第42話 学院2位

「なんか、視線感じるなぁ」


 一週間ぶりの食堂は、以前と違い上級生を含めた生徒達でごった返していた。

 これでは席も取れなそうだが、正直嗅覚も味覚も逝っているので、食欲が無くて丁度良かったりする。


 が、どうにも俺達がここに来てからというもの、同級、上級関わらず不躾な視線に晒されている気がする。

 こうして座れる席も見つけられず、壁の花となっているにも関わらずだ。


「あちゃー、丁度混んでる時間だったね」

「なんか白々しいな。最初からこの時間は混んでるって知ってたんだろ」


 王立学院は単位制。受ける授業は生徒自身が決める。必修という必ず取らなければならない授業もあるらしいけれど……ちなみにクラスゼロには単位という概念は無いらしいよ。なんじゃそりゃ。

 殆どの生徒は毎日朝から晩まで授業を受けているわけでは無く、他の生徒が授業に出ている時間、ある生徒は授業の無いフリータイムを過ごすなんてこともザラらしい。


 ただ、この昼休みに関して言えば、全ての生徒がフリータイムとなるため、食堂は実にごった返す。

 こうして座れない事態も出てくるのだから、授業の無い時間に来ればいいのにと思うのだけれど……そんな昼休みに丁度バッティングするということはルミエ達なら当然把握していただろう。


「どう? 有名人になった気分は」


 そんなルミエは悪戯に成功したことを喜ぶ子どものような笑みを浮かべ、俺の頬を人差し指でつついてくる。


「有名人?」

「ジルくんだけじゃないけれどね。私達、レオンくんとジルくんの一件以来、すっかり王立学院の落ちこぼれとして注目されちゃってるみたいでさー。ホント、いい迷惑だよねー、エリックくん」

「…………」


 エリックは俺の体を盾に視線から逃げていた。薄々気が付いていたが、人というものが苦手らしい。

 まぁ、この視線は浴びていて気持ちのいいものではないけど、盾はやめてくれよ、盾は。こちとらまだ怪我人だからね?


「わざわざこれを見せに誘ったのか?」

「うん。悪いことは早めに伝えた方が良いかと思ってねー」

「知らないよかマシだけどさ……」

「でもこの状態じゃあ、メンター探すのも厳しいかもなぁ」

「メンター?」


 聞き慣れない言葉……いや、前世でちらっと耳にした気もする。


「メンタリング制度。それも聞いてない?」

「ああ」

「メンタリング制度ってのはさ、生徒同士、先輩後輩で公式に師弟関係を組める制度のことだよ。それぞれの学年1人とまでね。んで、指導する先輩側がメンター、後輩側がメンティーって言うの」

「つまり、俺だったら2年の先輩と3年の先輩、2人とそういう関係になれるってことか」

「その通り」


 何かメリットがあるのか……と聞こうとしたが、愚問だろう。彼女の言った公式という言葉が肝なのだ。

 この学院では色々学べることと同時に、将来のコネを築けることも大事な要素だ。

 後輩側は先輩から手厚く学ぶことができ、先輩側にとっては将来有望、もしくは貴族のボンボンに唾を付けるチャンスとなる。ウィンウィンってやつだ。


「ルミエはそのメンターってのを狙ってたのか」

「まぁね。人脈は広いに越したことないし」


 生憎、総勢4名のクラスゼロでは中々叶わなそうだけれど。


「でも、ルミエは結構モテるよね……?」

「へぇ、そうなのか」

「ちょっ、エリックくんからまさかのリーク!? そんなんじゃないよ、ちょっとお茶に誘われたくらいで」

「それってデートじゃん。相手は? 貴族?」

「うぅ、下世話だなぁ……貴族だよ。家名はよく知らないけれど」


 しれっと毒を混ぜるルミエ。

 確か彼女は、というかクラスゼロは全員平民だったはず。

 彼女は確かに美少女だが、その美人さが目立たないタイプに思える。つまり、意外だ。


「あちらさんからしたら私みたいな芋娘の方が後腐れなくていいんじゃない? いい迷惑だけど。こちとら恋愛したくてこの学院に入ったわけじゃないんだし」

「大人の余裕ってやつだな」

「同い年だから」


 脇腹への肘打ちという、およそ怪我人にやるべきではないツッコミをとられたところで……食堂の入り口らへんから騒がしい声が聞こえてきた。


「お願いします、先輩! 是非この私のメンターとなってください!」

「あーもー、しつこいなぁー」


 男女の声。頼み込んでいるのが男で、あしらおうとしているのが女……っていうかこの声は。


「この学院に入学した暁には是非先輩のご指導を賜りたいと思っていまして……」

「だからさぁ、あたしそういう人に教えるとか得意じゃなくて……」


 しつこい勧誘を面倒そうにあしらっているのは、なんと数少ない俺の知り合いであるポシェ=モントール先輩だった。


「うわぁ、彼も凄いね。あのクイーンにメンター頼むなんて」

「クイーン?」

「キミ、本当に知らないことばっかだねぇ。クイーンは彼女のあだ名。学院第2位の実力者に与えられる名誉ある称号だよ」

「学院2位!?」


 あの小さな先輩がこの王立学院のナンバーツーの実力者……!?

 到底信じがたい……でもないか?

 彼女がスライムとの戦いで見せた身体強化魔法は、一度死の淵に足を滑らしかけた俺からしたら芸術レベルだったし、あのスライムも中々に強敵だったと思うと……確かに滅茶苦茶強いな!?


 ポシェ先輩は実に面倒そうに振る舞っているが、そんな彼女に向いた視線は興味や羨望が多い。今声をかけている彼だけじゃなく、他にもメンティーの座を狙っている者は多そうだ。


「しかもモントール伯爵家のご令嬢だっていうからビックリだよねぇ。名実共に最強のメンターって感じ。勿論上級生でも彼女を欲しがっている人は多いって聞くよ?」

「伯爵家……マジか」


 しかも良いところのお嬢様でもあった。

 それが学院のパシリで、16点で……。

 なんかいい話と悪い話の高低差が凄いな。本当に同一人物かよ。


「ポシェさんっ!」

「あー、本当にごめんっ! あたしもう心に決めた人が――」


 なんて、一際彼女の声が大きくなって、途切れた。


 ポシェ先輩が何かに気が付いたかのように固まっている。その視線の先は――俺だった。


「ジル君っ!!」

「え、わあっ!?」

「良かったぁ……探してたんだよ、ずっと!!」


 ポシェ先輩は何故か嬉々として俺に飛びつき、押し倒してきた。

 探してたって、何故? 抱き枕は返した筈……って、ああっ!? 食堂中の視線が集まってるぅ!?


「「…………」」


 しれっとルミエ、エリックの2人が離れていった。切り捨てやがった、俺を。

 流石クラスゼロ、絆もクソもありゃしない。


「ジルくんっ!!」

「ふぁっ、せ、先輩……?」


 ガシッと両の手で俺の顔を挟み込み、吐息が触れそうな距離で目を覗き込んでくる先輩。これ、角度によっちゃあキスしているように見えるんじゃ……?


「ジルくん、無理を承知でお願いなんだけど……」

「は、はい」

「あたしをジルくんのメンターに選んでくれないかな……!?」


 先輩はそう、よりにもよって周囲にもはっきりと聞こえてしまう大きな声で仰った。

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