小包の言伝

第1話 雨の日のおつかいで

 雨がもう3日もジトジトと降り続くとある日の午後。

 暇を持て余していた僕は、来客で忙しいカガリさんのかわりに書類を役場に持って行くお使いを引き受けた。


 役場での用事を済ませて帰り着いた宿の前で、途中で買い食いした白どら焼きの残りを口に押し込む。

 カガリさんは白どら焼き好きなんだよねえ。

 カガリさんの分を買って来れなかったから、内緒にしとかないと。


「ただいまです」

「お帰り、レギ。お使いありがとう」


 ソファに掛けて1人でお茶を飲んでいるカガリさん。

 お客さんはもう帰ったようだ。何かの書類が1,2枚テーブルに載っている。


「お客さん帰ってたんですね」

「つい今し方ね」

「そうでしたか。あ、カガリさん、これ」


 ソファに腰を掛けた僕は、右手を軽く払ってから左手に持っていた粗末な赤茶色の紙袋を彼に差し出した。


「なんだい? これ」

「お預かり物です。役場でカガリさんにって。差出人は不明ですが、役場でも預かれないから持っていってくださいって。カガリさんのネームカードがくっついてるんですよ」


 紙袋は大人なら片手で持てる程度の大きさで、重さも大したことはない。

 そして、ほんのり暖かかった。


「中身を山に捨てておいで」


 ほんの一瞬紙袋を手にしたカガリさんは、眉間に軽くしわを寄せ、僕にそれを突き返して言った。

 思わず紙袋を抱きしめた拍子にぷきゅ、という音がした。

 カガリさんは紙袋を指さしながら、ちょっと嫌そうに指摘する。


「差出人不明でネームカードが貼り付いてるだけの荷物なんておかしい。それに、これ中身生き物だよ」

「どうりで暖かかった」

「途中で気付いてほしいな」


 まったく、と呟いてカガリさんはお茶を飲む。あまり紙袋には関わりたくないとばかりに、そっぽを向いてテーブルの書類を手にした。

 紙袋を返されたことに納得できない僕は言いすがる。


「ぼ、僕に返されましても……」

「預かってきたのは君だよ?」


 理不尽だ。お使いに行っただけなのに。役場で持たされたんだから仕方ないじゃないか。


 でも、紙袋をずっと抱きしめていても仕方がない。

 僕はそれをわざわざテーブルのカガリさんのそば寄りに置いた。

 赤茶色い紙袋は、抱きしめた拍子に少し潰れてからゴソゴソカサカサと音がしている。


 紙袋の片側には緑色のノリみたいなものでネームカードが貼り付けられてる。

 しかし、本当に粗末だ。あり合わせの袋に入れて寄越されたもののようにしか見えない。袋なんて少し破れてるし。


「中身を確認しないの?」

「でも、動いてますし」

「うん、動いているね。生き物だし。預かってきたのは君だからね」

「意地悪だー」


 文句を言いつつも腹を決める。最悪、始末すればいいと開き直った。部屋の中を荒らされたら困るけど。

 手近にあった新聞をテーブルに敷き、袋の中の箱を置く。


「まだ読みかけだったんだけど。その新聞」

「細かいこと気にしないでください。部屋の備品が汚損したら、その分宿代上乗せになりますよ」


 ああ、と呟いたカガリさんは、諦めた顔をした。彼は新聞の上の箱を見て、また眉間にしわを寄せる。


「箱まで破れてるじゃないか、本当に適当な荷物だね」

「さっき潰しちゃったので……」

「君のせいか」


 カガリさんは何のかんの言いながら、僕が箱の中身を出そうとするのを楽しそうに見ている。からかっているに違いない。


 僕は、折れ曲がった箱の蓋をほんの少し開けた。

 すると、その小さな隙間にふわふわした毛の一部と鼻らしきものが出てきた。


「わあ、モコモコだ」


ぷきゅ、と中身が鳴いた。

 箱の蓋をそっと開けると、中に入っていたモコモコの生き物は、飛び出すこともなくおとなしく箱の中から顔を出した。


「これ、は……」


 カガリさんが呟く。


 小さい丸い耳とつぶらな真っ黒い瞳。ピンク色の三角の鼻はヒクヒクと動いて周辺のにおいを嗅いでいる。身体は丸くぽてっとしていて、胴が長くて手足は短い。短い毛の生えた長い尻尾があった。少し長めの体毛は、茶色と黒と白のぶち模様で、ふわふわで柔らかい。


「うわあ、可愛いー!」


 背中を撫でると生き物は目を瞑る。気持ちよさそうにきゅ、と鳴いて、箱の中でおなかを見せた。


「レギ、気を付けて。危ないかもしれない」


 また生き物がぷきゅと鳴いた。抗議しているようにも聞こえる。

 僕は生き物を抱き上げると、膝の上に乗せて撫でた。


「よしよし、おまえはお利口さんだね。……カガリさん、意地悪言うと噛みつかれますよ」

「そんなことしないよ。うん、箱に対して結構大きめだね」

「以前、似たようなのをどっかで見た記憶があるんですが、なんだったかなあ」

「君の記憶力はあまりあてにしないよ」


 さりげなく酷いことを言われた。抗議の視線を向けるけれど、そこはスルーされる。


 僕がそんなことをしている間に、カガリさんは紙袋を手に取って中をのぞき込んでいた。

 紙袋は外側が赤茶色で内側は普通のクラフト紙っぽい。外側にめくれた穴の縁から内側の色が見える。僕がそちらを見ると、紙袋の穴からこっちを見たカガリさんと目が合った。

 僕が手を振ってみせるが、カガリさんはまたスルーする。つれない。


 次に、彼は箱を手に取った。

 外側には何も書いていない、ただの破れた紙箱だった。

 カガリさんは箱の中を見て、ああ、と声を漏らした。


「送り主が分かったよ」


 箱の中に、領収書らしきものが入っていた。多少のしわはあるものの汚れはなく、きれいな文字で宛名が書かれている。宛名には「マトク・シパーサ様」と書かれていた。


「なんでこんなもの入ってたんですかね」

「単純にそそっかしい人がやったか、急いでいて気付かなかったか。あるいは……」


 カガリさんは領収書をヒラヒラと振った。そして「この人はそそっかしいというタイプじゃなかったね」と付け加える。


「知っている人なんですか?」


 名前だけを見てすぐに思い出せることに感心すると、カガリさんは逆に呆れた顔をした。


「割と最近の依頼者だよ、忘れたの? 婚約者に送るって名目の、護符宝珠の素材探しの」

「あう……。すみません。思い出しました」

 カガリさんは大げさにため息をついた。すごくわざとらしい仕草なので、これもからかっているんだろう。

「発行者の名前も依頼人宅の近所にあった商店の名だし、ほぼ間違いない。ネームカードは最近変えたものだし」


 カガリさんのネームカードに限らず、狩人が依頼人などに渡すネームカードには本人のランクカラーが記入されていることが多い。

 次の仕事の依頼などにもつなげやすいから、と、昔からある慣習だそうで、そういう性質の物だから、ランクカラーに変化があったりすると新しい物に作り替えるのが普通だ。


 袋に貼り付いていたカガリさんのネームカードは、最近更新されたランクカラーの赤になっている。ということは……。


「3カ月内外だろう。君、やっぱり思い出せてないじゃないか」

「うあ、すみませんっ!」


 しょんぼりする僕を見上げて、ぷきゅう、と生き物が鳴いた。気にするな、と言ってくれているみたいで、僕は生き物を抱き上げて頬ずりした。


「もー、本当に賢くて可愛いね。僕は大丈夫、カガリさん意地悪だねー」

「変なことを吹き込まない!」

 まったく、と呟くカガリさん。そして、僕の手から生き物を奪い取るようにして抱え、首や顎あたりをクリクリしながら独り言のように言った。

「さてどうするかな。とりあえずこの子を連れて、マトクさんに話を聞きにいってみようか」


 さっきは捨てろと言っていたのに、急に逆のことを言い出すので驚いて聞き直す。


「え、だって、その依頼人の町ってそんなに近くないですよね」

「遠いよ」


 カガリさんは手にしていた書類を僕に寄越す。


「新しい依頼ですか。あれ……領収書の住所とご近所ですね、ワジモですか」

「うん。──ご近所だね?」

「ぷきゅ」


 カガリさんは生き物に話し掛けるみたいに言い、生き物はタイミングよく鳴いた。


 まったく、ご都合主義とでも言うんだろうか。偶然にも新しい依頼は同じ町からのものだった。

 どうせ行くのだから、この袋の中身について、本人に話を聞いてみようということなんだろう。


「ところで、レギ」


 カガリさんは生き物の首をくりくりしながら僕のほうは見ずに聞いてくる。


「なんです?」

「君、お使いの帰りに白どら焼きを買ってきて食べただろう」


 ──なぜバレた?


 僕は平静を装ってぷるぷる首を振る。


「嘘を言わないよ。食べたことを咎めようって言うんじゃないし、買ってこなかった理由もわかる」

「ええー……」


 軽く引き気味に「ナニコノヒトコワーイ」とか言ってみるが、そこはまたもやスルーされる。すでに3回目。


「君は右利きだよね」

「そうですが」


 カガリさんはソファを指さして言う。


「さっき、そこで軽く右手を払っただろう。無意識にやったんだろうけど、なにか手に付くような……ぺたぺたしたものを持ってもよくやってるよね」


 それから、と言葉を継ぐ。


「役場の道沿いで白どら焼きを売る店があるから、絶対買って帰ってくると思っていたんだけど。あと、ちょっとしたお使いだったから荷物入れを持って行かなかっただろう」


 僕は肯いた。持ち物が書類だけだったから。手ぶらで済むポンチョみたいな雨具を着て、雨具の中に書類を隠して出掛けた。


「帰り道、君は紙袋を抱えていたし、白どら焼きを買っても入れるところがないから手に持っていくしかない。でも、君は甘いものが好きだから、焼きたての白どら焼きをお土産に買うと、甘い香りに耐えられない」

「う……」


 僕は、淡々と述べられる犯行の一部始終を聞かされている、犯罪者みたいな気持ちになってくる。


「どら焼きを食べながら帰ろうにも、片手が塞がってるから、小さい君では紙袋とお土産の袋は一緒に持てない。だから1個だけ買って食べたんだ」

「うわあん、そうです、ごめんなさい! 僕が、僕がやりました!」

「……なにを」

「買い食い」


 カガリさんは膝の上の生き物の首をこちょこちょとくすぐりながら笑っている。

 僕は本当に負けた気分になった。


「それじゃあ、帰ってきてすぐで悪いけど、お茶菓子に白どら焼きを6つほど買いに行ってくれないかな。私も白どら焼きが食べたいな」

「……はい、行ってきます」


 結局僕は、帰ってきてすぐにまた雨の中をお買い物に出されてしまった。

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