で歩けば5日の距離もほんの数十分だった。


 飛行術を使うという話を昨晩本人から聞き、実際にどのように飛ぶのかも聞いているレギは、ほんのそこまで買い物に来ただけのような支度のクロマをまじまじと見つめている。

 着痩せはするがルーズなデザインの私服からは筋肉質な身体は見えない。

 肩書きを知らなければ、クロマはその辺を歩いている普通の若者と変わりなかった。

 

「クロマさん、見た目によらず凄いんですね」

「見た目によらずって。……嫌われてるのかなあ、俺……」

「僕、クロマさんのこと嫌いじゃないですよ」


 レギがそう言って微笑むと、そのあたりは非常に単純な男は満面の笑みを浮かべた。


「また遊びに来てもいいかな、レギ君」

「クロマ……それは私に聞くべきセリフだよ」

「じゃあ、ユーニティ、いい?」

「オマケみたいに言うね。まあ、追い払ったりはしないでおくよ。──事前に連絡をくれればいくらでも」

「よし、またすぐ来る」


 クロマはそれから、つつつ、と私の隣にやってきて耳打ちした。


「薄紅色の護符宝珠タリスマンに、最近噂があってさ」

「噂?」

「色が薄いし半端だから、今までただのくず石扱いだったんだが、最近あれには特別な効果があるんじゃないかって言われだしてるんだ」


 私は適当な相づちを打つ。


「まあ、効果を信じるか信じないかはユーニティ次第だよ。あくまで噂だし」


 勿体ぶるように少し間を空けるクロマ。


「薄紅色の効果はね、『想いを結びつける』なんだってさ」

「……そうか」

「なんのお話ですか? ひそひそ話なんかして」

「いや、なんでもないよ」


 私が答えるとレギはふうん、と頷いた。

 クロマはニッと笑い、ま、頑張れ、とよくわからないことを言って踵を返した。


「それじゃ世話になったね。また遊びに来るよ。……ホント、すぐ来るからね?」

「はい、おまちしておりますっ!」


 喜色満面でレギが答えると、クロマはまただらしないほどに目尻を下げて手を振り、門扉を出ていった。

 足音が遠ざかり、庭には私とレギの2人だけになる。

 僅かな沈黙のあと、レギがそうだ、と言った。


「ねえ、カガリさん。僕、昨日いただいたの着けてみたんです。いかがですか?」


 薄紅色の護符宝珠がレギの耳元できらめいている。

 結界の影響で耳に穴を開けることができないレギは、ピアスをイヤーカフに作り直したようだった。


「綺麗な色ですよね。この色、似合ってますか?」

「君にはどんなものでも似合うよ」


 レギはクスクスと笑い、私の顔を見る。

 そして小さな声で、効果、あるといいなあ……と呟いた。


 さて、これは……。


 さっきのクロマの耳打ちが聞こえていたのかいないのか。


 いや、それ以上に気になることがある。

 クロマのあの意味深な発言が頭の中で繰り返されている。



 ──ま、頑張れ



 ……私になにを頑張れと?

 あの笑みといい、あの男は一体なにを考えているのか。


 顔が熱くなってくる。

 これは完全に揶揄われたな。


 まったく、癪に障る男だ。

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