第4話 『ヴァリアブレイド』

 ヴァリアブレイド。


 それが前世で俺が遊んだ、この世界と同じ世界観のゲームタイトルだ。

 英雄の卵やお姫様、騎士たちが牧歌的な世界を巡り、魔獣と戦いながら成長し、最後は世界を救う……そんなあらすじ(若干のネタバレ有)のアクションRPGである。


 シンプルで直感的に楽しめる操作性ながらに自由度が高く、また親しみやすいファンタジーの王道とも言えるストーリーや映像美。

 さらに豪華声優達の熱演などで盛り立てるドラマチックな展開により、ヘビーユーザーからライトユーザーまで楽しめる珠玉の名作だった。


 ゲーマーと名乗るほどではないとしても、趣味欄に書き込める程度にはゲーム好きな俺もこれにはハマった。

 珍しく実績集めにも精を出したし、RTA(リアルタイムアタック)や縛りプレイの動画を見ては、見よう見まねで挑戦してみたりもしていた。


 なんて前提からだとあまりにも突拍子もないことだが……俺はこのヴァリアブレイドの世界か、はたまたそれに近しい世界に生まれ直した……転生したらしい。



「俺はジル。ジル=ハーストだ」


 焚き火がパチパチと音を放って跳ねるのを見つめながら、俺はそう名乗った。


 ジル=ハースト。紛れもなく今生の俺の名前だ。何度朝と夜を繰り返しても醒めることがないのだから、夢ではないのだろう。


「おい、それだけか?」


 名前だけで挨拶を終える俺に、先に自己紹介していた少年、ファクト=セイラスが文句を言ってくる。

 彼はセイラス子爵家の嫡男であること、趣味は読書、剣と魔法が得意など、まあまあプロフィールをさらけ出してくれた。

 自発的にやったとはいえ、俺が名前だけですませるのは納得がいかないらしい。


「実家は……守り人っていうのかな。魔獣の住む森の近くに居を構えて、そこから魔獣が出てこないか監視しているんだ。とはいえ父が初代になるから伝統あるなんて言えないけど」

「へぇ、それがお前の強さの秘密かぁ!」

「秘密ってほどじゃないけど、ガキの頃から親父の手伝いはしてきたからな。少しは場慣れもしていると思う」


 実際はがっつり戦闘術も習ったし、免許皆伝も受けている。ただそこまでひけらかすのも嫌味な気がしたので大人しく頷いておいた。

 女戦士、いやメルトは納得したようでそれ以上に質問をぶつけてこなかった。

 というか、男っぽい喋り方と、女性ながらに鍛えられた筋肉質な体付きに気を取られていたが結構美人だ。それこそ剣なんて握らなければ男受けしそうな美麗な顔立ちをしている。

 

「ジル様はどうして王立学院に?」

「ジル様……?」


 次いで声を掛けてきたのはミリィ。ドラゴンに気圧され気絶していた少女。

 彼女はメルトと対照的にちんまい体付きをしている。規定的に同じ14歳か15歳の筈だけれど、姉と妹に見えてしまう。

 顔立ちはあまり似ていないが、彼女はそのまま男受けしそうな美少女だ。


「ジル様はミリィのヒーローですから!」

「ヒーロー!?」


 妙に目をキラキラさせて見つめてくる彼女に俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 彼女がドラゴンに襲われているところを俺が助けたから……というのが理由だろうけれど、そもそもミリィは意図的に囮役としてドラゴンの目を引き付けていたのだ。それを助けて恩を感じられるというのはマッチポンプ感があって素直に喜べない。


「ヒーローも騎士も目指してない。ある程度の教養と人脈を培えればそれでいい」

「商人になりたいのか」

「いや……まぁ、ある程度商才的なものは欲しいとは思うけど。俺は親父の後を継ぐつもりだ」


 国の辺境に引きこもって、人間よりも魔獣と過ごす時間の長い世捨て人。

 多分世間から見れば親父はそういう風に言われるだろうけど、それなりに大事な仕事だろうし、それにそんな親父を放っておいて1人都会で過ごすというのも夢見が悪い。親父は気にしないだろうけど。


「進路希望まで語ったんだ。これくらいでいいだろ?」

 

 俺はそう自己紹介を打ち切る。

 実際それ以外に言えることは殆どない。これまで田舎から出ることなんて殆ど無かったし、広げる風呂敷自体がないのだ。

 今は、まだ。



 ジル=ハーストはゲーム『ヴァリアブレイド』に一応登場しており、重要人物でもある。

 頭に一応を付けておきながら重要人物であるという矛盾した表現を使うのは……彼が直接ゲームに出演してはいないから。

 彼はストーリー開始前に死んでいる。そうはっきりと明言されている。


 ではなぜ、今は一受験生でしかない俺、ジル=ハーストが死んでなおヴァリアブレイドのストーリーに影響を及ぼしているのか。

 その理由は2つある。


 1つは彼がゲームのメインヒロインである第三王女の護衛だったということ。

 そしてもう1つは恐れ多くも彼が若くして史上最強の剣士と呼ばれるほどに優れた才覚の持ち主だったということだ。


 確かにこの身体は才能に満ち満ちていると思う。

 やろうとすれば大体のことができる。

 アイスドラゴンにとどめを刺した我が家系に伝わる戦闘術の秘奥ともいえる“光閃”も、型を習って週間で音速に至り、剣の師匠である親父からは若干どころではなく引かれた。

 この光閃、光の速さをイメージするというだけで実際は音速にも至らなくていいという裏話があったらしい。当然親父も至っていないのだとか。

 親父は俺の目から見てもクソ強いので、相対的に俺もクソ強いということになるのだろう。


 最強なんて響きは実にいい。面映ゆい気持ちにはなるが、中々に浮かれたくもなる。

 けれど、それが余命宣告済みと分かれば浮かれられない。


 ゲームの中で王女様、セレイン=ヴァルティモアは度々ジルのことを口にする。

 しかしそれはジルの設定を深掘りするものというよりも、セレインがいかにジルというかつての護衛に信頼を寄せていて、そしてその護衛を失ったという傷が彼女に影響をもたらしているか語るためのものでしかない。

 そしてそれは主人公が王女様を落とした際のNTR的カタルシス(分かりやすく言うならば未亡人に興奮する感じのアレ)を助長する役割でしかなく、言ってしまえばジル=ハーストは噛ませ犬としての役割くらいしか与えられていない。


 ジルについては顔も、死んだ際の詳細も、CVも明らかではないほどで、どうせ設定詰めてないんだろうなぁと思う。

 おかげで俺はどうすれば死の未来を回避できるのか、いや、どうしたら一介の田舎者である俺が王女様の護衛なんぞになり、彼女に深い心の傷を負わすほどの死を遂げるのか分からない。想像もつかない。


 ちなみにだが、ジルは死んだ後黒幕に死体を操られるという形で敵になって出てくるというおまけもある。踏んだり蹴ったりだ。

 死体ジルさんはストーリーに関わらない裏ボス的存在で、それはもう滅茶苦茶に強く、これは確かに史上最強の剣士という感じだった。

 黒い鎧に全身を包んだ姿は黒騎士なんて呼ばれていて実に中二心をくすぐられたものだ。


 ただそんな黒騎士さんもタイムアタック勢には自分の技を示すサンドバックでしかなかった。

 動画上で徹底的に壊され、裸縛り、ノーダメージ、アイテム禁止、武器禁止、攻撃禁止、○分以内に撃破などなど、あらゆる舐めプで蹂躙された彼がネット上で史上最強の剣士(笑)となったことは否めない。

 願わくばこの世界にそんなタイムアタック勢がいないことを祈るばかりだが……まあ、その時には死んじゃってるだろうし関係ないか……。


 なんたってストーリー開始は第三王女殿下が20歳の頃の話。そして、彼女は俺と同い年だから、あと5年もしない内にストーリーが始まる。

 そしてその頃には王女殿下はジルの死で相当やられているから、まぁまぁ時間が経過していると考えると……余命も残り幾ばくかってことになる。


「おい、ジル」

「……ん?」

「やっと気づきやがった! アタシらの質問無視してボケーっとしてんじゃねぇよ!」

「質問?」


 全く聞いていなかった。

 久々に絶望的な状況を思い出してトリップしてしまっていたらしい。

 メルトのキラリと光る八重歯を眺めつつ首を傾げると、隣に座っていたミリィに袖を引っ張られた。


「メルトとファクトさんはジル様の剣技について気になっているですよ」

「剣技?」

「ミリィは残念ながら見れなかったですが、それはそれは凄かったと聞いたです!」


 ミリィが目を輝かせてグッと顔を近づけてける。

 それに圧された俺は丁度視界に入ったいい具合に焼けたドラゴンの肉に目を付けた。


「ほ、ほらそんなことより肉だ、肉。いい感じに焼けているんじゃないか」

「それもそうだな! 肉を食いながらでも会話はできるし!」


 やはり食い意地といえばメルトという感じで、真っ先に彼女が飛びついてくれたおかげで俺への注目も逸れてくれた。

 そのことにホッとしつつ、同時に彼らのような未来ある若者と食事を囲むことに妙な後ろめたさみたいなものを感じて、小さく溜息を吐くのだった。

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