閑話

抱き枕はいりますか?

 ふにゃあ、とレギがあくびをしている。


 レギは本来、睡眠不要の身体なのだという。

 それでも一応夜が更ければ眠くなるようで、10時を過ぎれば大抵こんな様子だ。小さな子供と殆ど変わらない。


「眠いの?」

「……はい」


 ぽわっとした顔で返事をする。見れば既に半分眠っているような状態だ。

 私が寝ると言い出すのを今日は律儀に待っているようで、手に持った本を取り落としそうになりながら、私の隣で本を読んでいるフリをしていた。本は半ば閉じかかっていて、どう見ても読めるような状態ではない。


「ムリしないで寝ればいいのに」

「カガリさん、抱き枕いらないですか?」

「いるよ。でも、先に眠っててくれれば支障はないし」

「僕、カガリさんより先に寝るのはいやです。……一緒にお布団に入りたいです」


 ぷう、とふくれっ面をするので、なぜ、と訊ねてみる。


「……なんか安心して眠れるので」


 ポツリと。

 少し恥ずかしそうな答えが返ってきた。

 そんな答えが返ってくるとは思わなかった。

 本当はもう少し調べたいこともあったが、この様子でそんなことを言われたら、寝ざるをえない。


「そっか。じゃあ、寝ようか」

「……はい! うふふ」


 喜ぶのもそこそこにパタリとベッドに倒れ込んで丸くなるレギを、後ろから抱え込む。

 そろそろ雪も降ろうかという季節。外は冷え込んでいる。

 けれど冬場のレギは温かく、抱えると寝付き悪い私にも、すぐに睡魔がゆるゆると降りてくる。

 腕の中の温かい子は、あっという間にくぅくぅと寝息を立てはじめていた。この規則正しい寝息も、心地よく眠りを誘う。


 ふと思った。

 この子を抱き枕にするようになったのは、いつだったか。

 レギが私の“助手”として、この家に住むようになったのは、1年半ほど前のことだ。


 腕の中でレギが小さくしゃくり上げる。


 夢を見ているのか、……実は結構よくあることだ。

 そういえば、これが一つの原因と言っても間違いではなかったな。



 ***



 11時半を過ぎた頃、寝室のドアをノックする音に目を覚ます。

 眠りが浅いために小さな物音でもすぐに目が覚めてしまう私は、ぼんやりと霞む頭を軽く振りつつ、ベッドから降りた。

 こんな時間にドアをノックするものなど、あの子しかいない。

 レギが助手になって、そろそろ1週間。あの子が家にいるのは当たり前になった。


「どうしたの、レギ」


 ドアを開くと、レギはドアの前でしゃがみ込んでいた。

 春浅い季節の深夜。廊下はシンと冷え込んでいる。そんな寒く薄暗い廊下で小さく丸くなったレギが、私を潤んだ目で見上げる。


「あの……ひとりだと、急に寂しくなっちゃったのです……」


 そうして、ひぐ、と小さくしゃくり上げた。


「とりあえず寒いから、入って」

「……はい」


 部屋に入っても、レギは突っ立ったままドアの前で動かない。所在なげにしょぼんと下を向いている。

 その姿を自分の小さな頃に重ねてしまい、たまれない気分になる。

『カガリはなんでもひとりでできる子だもの』

 そう言われて育ったためだろうか。

 寂しいから、怖いから。だから一緒に寝てもいい?

 ……とは言えなかったな。


 なにも言わず、ドアの前でじっとしているレギ。

 私は先にベッドに上がって横になり、上掛けを持ち上げる。


「おいで、寒いだろう。一緒に寝よう」


 俯いたままコクンと頷くとおずおずとベッドに近づき、上がってきてコロンと横になる。

 小さく震えている。寒かったのか、怖かったのか。


 上掛けを掛けてやると、中がふわっと暖かくなった。

 ……体温が高いのか。まあ、子供だから。


 腕を回して抱き寄せると、ピクリとする。少し驚いたらしいが、気にせず寄り添う。


 丸くなった体のサイズ感が、抱き枕のようで心地よい。少し高めの体温が上掛けの中を暖めている。

 寝付きの悪い私に、ゆるりと睡魔が降りてきた。

 

「あの……、カガリさん?」


 レギが小さな声で言う。


「……もう寂しくないよね?」

「……はい」

「よかった。……おやすみ」


 そのまま、目を閉じる。

 腕の中の抱き枕は、安堵の溜め息をつく。

 程なく規則正しい寝息が聞こえはじめ、私にも心地よい眠りが訪れた。



 ***



 そうだった。あれから、レギが度々寝室に来るようになったんだな。

 一月後には、寝るといったら一緒に寝室に入るようになり、それからはずっと抱き枕になってくれている。


 レギは、夏は少しヒンヤリしていて冬は暖かい。小さくて丸く、抱くと身体にすっぽり収まるサイズ感、柔らかさ。時々寝言を言うが、規則正しい寝息は心地よい。

 小さいけれどしっかりした存在感に、不思議と安心させられる。

 眠りが浅かった私が、それ以降は驚くほどによく眠れるようになった。レギ曰く、何しても起きなくなった、だそうだ。

 そしてレギが本当にパートナーになったあのとき以降、睡眠の質はよりよくなったように感じる。


 思い出してみて、少し考える。

 もしかしたらあの時、レギには別の思惑があったのかもしれない。

 もしもあの時に、レギの思惑通りに事が済んでいたとしたら。


 ……あの子はいなくなっていたかもしれない。


 ある意味で、それは僥倖だったんだろう。

 原因に対して感謝など絶対にしないが、それで得たものは大きかった。


 恐らく、眠るということについて言うなら、もう私には抱き枕は必要ないだろう。

 この抱き枕が癒やしてくれたおかげだ。


 けれど。

 暖かい、そして温かいこの抱き枕が、この先もずっと必要だと、私は思う。

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