第43話 ポシェの誘い
相変わらず読めない人だ。
ポシェ先輩はその丸い瞳を爛々と輝かせ、期待と不安を混ぜ込んだ表情を向けてきていた。
「あの……ええと、先輩はメンターとかそういうのに興味が無いんじゃ……?」
「興味無いなんて言った?」
「いや、さっき……」
と口に仕掛けて止める。
そういや、人に教えるのが苦手とか、決めている相手がいるみたいなことは言っていたが、制度自体を否定している感じは無かったな。
「……それはそれとして。先輩、どいてもらえます?」
「えー。久しぶりの再会なんだからもっと喜んでくれてもいいのに。ほら、ハグくらいなら許すよ、後輩くん?」
「久しぶりって1週間程度しか間空いてないですよ」
「でもその倍の2週間くらい寝食を共にしたじゃんかー」
これは墓穴を掘ったという形になるのだろうか。
つい先ほど聞いたばかりの学院2位という輝かしい先輩のプロフィールを鑑みるに、彼女は中々有名人らしい。
そんな有名人に懐かれる後輩というのは、やはりどうしても目立ってしまう。
「先輩、こういうこと誰にでもやってるんですよね?」
「こういうこと?」
「その、抱き着いたりとか。先輩、明るい性格ですもんねー」
というわけで、俺は特別なんかじゃないよー大作戦を始動する!
手順は至って簡単。これは俺と先輩が特別な関係にあるというわけではなく、先輩にとって当たり前のコミュニケーションだと本人の口から言わせてしまうのだ。
「むぅ。誰にでも、というか誰にもやんないよ。でもジルくんならいいかなーって」
ぎゃー! 墓穴パート2!
「ジルくんは一緒にいて楽しいし、顔もかっこいいし」
ぎゃーぎゃー! 墓穴がどんどん掘られていく!
それもう見方を変えたら告白みたいなもんですよ!?
「ていうかジルくん、あたしが誰とでもこういうことしてる変態さんだと思ってない!? 勘違いしないでよ? こうやって抱き着いたりとか、メンターにしてほしいって頼んだりとか、あと……あっ、お部屋に招待したのもジルくんだけだからっ!!」
ぎゃーぎゃーぎゃー!
ツンデレみたいな導入でしれっと部屋に行ったのを暴露するのはやめてっ!
ていうかあれ招待って言っていいの? ぶっ倒れている間に運ばれただけなんだけど……いや、助かったのは紛れもなく事実なのだけど。
「あ、お部屋といえばさ」
「……なんでしょう」
「ジルくんがあんまりにも強く抱きしめるから、随分とにおいが残っちゃって――わぁっ!? 何々!?」
もはや心の悲鳴さえ枯れようとしていた時にぶっこまれた今までの発言内容を軽々凌駕するダイナマイトの登場に、俺はもはや強硬手段に出るしかなかった。
未だ癒えぬ傷が放つ悲鳴を抑え込み、先輩を担ぎ上げ、食堂から逃げ出したのだ。三十六計逃げるに如かず、逃げるが勝ちというやつだ。事実上敗北してるんですけどね。もっと早くやってりゃ良かった。
にしても先輩。抱きしめたのは抱き枕でしょ? スメルが残っているのも抱き枕にでしょ? それを抜いちゃったら意味が全く変わっちゃうでしょ?
ハーレムラブコメ特有の名詞を抜いて対象物の認知をずらすなんてベタなギャグは現実世界ではご遠慮頂きたい。また風評被害が増えちまうよ。
そんなわけで学院内を小さな先輩を担いで走ること十数分、生徒が自主トレーニングなどで使える個人訓練室が空いていたのでそこでようやく腰を落ち着けることができた。
「はぁ……疲れた……」
「ええと、お疲れ?」
訳も分からずといった様子で運ばれ続けた先輩が労いの言葉をかけてくる。あーあー、染みますねぇー。
「ていうかジルくん。もしかしてだけど、まだ身体痛む?」
「え」
「なんだか走り方おかしかったっていうか、どこか庇ってる感じがして。そうだよね、元々酷い怪我だったし、まだ治らないよね……」
「あー……いや、えっと」
勿論、先輩に診て貰った際の対魔人・魔物戦で出来た怪我のことを仰っているんだろう。しかし、そこから1日経たずに更に怪我を上塗りしたと伝えたらどうなるだろうか……怒られるのかな、怒られそうだな。
「あの、実は先輩」
というわけで伝えた。
「はぁ!? あの怪我で喧嘩して、しかも今まで保健室に入院って……馬鹿なんじゃないの、流石に!!」
怒られた。ていうか引かれた。
「まぁ、あたしもそれくらいの無茶たまにするけどさぁ……でも、たまにだからね! あたしでも!!」
「俺だって滅多に無いですよ、こんなこと」
「説得力無いなぁ……それで、身体大丈夫?」
呆れたように溜め息を吐きつつも、健気に撫でてくる先輩。制服越しではあるが真摯な気遣いを感じる。
本当に良い人だよなぁ……直情的ではあるけれど。
「取りあえず歩ける程度には。完治までにはあと1週間らしかったんですけど」
「なるほど。まぁずっとベッドで寝てても身体鈍っちゃうもんね」
普通は癖にならないよう完治してからリハビリなどで取り戻して行くんだろうけれど、流石は先輩。脳筋気質である彼女には、リスタ先生のスパルタな方針も合っているらしい。
「それで、ジルくん。どうかな、さっきの話」
「あー、メンターとかですか」
あの時は状況が状況だったので流してしまっていたが……うん。
「実は、制度のことは知らなかったんですけど、先輩に教えを乞いたいとは思っていて」
「え、本当に!?」
「はい。なので……是非俺からもお願いしたいです。先輩、俺の師になって頂けませんか」
改めて、先輩に向き合い、膝をつき、頭を地面につける。土下座……もとい、三つ指床付けスタイルだ。
「じ、ジルくん!? 頭上げてよっ!?」
なんて先輩が慌てるのを聞きつつも、俺はこの状況から込み上げる嬉しさに笑みを浮かべていた。
元々彼女に教えを乞おうとしていたというのは嘘ではない。まさに渡りに船だ。
けれど、メンターとメンティーか。
いったいこれから何を課されることになるのだろう。
……の前に、ここから出た後のことを心配した方が良さそうけれど。
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