第5話 親父

 俺の実家はこのバルティモア王国の端の端にある。

 明確に国境線が引かれているわけでは無いが、ここから先は他国ではなく、魔獣が住まう未開拓地帯が広がっている。

 父はそんな危険な地で、果ての無い樹海から人々を脅かす魔獣が出てこないか見張り、出てきた際は討伐するという仕事をしていた。


 給料が出るわけじゃない。食は樹海で得たものを食べたり、それを少し離れた村で売ったりして、なんとか生計を立てている。

 その暮らしはあまりに寂しく不便だが、慣れてしまえばどうということもない。


「親父」

「おお、帰ったか」

「ああ……ただいま」


 長い草原を進んだ先、深い樹海の手前にポツンと立った小屋の前のイスに親父は座っていた。

 親父は随分足を悪くしていて、自由に歩くことが出来ず、一日の殆どをここに座って過ごしている。

 とはいえ戦いになればアドレナリンがバグっているのかハチャメチャに暴れ出すが。


「早かったな? まさかバックレたか」

「違うよ。ちゃんとやってきたさ」


 そもそも、王立学院の試験を受けたのも父の差し金だ。

 父は昔は騎士で、その伝手で俺を推薦枠に潜り込ませた。俺の同意を得ることも無く。


「試験は終わった。今は結果待ち」

「そうか。どうだ、ジル。友人はできたか」

「まだただの試験だから……でも、気のいい奴らとは出会えたかな」


 ファクト、ミリィ、メルトの顔を思い浮かべつつ頷く。

 彼らとはあのアイスドラゴンを倒した後も試験の残り1週間行動を共にした。

 帰りの方向は別々だったのでそれっきりだけれど。


「親父、刀ありがとう」

「役立ったか」

「ドラゴンを斬った」

「ほう……!」


 親父が愉快げに口角を上げる。


「どんな奴だ」

「アイスドラゴン。多分ユニ……ヌシだと思う」

「ヌシか! はははっ! それは凄い!」


 ヌシというのは魔獣の中でも特別強靭な個体に付けられる総称。

 ゲーム内だと特定の地点やイベントで戦う名前付きの魔獣で”ユニークモンスター”と呼ばれていた。

 ユニークモンスターと戦う時は戦闘BGMが変わるからすぐに分かる……なんて、この世界にはBGMなんて流れていないけど。


「ほらこれ、そいつから取れた土産だ」

「おおっ! まさしくヌシクラスのコアだっ!」


 アイスドラゴンの体から引き抜いたコアを差し出すと、親父は子どものように目を輝かせて受け取り、様々な角度からそれを眺める。

 そんな姿に苦笑しつつ、俺は小屋に入ると湯を沸かす準備を始める。

 家の中は俺が試験とその移動のために使った約1か月弱殆ど触られていなかったようで埃が溜まっていた。こりゃあ掃除が必要だな……。


「ジル、こいつは中々にいいな。“アギト”のトリガーに使えそうだ」

「サードに?」

「ああ。お前が入学するまでには仕込んでやるよ」


 そんな返事と共に親父が立ち上がった音が聞こえてくる。聞こえてくる音的にアギト……俺が返した刀を杖代わりにしているようだ。


「入学までって、アギトは今回だけ借りたと思ってたけど」

「くれてやるさ。ワシにとっちゃもう無用の長物だしな」


 刀、アギトは代々受け継がれてきた戦闘術、"時見流"の神器だ。

 ちなみにジゲンじゃない、ジケンだ。時を見る、なんて大袈裟だが、カッコよさだけで付けられたわけじゃあない。


「お前はもう免許皆伝だ。アギトを持つ資格は十分さ」

「でも、親父だって使うだろ」

「達人は武器を選ばねぇのさ。現に、お前がいない間だって何の問題もなかった」

「たった1か月だ。学院に行けば3年……この間の36倍だぞ」


 そんなにここを明ければ埃で小屋が潰れてしまうんじゃないだろうか。それでも親父は気にしなそうだが。


「やっぱり、俺学院なんか……」

「ジル」


 小屋に親父が入ってくる。皴の刻まれた顔を余計に顰めながら。


「ワシはこの僻地にお前を閉じ込めている。だが、縛られる必要などない。お前の力はもっと広い世界で、もっと自由に振るわれるべきだとワシは思っている」

「俺にそんな欲は無い……あるのは……」


 俺にあるのは一つだけ。それさえ果たせればいる場所は関係無い。

 それに、学院、王都に行けばそれだけ第三王女、セレインと出くわす可能性が高まる。

 即ち、ゲームと同じ王女様の護衛となる可能性も出てきてしまう。


 もしかしたら俺がちゃんと彼女の護衛にならないと歴史が変わって世界がピンチになるなんてこともあるかもしれないが、ゲームでは描かれていない以上、王都に行くのが正しいかどうかも分からない。

 それに、喜んで死ぬ可能性を高めたいわけじゃない。抗えるものなら抗いたいという気持ちは俺にもあるんだ。


「おい、ジル」

「……んだよ」

「鍋、噴いてるぞ」

「ああ……」


 ぐつぐつと煮立っている鍋に、適当に有り合わせの食材を切ってはぶち込んでいく。


「うへぇ……またお前のゲテモノ料理を食わされるのか」

「文句を言うなら自分でやれよ……って、生のまま出されたらたまんないけどさ」

「腹に入っちまえば一緒だろうが」

「それなら俺が煮たのだって同じだろ。生のまま食われて変な病気にかかられでもしたら面倒なんだよ。昔から、取りあえず火は通しとけって言うだろ?」

「俺よりも生きてねぇ癖に偉そうに何を言う」


 親父はなんでも生でそのまま食う。俺はなんでも煮るか焼くかして食う。

 今までは俺も親父同様腹に入ればそれでいいというタイプだったが、なまじ試験で振る舞われたミリィのドラゴン料理を食った後だと天と地の差だ。

 あの子はメルトが自慢する通り本当に料理が上手かったからな……いっそのこと誘拐してきた方が良かったかもしれない。


「とにかく食っとけよ。碌に飯食ってなさそうだしさ」

「おい、どこに行く」

「樹海。親父の足じゃあ碌に見回れていないだろ? ちょっと掃除してくる」

「生意気な……おい、アギトはいいのか」

「いらない」


 俺は小屋の中に立てかけてあった弓と矢筒を担ぐ。

 代々継がれてきた刀、アギトとは違い、これは俺が自分で作った弓矢だ。

 木を削り、石を砕き、魔獣の素材を加工して作った世界に一つだけの武器! ……というと大げさだけれど、樹海にはゲームでいうところの終盤モンスターもいて、素材も上質なものが取れる分性能もそこそこだと思っている。

 今回は事前にサバイバルと聞いていたので消費する矢より、取り回しのいい槍を持って行ったが、どちらかと言えば弓矢の方が俺には合っている。


「1か月も放っておいちまったからな。拗ねてるかもしれないし」

「へっ、いらねぇなんて言われたら今度はアギトの方が拗ねそうだがな」

「それを言うなら親父のほうだ。1か月もガキに預けられて親父の加齢臭を恋しく思っていただろうし、今日は抱き枕にでもしてやったらどうだ」


 そんな冗談を吐きつつ、小屋を出る。

 気を付けろよ、なんて言葉を掛けられるが、その声には心配は乗ってきていない。心配なんてするだけ無駄だと言わんばかりに口先だけだ。


 樹海へは数分せずに辿り着く距離だ。しかしこれまでの、のどかとも言える弛緩した雰囲気が樹海にたった一歩足を踏み入れるだけで一変し、ピリピリとした張り詰めた空気が場を支配した。

 これでも昔は違った。俺が初めてここに来た時はそんな雰囲気が全く無く、むしろ無意識の内に凄く魅力的に見えたものだ。どんどん先に進んでしまいたくなるように。


 これがこの樹海の怖いところで、餌が迷い込めば森ぐるみで奥へ奥へと進ませ逃げられなくするのだ。

 けれど、今では森全体が俺を拒否している。明確に脅威として認識しているのが肌を痺れさせるようなプレッシャーから伝わってくる。


「そんなに冷たくするなよ。ガキの頃から一緒なんだ。仲良くしようぜ」


 誰にでもなく、そう断り弓矢を抜き、構える。

 それと同時に茂みから先兵ともいえる猿型、犬型、鳥型の魔獣が複数体現れた。

 ……が、現れた瞬間全ての頭部が吹き飛ぶ。俺が放った矢によって。


「きび団子にしちゃあ、ちょっと威力があったかな」


 最初はあくまでウォーミングアップに過ぎない。この辺りにいるのは樹海の出口付近にいながらも外に出る度胸の無い雑魚ばかりだ。

 俺は魔獣を吹き飛ばし、地面や木に刺さった矢を回収しつつ奥へ奥へと進んでいく。

 かつては誘い込まれた場所へ、今は拒絶されながらも無視して自らの意思を持って駆ける。


「さぁ、"あっち"じゃ色々抑えていたからな。悪いけど、ちょっと暴れさせてもらうぞ」


 そう、気分を高揚させながら。

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