第6話 迷い人

 学院の入学試験、無人島サバイバルから数か月が経った。

 試験を経て大きく人生が変わった――なんてこともなく、俺は相変わらず、魔獣の巣食う森の中をパトロールするという日々の習慣をこなしていた。


 魔獣がどこから、どのように生まれるのかは明らかになっていない。

 勿論俺のような田舎者に情報など回ってくるはずもないが、今より数年先に王女殿下がそう語っているから間違いないだろう。


「キシャアッ!」


 木の上から降ってきた猿の首を刀で斬り落とし、次いで地面を這ってきた犬を蹴り飛ばし、飛びかかってきた鳥を矢で撃ち落とす。


「ああ、くそっ! キリがねぇ!!」


 その死骸に目もくれず走る。目の前に点々と伸びた足跡を追って。

 地面に残った痕跡、足跡のサイズや地面の沈み方からはまだ幼い女児のものと分かる。

 まさか、この樹海に子どもが紛れ込むなんて……!


 入学試験からおよそ半年が経ったが、あの頃発生した魔獣は手下を狩りつつも大本は断たずにいた。

 断てなかったのではなく、あえてだ。

 この猿と犬と鳥の魔獣は比較的弱い。こいつらを操っている親玉が他にいる筈だが、ある程度泳がせて学院に行く直前に倒そうと思っていた。

 魔獣は長く生きれば生きるほど強く、厄介になる。だから、親父を1人にする時に少しでも面倒をかけないようにさようとしていたのだけれど……まさか、子どもが紛れ込むなんて。


「ギャオォン!」

「キシャア!」

「キエェエッ!」

「切っても切っても湧いてくるな、この桃太郎トリオ!!」


 あっちは怪鳥ではなく雉だったか。それに誰かが倒れれば片っ端から代わりが湧いて出てくるなんて便利で残酷なシステムでもない。

 トリオは俺の道を塞ごうと次から次に現れるが、足跡の先に荒れた様子は無く、先に奥に向かった子供を止めていないのが分かる。

 俺を上手い事足止めし、子どもを骨の髄までしゃぶりつくそうとでもいうのだろうか。


「なんて、分析してる場合じゃねぇだろ、俺! どけっ!」


 丁度目の前にいた犬型の魔獣を思いきり蹴飛ばす。そこに若干八つ当たり的私怨が混ざっていなかったかと言えばウソになる。


 入試から半年、もう3月だ。入学月は4月。

 うちは田舎も田舎、王国の隅にあって王立学院のある王都へは馬車でも1か月ほどかかる。

 つまり、現時点で合格の通知が来ていないということは……そういうことだ。


「あーっ! 王立学院には落ちるし、誰かが紛れ込むなんて初めてのイベントも起きるし今年は厄年か!? 死ぬのか、今年俺死ぬのか!?」


 もはや道の脇から現れる雑魚魔獣どもはサッカーボール代わりに雑に蹴り飛ばしつつ進む。刀も血を浴びれば切れ味を落とすし、矢も回収しながらではもたついてしまう。

 だから仕方ない。決して一番手応えがあってストレス発散になるからではない。そんな状況じゃないし。


「グゥワァアアアッッ!!」

「っ!?」


 咆哮。

 魔獣相手に慣れ始めていた俺の油断を打ち払うかのような声に、一瞬足を止めてしまう。

 しかし、怯んでいる暇などない。今の、森の木々さえ揺らす咆哮はおそらく、いや間違いなく今この樹海を牛耳るボスだ。


「獲物を見つけたのか……!?」


 距離は遠くない。しかし、手遅れになってもおかしくない。

 もはや呑気に雑魚を相手にしている暇もなく、蹴散らすより躱すことにスピードを上げた。


◆◆◆


 それは鬼と形容するのが相応しい魔獣だった。

 無限に等しい量の手下を生み出しながら網を張り、獲物をおびき寄せる……そんな器用な真似をするくせに自身も中々に強そうな見た目をしている。

 人間のような四肢を持ちつつ、その血管の浮き出た腕も足も胸も胴も、筋肉だけで構成されているのではと思うほどに隆々としている。

 腕にはどこで仕入れたのか、桃太郎の鬼が持っていそうな巨大な金棒を持っており、軽々と振るっている。その一振り一振りで木々がなぎ倒されていく。殺傷性は十分だろう。


 しかし、


「ふっ、ほっ、うわぁ!? 今のは危なかったぁ……」


 などと言いながら、鬼の前で跳ねているあの少女はなんだ?

 足跡から推測したディティールに間違いはない。

 身長は150センチ程度。長袖のブレザーに膝丈のスカートを着た彼女は学生のように見える。

 彼女は後ろに一つで結んだポニーテールをふわりふわりと揺らしつつ、スカートもクラゲのように浮かせ、パンチラなんて気にもしていない。胸は平坦で揺れる心配はなさそうだけど……。


 その少女は、見ているこちらが呆れるほどに軽々と鬼を弄んでいた。

 ていうか、本当に誰だあの子……?


「まさか、こんなところでこんな大物に出くわすなんて! あたしの強運、馬鹿にできんなぁ!」


 どうやら不幸のど真ん中を落っこちている最中の俺と違い、彼女は幸福の絶頂を味わっているらしい。

 強靭な魔物と対峙することは10人が10人不幸と思う出来事な筈なんだけどな。

 この世界の魔獣を倒したって金を吐き出してはくれないし、経験値を集めてレベルアップもできない。まだ被害を出していない魔獣を倒してもありがたがられることはないし。


 あの子は純粋に強敵との勝負を楽しんでいる。

 つまりは、脳筋。


「グゥオォ!!」

「ふっ、隙発見! せやぁ!」


 どんなに金棒を振るっても一向に捉えられない少女に鬼もイラついていたのか、動きが大振りになった。その瞬間を少女は見逃さない。

 武器らしい武器を持っていない少女がどうするのかと思ったが、彼女は地面を強く蹴って跳び上がると空中を斜めにくるりと一回転しながら踵落としを鬼の首に見舞った。

 斜めに蹴ったことで力も逃げ、そもそも彼女の小柄な体付きでは大して……と視覚は訴えてきたが、聴覚は真逆の印象を受ける。


――グォキィッ!!!


 ヒットストップ……!?

 本当にインパクトの瞬間に時が止まったかのような錯覚を受ける。

 太い首に彼女の踵が深くめり込み、容赦なく骨を砕く音を響かせた。鬼の呻き声さえもかき消すほどの。


「うっしゃあ! 足応えアリ!」


 少女が空中でガッツポーズを浮かべる。

 事実、これ以上ないほどに綺麗に決まったと茂みの影に身を潜める俺も感じた。

 相手はノックダウン。首の骨が砕かれ呼吸さえままならなくなり再起不能だ。


 ただし、相手が人間、もしくは並みの人型魔獣であればの話だ。


「ヌグァッ……!」

「へ?」


 少女が目を見開く。ぐったりと、肩の下あたりまで垂れ下がった鬼が悲鳴とは違う怒号を漏らす。

 それと同時に少女に向かい、鬼が腕を伸ばす。


 この樹海を牛耳るレベルの魔獣であれば、人型という見た目も擬態だ。本来の弱点を隠し、賢しく相手の油断を誘いこむ。

 人間ならば急所は目、眉間、鼻、首、心臓……そういった弱点は当てにならない。


 鬼の身長は2メートル半ほどある。オスメスの区別のない魔獣に金的なんて問題外であり、人型の急所は上半身に集まっている。

 少女が急所を狙った攻撃を仕掛けるのなら跳ぶしかない。そして心臓が腕で守られているのなら、狙うのは頭、それか首。


 鬼はそのどちらが狙われても良かった。一撃を喰らったとしても、奴にとっては痛手ではない。

 少女の小柄な体を見れば、一度隙を取って大きな手で握り込んでしまえばそのまま圧殺できると確信していたからだ。


「グガァアアアッ!!」


 鬼の手が少女の目前まで迫る。そして空中にいる彼女には躱す術はない。

 勝利と、そして獲物を手に入れることを確信した鬼は歓喜の声を上げた。


 しかし、それは隙だ。

 少女が鬼の首を蹴りぬいた時油断したように、鬼もまた少女を前に油断を見せた。

 ついぞ先ほどまで警戒していた俺の存在を忘れ、少女のことだけを見つめている。


「嫉妬しちゃうね」


 本当の敵が誰なのか、思い出させてやる。

 俺は茂みの中からターゲットを定め、矢を打ち放った。

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