第8話 追うもの
「……っの、馬鹿が!!」
殴られたテーブルが砕け、ゴトと崩れ落ちる。
それを破壊した男の怒声が家中に響き渡った。
「ユーニティ!! テメェ、なにやってんだぁぁ!!」
クロマが私の服の胸元を掴む。
「宝珠の動きがおかしいから来てみれば、これはどういうことだ、一体!?」
レギが家を飛び出したほんの十数分後、クロマが血相を変えて家に飛び込んできた。
クロマはレギに渡した
私が、レギが家を飛び出した、と言ったところで、クロマが切れてテーブルを殴った。
粉々に砕けたテーブルを横目に、私はため息を吐く。
「とりあえず話を聞いてからにしてもらいたいけど」
「レギ君泣かせてなんの申し開きする気だ!!」
「私も困ってたんだよ」
は?とクロマが動きを止める。
「ユーニティが、困ってる?」
「うん、とても。話の行き違いがあったんだ」
私が困っているというのがよほど珍しかったらしく、クロマが少し冷静になる。
「だからって……」
「ここしばらく、レギはかなり様子がおかしくてね。思い切って話をしてみようとしたんだけど」
私はレギが飛び出すまでの話をした。
話を聞くにつれ、クロマの表情がなんとも情けないものになっていく。
そうだ。間違いなく、私の言い方や態度が悪すぎた。
夕べのあのソワソワと落ち着きない様子に、昨晩は私もずっと考えていた。
自分の行動が訳も分からないまま、メレにまで会いに行ったレギに、きちんと話しをするべきだと思った。
ここしばらくのいたずらやメレとの話を聞いて、少し話をするつもりだった。
そこまで話したところで、頭を小突かれる。
「本当に何やってるんだよ……、そこで誤解させてどうするんだ。そっち方面の経験値無さ過ぎで呆れるよ。まったく冷静な君らしくもない」
「……私にだって感情くらいあるし、わからないものはわからないよ」
「うまく言えなかったとか、俺には理解できない。残念さが突き抜けてる」
ほんとに残念な奴だな、と真顔で言われた。
「だいたい、普段顔見て話す君がよそを向いて“どうするつもりだ?”なんて聞いてきたら、俺だって怒ってるのかと思うよ。しかも例によってポーカーフェイスだろ」
誤解しない方がおかしい、と溜め息混じりだ。
「レギ君は飛べるのか? 今もかなりの速度で北へまっすぐに移動してる。飛べるなら海に出てしまうかもしれない」
「最近飛べるようになった」
「ユーニティ、君はどうなんだ」
「訓練中だよ」
「なら、実践だな。手伝ってやる。行くぞ!」
クロマは開け放ったままのドアを顎で指す。
この男は普段はあんなだが、訓練などになると人が変わる。命懸けの場に身を置いてきたためか、訓練でも本気を要求する。
「高速飛行でレギ君を追う。一応フォローはしてやるが、制御は自分でやれ。普通は低速で身に付けるモンだが今は余裕がない、わかってるよな? 一歩間違えればレギ君にはもう会えないぞ」
飛行訓練にクロマのマンツーマン指導など、ずいぶんな贅沢だ。
まして、高速。制御に失敗すれば間違いなく死ぬ。
「おもしろいだろ? 自分のミスでレギ君を追いかけるのに命懸けだなんて」
「……悪くないね」
「誤解であれ、あの子を傷つけたのはユーニティ、君だからな。俺に言わせりゃ、それだけで万死に値する」
「そこまで言うか」
「当然。あの子は至宝だからな、世界にとっても、俺個人からでも」
「レギは渡さないよ」
ふん、とクロマは鼻で息を吐き、それから私を見てニヤリと笑う。
「君がそんな顔をするのは初めて見るかもしれない。遅い青春か?」
「やかましい。人の本気を笑う気か」
「いや、応援してるんだよ? これでも」
カラカラと笑うクロマと外に出る。腹が立つほどに良い天気だ。
抜けるように青い、夏の残像のような空だった。
「──言っただろ、頑張れって」
クロマが言う。
普段の腑抜けたそれではなく、戦地での表情で。
「命懸けろ、でなきゃ“失なう”。大事なものを全部」
無言で肯く。
自分の未熟さから招いたことだ。
忘れていなかったか?
もともと、あの小さい身ひとつで身軽に旅をしてきた子だ。
なにも持たない分、離れることも容易だ。
縛るものがなければすぐにどこにでも行ってしまう。
縛るもの。
いままでずっとそばにいたあの子が、なぜこんなことで出て行ったか。気が付いていて、今日まで確かめずにいたものだ。
……こんな形で確証を得るなど、面白くもない。
「いい顔してるな。飛行術の訓練はどれくらいまで進んでる?」
「身体を浮かすところくらいだ」
「ならあとは簡単だ」
クロマは太いチェーンを持っていた。両側に頑丈そうな手枷が付いている。
なぜそんなものを持ってるんだ、と思わず口にする。
「強化はしてあるから千切れることはないはず。予め最大で身体を強化しておけよ、飛ぶときの万が一のために絶対に必須だから」
チェーンの片方に付いた手枷を右手首に着けられた。反対側は既にクロマの左手首に着けられている。
……私がコントロールを失った場合、これで制御を試みるのだろう。
だがそれが失敗した場合は──
「本気なんだろ、手伝ってやるって言ったぞ」
さあ、行くぞ、とクロマが左の親指に嵌めたリングを中指に着けた金属の爪で弾いた。
キン、と硬い音が響く。
クロマの足が地面から離れた。
私も左手首に下げた銀鈴を弾く。
鈴から紡がれる銀の糸を身体に纏う。
ふわり、と重力に引かれるのを感じながらも体が地面から離れた。
「まずまずだな。だいたいイメージは掴めていそうだ」
ジャラ、と鎖を鳴らし、クロマは自分の顎を指先で撫でた。
「高速移動は……」
「ここまでスムーズにできてるならあとはイメージだけだな、問題ない。北へ向かう。徐々に速度を上げるぞ」
「わかった」
空は人が生きる場ではない。
人は地面を這うものだ。地面を離れれば恐怖を感じる。
私とて、ここまでの高度、速度は初めてだ。恐怖を感じないはずもない。
けれど。
徐々に高度・速度を上げる。
問題ない。重力制御はうまく行っている。
いや、気を抜くな。
クロマが展開する防御壁が、大気から私と彼の周囲を守る。
平行に飛ぶ私たちを黒い鎖がつなぐ。
ドン、と音の壁を突き破る瞬間の衝撃波。
さらに加速。
クロマがこちらを見た。
「なんだ、嬉しそうだな。怖くないのか?」
「怖くないわけがないだろう。けど……、レギのためだ」
私の答えに彼は笑い、それから舌打ちをした。
「このお返しは期待していいんだよな?」
「そうだね、うまく行ったら」
彼はまた、カラカラと笑った。
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