第3話 光閃
魔法。あの火の渦はこの少年が作り出したものだ。
彼の接近に気がついていたとはいえ、精々ドラゴンの気を引く程度だと思っていたものが、僅か数秒程度でもしっかり拘束しているのはいい意味で予想外だった。
「言っておくがこんなのその場しのぎだ。出力が安定しないし……貴様に僕の杖剣を渡しさえしなければもっと……」
「だったら最初から俺の役を変わってくれれば良かったのに。一歩間違えば食われたかもしれないけどな」
俺の言葉に「御免だね」と返す貴族様。そしてついでに女の方も「アタシにもあれは無理だわ」とか言ってくる。
後出しで、こっちのが上手くできたけどなーとか言われなくて良かった。
「おい、もうあれは持たんぞ。こんな木の枝では出力が安定しない」
「そりゃあさっき聞いた」
「それでも行動しないから文句を言っているんだ!」
確かに彼の炎は最初の勢いに比べれば弱く、小さくなっている。
しかし、そんな彼の魔法さえもすぐに振り払えないほどドラゴンは弱っている。
体表の氷をドロドロと溶かし、本当の急所が丸見えだ。
「問題無い」
俺は剣を鞘に収め、再度居合い切りのために構える。
同時にアイスドラゴンが炎を振り払い咆哮を上げる……が、もう遅い。
咆哮なんぞで怒りを表現している暇が有るならさっさと尻尾を巻いて逃げるべきだったんだ。勿論、そうしたとしても逃がしはしないが。
「光閃……ッ!」
その技名を吐き出すと同時に地面を強く蹴る。
ただし、前に進むために蹴るのではない。その勢いを上半身に、肩に、腕に伝えるために。
強く、深く、大地を蹴り込み、そして。
衝撃を全身に回しながら、刀を抜き放った。
光は“地球を1秒でを7周半する”という。
この星が地球に比べてどれくらいの大きさかは知らない。光がこの星を1秒で何周できるかも。
だから、光に届くほどの速さで放たれる居合い切り、と言い伝えられたこの技が本当にその領域に届いているかは、俺は当然、俺に技を教えた親父も分からないだろう。
しかし、音を置き去りにする程度には速い。
そして、そんな刀から放たれる斬撃は音だけでなく、空間さえ切り裂く。
即ち、刃が届かない距離にあるアイスドラゴンの身体さえも。
「ギュ……」
断末魔は上がらなかった。
アイスドラゴンは驚愕するような声だけを残し、斜めに真っ二つとなって崩れ落ちる。
トカゲの尻尾は切られてもしばらくその場で暴れまわるなんて言うが、流石に胴体を分かたれればそんな生気も残っちゃいないらしい。
俺はアイスドラゴンが絶命したのを確信し、刀を鞘へと収めると、後ろの2人を振り向いた。
「上手くいったなっ!」
「「…………」」
達成感から笑顔を2人に向けるが、両者とも目を丸くして固まっていた。
その表情があまりにも同じだったので、つい達成感とは別の意味で笑ってしまう。
「なんだお前ら、生き別れた兄妹か?」
「……お前、何だ今のは……」
「そんなんできるなら最初からやれよ!」
「え、なんで責められてんの、俺……?」
俺は言われ無きバッシングに肩を落としつつ真っ二つのアイスドラゴンの死骸に近寄る。
そしてもしやと思って胸のあたりに慎重に刀を突っ込んでいくと、随分堅いものが剣先に触れた。
「このコア……やっぱりユニークモンスターだったのか」
「おいっ、無視をするな!」
「無視はしてない」
アイスドラゴンの体内から入手したバレーボール大のコアをこっそりリュックに収めつつ、振り向く。
「そんなことより先にこの死骸を解体しないか。アイスドラゴンの肉は美味いらしいし、これだけあれば俺達3……いや、4人いても十分最後まで保つに違いない。獣や事態の収束を知った他の受験生が来る前に済ませた方がいいのはお前……お前らも分かるだろ?」
少年は不服そうだったが、女の方は美味いというワードに反応して目を輝かせた。
粗暴そうな見た目の通り、食への志向が高いらしい。わざわざ会話に巻き込んで正解だった。
「肉! しかも、竜の肉っ!? そりゃあいい、腹減ってたんだっ!!」
女らしからぬ、豪快な笑い声を上げる女。彼女は腕に抱えた少女を揺らしてみせてくる。
「料理ならコイツにやらそう! こう見えて凄い腕前なんだ。この無人島が一流レストランに思えてくるくらいになっ!」
「そりゃあいいね。オーシャンビューだし」
彼女の提案に冗談混じりに返していると、脇を肘でつつかれた。
「お前、自然と彼女を勘定に入れたが、気絶していただけなのに分け前を与えるのか?」
彼は何も不公平に呻き、器の小ささを示しているわけではない。これはレジャーではなく試験。入学を決める最終試験だ。
何の役にも立っていない者に施しを与えるのは俺達は勿論、与えられる側の彼女のためにもならないと危惧しているのだろう、多分。
「まあ、いいんじゃないか? 彼女は囮として役割を果たしてくれたわけだし」
「それは結果論だ」
「結果は結果さ。俺達が生きてドラゴンの肉にありつけるのも結果論だし……ああ、でも過程に拘るにしても褒めれる点はある。彼女は意図して囮になったんだからな。そうだろ?」
そう、女に呼びかけると彼女は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに自慢気に口角を上げ頷く。
なぜお前がと野暮なことは言わない。彼女と気絶中の少女はバディを組んでいたのだ。俺とこの少年同様に。
「お前、彼女達を知っていたのか?」
「まさか。途中で気がついたんだよ。彼女が身を挺してドラゴンの気を引き、その隙にこの女が狩る作戦……むしろ水差したのは俺の方だったってな。そうだろ?」
「まあな。ミリィがなんとかしなきゃとか言い出して聞かなくてさぁ……つーかその女ってのやめろ」
「……男だった?」
「ちげぇよ!! アタシぁ、正真正銘、生まれたときから女だっ! やめろってのは呼び方! アタシにはメルトって名前があんだよ!」
バシンッ、と頭を叩かれた。あんな大剣を振り回すくらいだ。女だてらに腕力はそれなりで、それなりに痛い。
「いっ……」
「……ぬにゅ? メルト……?」
そして本来ならこの後は叩かれた俺のリアクションをお楽しみいただく場面だったが、それはミリィと呼ばれた少女がタイミング良く起きたことによってバッサリカットされることとなった。
これただの叩かれ損じゃねぇか……。
「……悪かったよ、メルトさん。でも、とにかく一度移動しないか? 冷気も晴れてきた。そろそろ他の受験者も異変が去ったと知ってやってくるぞ」
そう半ば無理矢理に話を戻し、ドラゴンの解体を始める。
メルトはそれで少しは納得してくれたのか、気絶していたミリィに状況説明を始めた。
「名前と言えばだが」
俺がドラゴンの目から引き抜いた杖剣を受け取り、血糊を拭き取りながら少年が呟く。
「僕ら、自己紹介をしていなかったな。もう一週間近く行動を共にしているのに」
「……まあ、おいだのお前だの貴様だのアンタだので済んでいたからな」
お互いこの一週間で見えてきたものはあるが、名前だけは知らなかった。
俺が返したように必要なかったというのが一番の理由だけれど、俺が避けていたというのもある。
俺が避けていた理由は簡単で……苦手なのだ。自己紹介というのは。
何故なら俺には今の俺になる前の、別の俺の記憶が一部あるから。
そしてもう15年ほど、この"ジル=ハースト"として生きているのに俺が、今の俺をどこかで受け入れられないのは……
この世界が前世で遊んだゲームの世界観とそっくりそのまま同じだということ、そして、この"ジル=ハースト"の名前もそのゲームに存在し、しかしゲーム開始時には既に死んでしまっているからだ。
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