観察記録
第1話 騒音は隣室から
ゴトゴトッ
ガシャン
ボン
「ふぎゃあああああ」
レギの部屋からひどい物音がした。
ふぎゃあ、とは一体何だろう。猫の尾でも踏んでしまったような悲鳴だが……レギの上げた声には間違いない。何をやらかしたんだろう。
書類仕事の手を止めて立ち上がる。時計を見れば既に午後2時。昼食後、部屋に戻ってから既に1時間半ほど経っていた。
レギも部屋でなにかやるとのことで自分の部屋に引っ込んだわけだが、飲み物を取りに行くついでに様子を見にいってみようか。
昼間、私が書類仕事などをしている間、邪魔になるからという理由でレギは自室や外などで一人でなにかやっていることがある。
今日もその類いなんだろうが……爆発みたいな音も聞こえたし、少々心配だ。
*
ドアをノックする。
「レギ? どうしたの? すごい声と音が聞こえたんだけど」
声を掛けると、中からバタバタとまたすごい音がする。なにか駆け回っているような音だが、1人であんなにバタバタ音が立てられるものだろうか。
ドアノブを回すが、ロックがかかっている。
──開けようと思えばこの程度造作もなく開けられるのだが。
レギが中を見て欲しくない、という意思表示をしていると考えれば、ここでドアを無理に開けるのはあまり良くないだろうと手を止める。
「大丈夫? 怪我してない?」
「だ、だだ、大丈夫、です。すごい音立ててすみません。ちょっとしっぱ……いや、おかしなもの……いいえ、なんでもないです」
不穏な単語が混じり、必死で誤魔化す様子がありありだ。
「あの、あの! ちょっとですね、今あの、み、いや何でもないんですけど、だいじな」
混乱しているのか、何を言おうとしているのかもよくわからない。
「部屋の中を私は見ない方がいいってことかな? 片付け、自分でできる?」
一応助け船を出すと、溺れる者の態度そのままに飛びついてきた。
「はい、はい! 大丈夫、ちゃんとひとりでできるのです、だから開けちゃだめ」
必死な声が、開けちゃだめぇ……、ともう一度繰り返した。
仕方ない。
「うん、わかった。じゃあ、もし困ったなら私を呼びなさい。手伝うからね」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
またバタバタと部屋の奥に戻っていく様子が窺える。
本人はああ言っているし、どうしようもなければあの子は何か言ってくるだろう。
黙って誤魔化す、ということはしない子だから。
*
キッチンに入り紅茶を淹れる。
ティーポットの中の茶葉が広がるのを2,3分待って、2つのマグに紅茶を注ぐ。明るい紅がかった水色は白いマグの中で鮮やかな色を見せながらゆるやかにゆれる。
それを眺めながら、レギには淹れてやらなくてもよかっただろうか、と考える。さっきの様子では、持っていっても部屋から出てこない。
一つを手に、もう一つはダイニングテーブルに載せておく。声を掛けておけば、あとで取りに来るだろう。
再びレギの部屋の前に戻った私は、もう一度ドアをノックする。
先ほどとは打って変わって、室内から先ほどのような騒音はしなかった。
代わりに、なにかをキリキリとひっかくような音が聞こえていたが、ノックの音でその音は止まった。
「レギ、お茶を入れてきたから、よかったら持ってきて飲んでね」
「わあ、すみません! あとで貰いにいってきます」
「お菓子、棚にあるから食べてもいいよ」
ガタッと物音がして、何かが落ちる音がする。うわあ、と声が上がった。
慌てて立ち上がった拍子に何かの道具を下に落としたんだろう。
「じゃあ、私はもう少し仕事が残ってるから部屋に戻るよ。終わったら声掛けるからね」
「はーい」
机の下にでも潜っているのだろう、少し籠もった声で返事があって、またなにがごそごそ物音がした。
自室に戻った私は、紅茶を手にしばし休憩を取る。
分厚い冊子に挟んだしおりは最後のほうにあった。あと一息でこの仕事は終わりだ。
……さっきレギはなにをやっていたのかな。そうはいっても気にはなる。
そうだ、と思いつき、片袖の引き出しから一冊ノートを取り出して机上に載せた。
先日買ってきた未使用のノートだ。特に何に使う予定もなかったが、表紙の質感が気に入って買ってきてしまった。
レギを観察してこれに書き留めておこう。
試しに1日分。面白ければまた書き足してみてもいい。
見れば何かといろんなことをやっているあの子の行動を、少ししてから見直したら、またなにか解ったりすることもあるかもしれない。
ぱらりとページを開く。
まっさらなノートのにおいがする。
ペンを取り、私は1ページを開けて書き込む。
『観察記録』
まったく、私も暇人だ。
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