第4話 ケモノ
小さい身体のどこに入るのかと思うほどよく食べる彼と、今朝ものんびりと朝食を取った。
朝食後のお茶を飲んでいたときだ。
レギが、突然言った。
「なんか、外が騒がしいです、カガリさん」
「なにか聞こえるの?」
「ええ、悲鳴が」
私にはまったく聞こえないのだが、どうやらレギには何かが聞こえるらしい。
「馬でも逃げたんじゃないのかな」
「その程度の騒ぎではない気がします」
冗談を言う時の気の抜けた口調とは少し違う。
真剣な眼差しで外を睨み付ける。
なにかの気配を感じるのだろうか。
「方向は分かる?」
「だいたいは」
「犬みたいだね」
「わん」
言った私も悪いが、これで真面目な顔をしているのだから始末が悪い。
ともあれ、どうやら緊急事態らしい。
取るものも取りあえず、家を出た私はレギと駆け出す。
急なことのため、魔導具の銀鈴は身に着けているが武器を持っていない。……拙いとは思うが戻る時間はなさそうだ。
家の外でも私にはまだなにも聞こえない。
音を辿るレギが道を示す。
「あっちです。森のほう」
かなりの速度で駈けるレギの後を追い、村の外れ、東の森へ向かう。そのあたりは農家の敷地で、馬小屋や畑などが広がっていた。
森に入る手前のケモノ避けの柵沿いを少し走ったところで、やっと私にも聞こえた。
2人の女性の悲鳴とケモノとおぼしき唸り声が。
「あそこ! カガリさん、あそこです!」
レギが指さす方向に、茶色いケモノの姿を見る。
「……珍しいのが出たね、これは」
全身を長くふさふさとした高密度の体毛で覆われているそれは、『
手足は短く、太くて長い尻尾はどこまでが胴でどこからが尻尾なのか区別が付かない。
そしてもさもさとした見た目の割に動きは俊敏だ。
つぶらな黒い目が可愛らしいといえば可愛らしいが、仔牛ぐらいの大きさがあり、人を襲う。
今も、女性2人が襲われている。そして少し離れた場所にもう2頭。
少し小ぶりなところを見ると、あの大きいケモノの仔だろう。
「あのケモノは珍しいんですか?」
「このあたりじゃあまり見ない。迷い込んだか」
「そうですか」
レギは肯いた。
手に農具を持った2人の女性は、必死でそれを振り回して巨大なケモノを追い払おうとする。
しかしケモノは恐れることなくジリジリと女性たちを追い詰めていく。
村を囲う高い柵が女性たちの退路を阻み、彼女たちはとうとうへたり込んだ。
ケモノが迫る。
私は、走りながら手首に下げた小さな鈴を軽く弾いた。
ちり、と銀鈴の澄んだ音。
周辺の空気が僅かに震動する。
空気がメギ、と軋んだ。
「気弾」
圧縮された大気がケモノの頭上で解放されて弾け、衝撃波が頭蓋を撃ち砕く。
巨大な身体は、その反動で30メートルほど後方に吹き飛んだ。
小型の2頭は、大きなケモノが吹き飛ばされるのを見るや森へと逃げだす。
レギがそれを追う。
「深追いするな」
レギに声をかけ、私は女性たちのもとに駆け寄った。
「ご無事ですか」
「……た、……助かり、ました」
1人は泣きじゃくり、もう1人は震えながらも私に礼を言った。
女性たちを落ち着かせながら、私は考えを巡らせる。
村の中には通常、ケモノは出ない。
主要街道沿いにあるティニ周辺は、警護隊が常にケモノを警戒しているためだ。
ごく稀に、警戒をすり抜けて侵入してくるものがあり、今回もおそらくそういった類なのだろうなと思う。
まずは警護隊に通報したほうがよいだろう。
その時、鈴が鳴った。
背後にケモノの気配。
「きゃあああっ!」
女性の悲鳴に振り返る。
倒したはずの『大長鼠』がいつのまにか間近に迫っていた。
──しまった
鈴……いや、間に合わない
油断した……!
突然、重い物がぶつかるようなドンという衝撃音と共に、ケモノは再び30メートルほど吹き飛び、そして今度こそ動かなくなった。
「油断しちゃだめです」
ケモノがいた場所に、両手に一振りずつ双小剣を持って立つレギが、困ったように言った。
「……なにをしたの?」
「斬って蹴りました」
「……蹴った?」
「はい。間に合ってよかったです」
彼は安堵の表情になる。
女性は、一瞬の出来事でなにが起きたのかも理解できなかったらしい。ただ、口を半開きにして頷いている。
「カガリさんも、大丈夫ですか?」
「……大丈夫だよ」
私が答えると、レギは良かったと頷く。
そしてまた、少し困った様子でもじもじしながら言った。
「あの、……僕、こんなふうにちゃんと戦えるんです。足手まといにはならないと思います。だから……カガリさんの助手にしてもらえませんか?」
なんだこれは。
行動や実力と、態度のズレが激しすぎだ。
驚きからようやく立ち直り、思考が正常に回り始める。
巨大な『大長鼠』をあそこまで蹴り飛ばす脚力。
それに、あの一瞬で斬りつけたというのが本当なら、素早さも申し分ない。
相当に場数を践んでいる。
「……君は何者なんだ?」
「捜し物の旅をしてる、自称・最強の魔法使いです」
「またそれか」
やはり、危険な拾いものだったのではないだろうか。
にこりと微笑むレギに、底知れない何かを感じた。
けれど。
これなら。
「魔法使いかどうかはさておき、君は本当に強いんだな。よくわかったよ」
「……それじゃあ……?」
「うん、助手になってもらうよ」
女性たちの手前、派手に喜ぶことは控えたらしいレギは、そこでフニャッと笑ってみせた。
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