第25話 慟哭
……──。
白い。
……なんだろう。
どうやらいま、僕は横になってるらしい。
白い天井が見えてる。
どういう状況なのか、まだピンと来ない。
……ああ。
ディスナ湖岸の草原で、あのとき……
過去に2回、同じことがあった。
どこかのお部屋でベッドに寝かされてるみたいだし、倒れたとき、ビコエさんたち以外にも人がいたから、お医者さんにでも連れてこられたんだろう。
「お、目が覚めたか?」
ベッドの横に置かれた丸椅子に座っていたビコエさんたちが、僕が目を覚ましたことに気付いた。
「れっ、……レギちゃんー! よかった、よかったあぁ!! いきなり意識なくしちゃったから、おねえさんはすごくすごく心配したんだからねぇぇっ?!」
柔らかい胸に僕をぎゅうっと抱きしめ、見たこともないような顔をしてトズミさんが泣く。
少し苦しいけど、いいにおいがする彼女の胸は、優しくて心地よかった。
「トズちゃん、レギ君が苦しそうだぞ。そろそろ離してやれよ」
「うえぇっ……、……うん、安心して、つい……」
トズミさんの肩を抱き、今度はビコエさんが彼女をよしよしする。
やっぱり仲良いな。
付き合ってるとかいう話は聞かないけど、それに近い関係ではあるんだろうな。
必要なときには、そばにいる関係、なんだろう。
それから僕は部屋の中を見回した。
ベッドは一つだけ。
……カガリさん、どこ?
あるのかないのかわからない心臓が、ドクンと脈打つ。
嫌な予感がする。
「……カガリさん、どこですか?」
僕の問いかけに、ビコエさんとトズミさんが表情を変えた。
*
「……カガリさんの馬鹿……っ」
僕がいた部屋とは別の病棟の個室。
ベッドの傍らに置かれた丸椅子に腰をかけ、僕は呟く。
「僕があのとき、もっとちゃんと止めてたら、こんなことにはならなかったんですか……?」
我慢しても、頬を濡らすそれは止められなかった。
ぽたぽたとしずくが落ちた場所は、暗く沈んだ色になる。
俯いた僕の頭にふわりと手が載せられ、髪を絡ませるみたいに撫でられた。髪が乱れていく。
「──ッ、やめてくださいっ、ぐしゃぐしゃになっちゃうです! あああっ、もう! 誤魔化すなっ!! かっ……、カガリさんのばかぁーっ!!」
「うん。悪かったと本当に思ってる」
──泣きながら怒ってる僕に、点滴に繋がれたカガリさんはちょっとバツが悪そうに笑った。
そう言われて、なにも言えなかった。
彼は生きてた。
それは確かに嬉しかった。
けど、僕は同時に理解する。
いずれ僕はまた、たいせつな人を喪うのだと。
「──っ、うあぁぁぁぁっ!!」
僕の“慟哭”は、たぶん廊下にまで響いてる。
*
しばらくして、ようやく落ち着いた僕は、なぜか病室にあった季節外れのみかんをモニモニしている。
「でも……生きててよかったです。あんなこと言うから、カガリさん死んじゃうと思った」
ひっく、としゃくりあげる。
「どうして」
「だって、……っ」
あのとき、僕はカガリさんを失うと思った。
それは、彼の言動に過去の似たような光景が重なって、記憶の断片が一時的に開放されてしまったからだ。
ぜんぶ思い出したら立ち上がれなくなる記憶の、ほんの一部。
そこからいろんな感情が吹き出した挙げ句、脳が
その拒否はシステムが許可しなかっために、強制解除されて僕は目を覚ましたのだけれど。
それでも思い出すだけで、また言いようのない感情が襲いかかってくる。身体が小刻みに震えるのを抑えられず、また僕は
頭の上に乗って、ずっと僕の髪を弄んでいたカガリさんの右手が、こんどは頬を撫でた。
「あの時、君の声が聞こえてた」
──おいていかないで、って
唇だけが動いて、声は耳許へ。
──私は、どこにもいかない
たったそれだけの言葉だったけれど、それは何かの
僕は顔を上げる。
「僕もずっとそばにいますからっ! ……おねがいです、突然いなくならないでください……」
「うん。努力するよ」
カガリさんは、ふわりと笑った。
*
「で、なんでおでこに絆創膏なんか貼ってるんです?」
「君にみせたら面白がるかと思って」
「面白くないですー!!」
あとから病室に入ってきたビコエさんたちがゲラゲラ笑っている。
「レギ君がカガリを抱きかかえたまんま倒れたから、カガリが額を擦りむいたんだぜ?」
「先程も聞きました、それ!! わざわざそれを治療もしないで絆創膏貼ってるの、意味わかんないです!」
「……そこはさあ、カガリだって恥ずかしかったからじゃねえ? 照れ隠しなんだろ」
「ビコエ……」
カガリさんは恨めし気な目でビコエさんを見た。
「ユーニティは案外繊細なのよね。そりゃ、怪我人の手当ては慣れてるけど、さすがにレギ君のあんな……姿みたら動揺しないわけないし。すごくショック受けたんだから」
クスクスと笑いながらトズミさん。
カガリさんが黙ってるので、ビコエさんがさらに続ける。
「もともと体調崩してたから、
「ボロボロのレギちゃん見たショックで熱を抑えてた魔法が途切れちゃったのよ」
「その上残った魔法的体力でレギ君治療したから、抑えてた熱が一気に出ちまったんだな」
もう、本当に面白くて仕方ないという顔で、ふたりしてカガリさんをからかう。
なんのかんので昔なじみの先輩後輩らしい。
「……それで倒れちゃったんですね」
「ああ。スゲェ無理してやがった。ついでに言えばな、隠匿結界も7割はカガリの力だからなあ。大したもんだぜ?」
ビコエさんをなんとも言えない表情でチラリと見て、カガリさんはポツリと呟く。
「……ぜんぶバラすなんて、ひどくないかな」
「レギ君は、テメェが無理したせいでショックで失神しちまったんだぞ? もう少し事態を重く見ろよ」
そう言ってビコエさんはパァンとカガリさんの肩を叩いた。
「いッ……病人には優しくするものだよ?」
「何言ってやがる。緊急事態だったとはいえ、無茶しすぎなんだよテメェはぁ! ……治療くらい俺に任せときゃよかったんだ、馬鹿野郎が」
あんまり人を心配させんなよ、とやや強い口調で言うビコエさんに、さすがに言い返せないカガリさんは目を逸らした。
「それで、お医者さんの診断はどうだったの?」
一旦話を変えるけど、と今度はトズミさんに聞かれ、またも渋々といった表情でカガリさんは答える。
「風邪じゃない。……なんでも、本来は子供のうちに罹る感染症らしい。大人になってから罹ると重症化しやすくて、熱が1カ月も続く。治療法はないから、対症療法しながら安静にして熱を下がるのを待つしかないそうだよ」
はあ、と大げさに溜め息を吐いてみせる彼に、ビコエさんがブッと吹き出した。
「カガリ、あんたの行動……百歩譲って熱が下がるまで対症療法は認めるけどよ、……安静どこ行った!?」
「……うん、私の間違いだよ、ビコ先輩」
とうとうカガリさんが敗北を認めた。
さすがにぐうの音も出ないようで、彼は視線を下に向けている。
ちょっと悪いと思ったのか、ビコエさんは口調を和らげた。
「ま、今回は実際緊急事態だったし、カガリがいなけりゃ俺たちも今ごろ生きちゃいねえよ。結果的にあんたが無理してでも動いてくれたからなんとかなったんだ。一般人には被害者無しだろ? スゲェことだ。ああ、感謝しかねえよ」
ビコエさんは少しだけ照れくさそうに、ニッと笑った。
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レギさんの性別について。
この子は男の子?女の子?と思われる方、多いと思います。
作中でも性別については冒頭の説明部分では(出自に関わるところなので意図的に)言及していません。
これまで各話最後の方で何度か言及していますが、レギは性別が不明瞭です。
肉体的には顔立ち、体格、性器とも男女両方の特徴を持ち合わせており、性自認も明確ではありません。
ですので、家族愛でもNLでもBLでも……、お好きな見方で受け取っていただけたらと思います。
セルフレイティングのR-15は、これによる部分がかなり大きいです。
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