第41話 敗者の薬は苦しい
負けた。
同級生に負けた。惨敗を喫した。
あの後、激痛と共に目覚めた俺は魔法治療を施してもなお全治2週間という診断を受けた。
今回のレオンとの戦闘による全身の打撲、一部骨折、更にまだ血が止まった程度だった魔人戦で出来た傷がバックリ開き、広がり、極めつけは生命力の枯渇ときた。
これらの中で意外にも厄介だったのは生命力の枯渇で、普通の回復を待っていたら数年単位で掛かるほどの重症だったらしく、2週間の内3日間は学院地下の隅にある空き倉庫に隔離され、延々内容のよく分からない薬を摂取させられ続けるハメになった。
この薬が本当に最悪で、濁ったようなドブのような見た目、そんな見た目を裏切らないドブの底を掬って凝縮したかのような臭い、ベトベトと無駄に歯に粘っこく纏わりつく舌触り、苦すぎて全身が痺れ思考が吹っ飛ぶような絶滅的な味、更には幻聴かも分からないが時折薬の底から聞こえてくる呪詛のような音……まさに五感全てに訴えてくる最低最悪の代物だった。
そんな薬を3日でバケツ2杯分ほども飲まされるという、まさに生き地獄と思える状況下で、俺は初めてリハビリの苦痛から周囲にキレ散らかすスポ根マンガの主人公の心境を知ることができた。
薬漬けの3日間は殆ど意識も無かったが、さぞ周囲に八つ当たりしまくったのだろう――
「アァ? 見舞いなんて誰も行ってねぇよ」
「なんて薄情な……涙が出るなぁ……」
「センセーから行くなって言われてたしな。それでもあの王女サマは見舞いに行こうとしたらしいが。あまりの悪臭に断念したっつってたけどな」
「あー……それは責められねぇわ」
入院生活も1週間が経ち、保健室へと移送された俺と現在会話をしているのは意外にもレオン=ヴァーサクだった。
ちなみに彼は無傷……ではなく、両腕にしっかり包帯を巻いている。なんでも両腕の骨が逝っていたらしい。俺の命がけの攻撃もまったく届かなかったわけでは無いようだ。
「もしかして今も臭ってる?」
「いや、俺の鼻は特に感知しちゃいねぇ」
現在レオンは人間モード……というか半人半獣の半獣部分を隠した姿となっている。これも魔法の一種だとゲームの説明で見た気がするなぁ。
「良かった。俺は薬の後遺症なのか未だに味覚と嗅覚がイカれててさ」
「そりゃあ随分とご苦労なさったようだ」
「ああ、お前にボコボコにやられている時より死を身近に感じたよ……ったく、リスタ先生には感謝すりゃいいのか、文句を言えばいいのか分からないな」
王女様さえ寄り付けない生き地獄の世界で、甲斐甲斐しくも俺の世話をしてくれたのはリスタ先生だった。
まぁ、世話と言っても魔法で体の汚れを取り払い、薬の補充をしてくれたという程度だが。あの悪魔の薬も先生のお手製だったそうで、保険医先生も目を見張る秘薬だったとか。
ただ、そもそも彼女がもっと早く止めてくれていたら生き地獄を味わわずに済んだのだけれど……まぁ、無茶をすると碌なことにならないということは身に染みて理解できたわけだし、お灸を据えるという意味も有ったのだろう。そう思わなければ、次会った時あの人のこと殴っちゃいそうだからさぁ……。
「んで、クラスの方はどうよ」
「さぁな」
「さぁって。お前まさかサボってんのか?」
「そんな勿体ねぇ事する訳無いだろうが。基本うちのクラスの方針は個人主義らしくてなぁ。全員バラバラの特訓をさせられてる」
「全員バラバラの……」
「ま、俺たちゃ少数のクラスだからな。個々が育てばそれだけ総合力に反映されるってことだろ。俺からしちゃ周りの雑魚共と足並みを揃えるストレスも無ぇし、願ったり叶ったりだぜ」
そうレオンは歯を見せて笑う。獰猛な獣のような笑みは実に彼らしい。
「しかしどういう心境の変化だよ。お前が俺の見舞いに来るなんて。まさかここまで追い込んだ罪悪感からなんて言わないよな。先生に様子を見てやってくれってお願いでもされたか?」
「包帯を取りに来ただけだ。罪悪感どころか、俺の腕をこんなにしてくれたテメェを今すぐぶん殴ってやりたい気分だぜ」
「そんなところだと思った」
実際、部屋を空けていた保険医が来るとレオンは直ぐにそっちに行ってしまい、包帯を取って完治のお墨付きを貰った後は俺のことなど一瞥もせずに出て行ってしまった。当然未練なんか無いが、完治という響きがただただ羨ましい。
「ジル君、調子はどうかなぁ~?」
クラスメートに嫉妬と怨念を飛ばしていた俺に、保険医、ニーア先生が甘ったるい声をかけてくる。
ニーア先生はおっとりした巨乳美女で、常に語尾にハートマークが付きそうな色っぽいお姉さんだ。あーこんな保険医置いちゃ駄目だって。怪我したくなっちゃうもん。
「天国みたいです。一生ここに居たいくらいですよ」
「あらあら、でも駄目よ? 貴方は今日退院だから」
「え、今日ですか!?」
随分いきなりな話だ。
魔法医療は骨折でも腹を開くことなく、早く迅速に治すことが出来る。
しかし、俺の怪我はまだ治るまで一週間と聞かされているのだけど……
「リスタちゃんに言われたのよぉ。早く退院させろ~って。リスタちゃんに頼まれちゃったら私も逆らえないから」
ニーア先生、実に男受けする容姿をされているが、彼女自身は男に興味はなく、女性を恋愛対象にしているらしい。リスタ先生から聞いた話なのでどこまで信じていいか微妙だけれど。
ただ普段の発言からも、この学院では新任に当たるリスタ先生に興味関心が絶えないというのは伺えた。
「大丈夫よ、もう骨は繋がっているし」
「はぁ……」
「リハビリの一環だと思って、ね?」
未完治の患者を無理やり退院させるなんて医者としてどうなんだと思いつつ……しかし、いつまでもベッドの上でぼんやりしている訳にもいかないので、俺は退院を了承することにした。
「うぅ……歩く度に痛い……」
「やっ、ジルくん。退院したんだってね」
「お勤め、ご苦労様……」
「あ、ルミエリック」
「括るな括るな」
保健室を出て少し歩くと、待ちかまえていたように立っていたルミエとエリックが声を掛けてきた。
「なんか用?」
「なんか用なんて酷いなぁ。退院祝いにご飯でもどうかなーって。ジルくんが保健室に引きこもってる間に有ったこととかも話せるよ?」
「そりゃあちょっと気になるな」
というわけで、俺は彼らに連れられる形で食堂へと向かうこととなった。
まだズキズキと痛む身体を引きずりながら。
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