第8話 鬼と小鬼

 大人と子供が喧嘩すれば大人が勝つ。そんな先入観は誰にだってある。

 実際、筋肉量も経験も大人の方が圧倒的に上なのだから。


 しかし、この世界においてそれは常識ではない。

 何故なら人は誰しも魔法を扱う才能を有しているからだ。


 魔法とは超人的な力だ。手の届く範囲より先へ干渉し、人の手では起こせない現象を恣意的に発生させる。

 前世で言うならば、奇跡。そう呼ばれる現象を引き起こす権利をこの世界の人間は皆持っている。


 しかし、それらをどの程度扱えるかというのは運だ。

 人によって魔法にも向き不向きがある。魔力と呼ばれる魔法についての体力のようなものの上限も人によって違う。

 自分にどんな魔法が合っているのかは道を定め、時間を費やして鍛えたその先の結果しか教えてくれない。

 そして、才能に合った道を選び取れる確率は……これについては前世と殆ど変わらないな。


 血統による才能の遺伝も認められているが、その血にも遺伝しやすいものとし難いものがある。

 遺伝しやすい家系であれば、才能を生かせる確率も高まるため、魔法使いのスペシャリストを排出しやすく、実績も高い。

 その結果、王政、貴族制が敷かれたこのバルティモア王国の中では貴族と呼ばれる地位に名を連ねることができる。


 その家に生まれられるかどうかも魔法使いとして大成できるかどうかに関わる重要な運だ。


 なんて、長々と魔法に関して並べたのには深い意味はない。

 重要なのは、魔法は体格を覆す可能性を秘めているということ。

 そして、それだけの魔法を扱えるかどうかは結果だけが証明できるということだ。


「ハァァァアアアアッッッ!!!」


 轟ッと、ポシェの身体から凄まじい圧、いや風圧が放たれる。

 思わず顔を覆いつつ、彼女の背を見ると、まるで陽炎のように揺らいでいた。


(魔力……こんなに分厚く表出するものなのか……!?)


 彼女が行っているのはおそらく身体強化。魔力をエネルギーに変換し身体能力を向上させるという立派な魔法だ。

 とはいえ身体機能を活性化させればその分細胞は摩耗し、寿命を縮めることになる。

 だから身体強化の肝は変換したエネルギーを体の外に纏うことで魔力を武具のように扱うというカラクリだ。


 今、彼女の身体が揺らいで見えるのは纏った魔力が光を屈折させるほどに分厚いからだろう。


「ハアッ!」


 ポシェが地面を蹴り、鬼に飛びかかる。

 それと同時に放った蹴りが鬼の肘を捉え、へし折る……どころか、ブチィと千切りとった。

 な、なんて威力……。


「グガァッ!?」

「まだまだぁッ!」


 格闘術ならではの懐に飛び込む超接近戦。この距離ではあの金棒も無用の長物でしかない。

 ポシェは魔力強化した拳と足で殴る蹴るの猛攻を仕掛ける。そのコンビネーションは型に嵌まりながらも鬼の反応にアドリブで合わす柔軟性がある。

 魔法がどうではなく、彼女自身の深い鍛錬を感じさせた。


 小さな身体で鬼の巨体を圧倒していく様はまるでこっちが鬼……小鬼といったら弱そうだけれど。


 しかし、あの状態はおそらく奥の手だろう。

 あれにはタイムリミットがある。でなければ最初からあの状態になっていた筈だ。


 魔力強化の一番の欠点は、魔力消費は当然のこと、同時に体力も消耗することだ。

 通常、魔力が枯渇しても死ぬことはない。日常生活で人が消費するのは体力だ。体力があれば活動はできる。

 しかし、体力を失えば、下手をすれば死にも至る。

 勿論体力が切れれば、死ぬ前に倒れたり、気を失うなどで人は無意識のうちに自分を守る。


 ただ、魔力強化状態でハイになっている状態では、そのリミッターが正常に機能せず、体力が完全に尽きているのに、肉体的には死んでしまっているのに動き続けるなんて現象も起こり得るのだ。


 つまり、あの状態は諸刃の剣。長く続ければ続けるほどリスクも高まる。


「どりゃりゃりゃりゃあッ!!」

「ウゴッ、ギガッ、グッ……ガァアアッ!!」


 防戦一方の鬼が、唐突に口を開いた。

 ポシェの猛攻はそれを封じる意味もあったのだろけれど、まさにその攻撃を待ち構えるかのように、残った腕の手の平と肘、そして肩、胸、腹、腿、膝、脛……体の各所がパックリと裂け、無数の口と禍々しい牙が姿を現す。


「ポシェっ!!」

「だい……じょうぶッ!!」


 彼女はそれを見てなお左腕を口の中に突っ込んだ。

 同時に、他の部位が彼女の身体を食いちぎろうと襲いかかる……が。


ーーガキィンッッ!!!


 まるで金属が打ち合うような音が響き、噛みついていた鬼の口達が弾かれた。


「へへへっ……あたしの魔力でできた鎧は鉄よりも固いんだっ! そんなギザギザの歯じゃ貫けないよっ!!!」


 ポシェはそう叫ぶように言い放ち、突っ込んでいなかった右腕を振りかぶり、その拳を鬼の首に叩きつけた。

 先程はゴリゴリと削るだけに止まった拳が、今度はブチブチと音を立てさせながら深く進み、そして、


「これで終わりだっ!!」


 その首を胴体から千切り飛ばした。


「ぐ、ガァ……」

「はぁ、はぁ……やった……ジルくん! 勝ったよっ!」

「ポシェ、まだだっ!!」


 魔力強化を解除し、疲れたように笑うポシェに、俺は叫ぶ。

 鬼はまだ死んでいない。いや、それどころか……!


「えっ……!?」


 無防備になったポシェに、最初に千切っていた腕の先が飛びかかる。

 大きく、その顎を開きながら。


「ハァッ!!」


 気付くと同時に駆けていた俺が、間一髪刀で切り払う。

 しかし、これはおそらく解決にはならない。


「ポシェ、一旦下がれ!」

「え……ジルくん、これは、何が……」

「もっと早く気がつくべきだった。鬼の姿は擬態……それなら正体は何なのかってな」


 あれだけ口を開いて、獲物を食って……それじゃあどうやって消化する? その消火器へのルートは?

 魔獣だって生き物だ。その身体には当然、生命活動を行う上でのカラクリがある。

 そして、持っていたはずの金棒がいつの間にか消えたのも、ポシェの猛攻に気を取られ無視してしまっていた。


「千切れた腕も、金棒も……それに雑魚魔獣達を操っていたのも、全部アイツなんだ」

「雑魚魔獣……? って、ひゃっ!? 何あれ!?」


 ポシェがこの空間の周りに山と積まれた雑魚魔獣の死骸を見て目を丸くする。

 ポシェが戦っている間も茶々を入れようとしていたところを俺が仕留めた魔獣共だ。

 おかげで矢の残数は一桁を下ってしまったが。


「ポシェ、あれは鬼なんかじゃない」

「じゃあ……」

「あれは、鬼に化けただけの……“スライム”だ」


 俺はそう言いつつ、刀を鞘に収めた。

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