第93話 エリックの戦い

「ぶふぁっ! ぶふぁっ!」

「ぐ……!」


 馬の巨体から放たれる勢い任せの突進に、僕は圧されながらもなんとかその攻撃をいなす。


 今まで見てきた中でも、ずば抜けて奇妙な見た目をしている。

 首から下は馬。しかし、頭は人間を模していて、蛇のようにうねうねと垂れ下がっている。

 そしてその首はダメージを負うと分裂し、増える。

 首が増える度に動きは激しくなり、強くなる。今は3本だ。もっと増えるかもしれない。


(くそ、そもそも僕は先頭に立つタイプじゃないのに……!)


 自身の得手不得手はよく理解している。特にクラスゼロに加わってからは思い知らされる一方だ。

 接近戦を得意とし、攻防両立させたジルやレオンに比べ、僕やルミエは牽制、サポートに向いている。

 特に僕の得意分野は——暗殺。気配を殺し、認知の外から対象の命を奪う。それが僕の身体に染み着いた戦い方だ。


 だから、こうやって正面きって戦うのは、それこそクラスゼロの指導の中でジル達と立ち合わされた時くらいのものだ。


「ちっ……影よ、我が敵の自由を奪えっ!」


 代々、家系に継がれてきた闇属性の魔法も、こういった正面戦闘には向かない。

 馬の足元から這い出た影も完全に動きは封じられず、ほんの少し足止めをする程度だ。


(くそ、ジルの奴が動ければ……って、悪態を吐きたいところだが)


 そもそも、僕がこうして無様に身を晒しているのは、そうする必要があったからだ。

 今、地面に転がるジル=ハースト。不規則に荒い呼吸と、尋常ではない汗。肩からはおびただしい量の血を垂れ流し、顔色もかなり悪い。

 既に満身創痍。それをさらにこじらせた様子は、初めて彼の戦いを見たあの時、レオンとの拳での立ち合いで見せた姿を思わせる。

 リスタ先生からも注意を受けていたあの技をまた使ったのだろう。死ぬかもしれないと忠告されていたくせに。


 そもそも一緒にいる女は何者だ?

 彼女も外傷は浅いもののまとも動けないほどに消耗しているらしい。

 あの馬の魔獣にやられたものとは思えないが——


「ぼさっとするな!」

「ぐっ……!」


 考え事をしている間に、魔獣から飛んできた火の玉が眼前に迫っていた。

 女の声でなんとか気づけた僕は、咄嗟にナイフを振るい、弾き飛ばす。魔力で作られた攻撃は、武器に魔力を流してぶつけることで弾ける……なんとか防御できたか。


「おいお前、その馬鹿を連れてさっさと逃げろ!」

「そうしたいのは山々だが、私も初めて限界を感じているところだ。動くにはもう少し休まねばならない」

「ちっ……随分と余裕だな!?」

「冷静と言ってほしいな。それよりもジルの容態が芳しくない。このままでは死ぬぞ」

「冷静にどうも!」


 そんなことを言われても、僕は医療の専門家ではないし、この場で魔獣を一瞬にして殺し、全員を救う力を持っているわけでもない。

 足止めが関の山といったところだ。助けに出ておいて情けない話だが。

 というか、この女、理路整然と言葉を並べやがって……なんたがムカつくやつだ。


「って、僕が乱されてどうする。どちらにせよこのままじゃジリ貧もいいところだ」


 何か、状況を変える手立ては無いものか。

 ジルも、この女も使えない。何か他に——ん?


「影よっ! ……おい、ジルッ! お前、でん——セレインさんはどうした!?」


 そうだ、あのお姫様。

 王女殿下がジルの側にいない。

 綺麗な顔して化け物みたいなポテンシャルを持った、ジル大好き人間が。


「セ……ラ……」

「馬鹿者、無理して喋るな。ジルと共にいた少女は、もう1人の少女を連れて逃げたぞ」

「ちっ、あの魔獣からか……!」

「いいや、私からだ」

「お前からっ!?」


 ふざけた口振りでも、冗談を言える状況でもない。


 もしかすればあの女は最初ジルの敵で、彼らがああも消耗しているのはそれが原因なのか? そして混乱に乗じてあの馬の魔獣が現れたと思えば説明がつく。

 それにお姫様がいない理由は……サリアという少女がいたのかもしれない。もしもジルとお姫様だけなら、きっとあの子はジルの側をてこでも離れようとしないだろうからな。


 状況が読めてきた。お姫様の性格を考えれば、賭ける価値も——


「っ……!? なんだ、急に身体が……」


 身体がぐらつく。

 気を抜いたつもりはない。そんな筈がない。

 しかし、目蓋が重い。これは眠気が……!?


「ぶふぁ、ぶふぁ」


 魔獣の目が光っている。

 そして、首の回りを火の玉が回って……、


「おい、貴様! あれを見るな!」


 女が叫ぶ。

 そうか、催眠術……!


 目の光と火の玉の動きで、こちらの感覚を支配しようとしている。

 魔術を直接付与してくるわけではなく、ある種物理的に行ってくるから質が悪い。


 あいにく今は太陽が天辺に差し掛かろうという正午。

 光による催眠術を使うにはタイミング的に最悪だ。僕にも効きは悪く、予兆も掴めたが……しかし、それでも僅かに効いてしまっている。


 足が思うように動かない。

 くそ、助けに出たつもりがろくに役に立てていない。


「いや、僕だってクラスゼロの1人だ……!」


 純粋な戦闘力を見ればジルやレオンには敵わない。

 ルミエもサポート力を強化し、勉学に精を出している。

 そして、お姫様——いや、セレインも類い希なる魔法の才を有している。


 彼らに比べれば僕は凡才極まりない。

 闇に潜み、虚を突き殺す——そんな小手先の技など白日の下に晒されてしまえば無力と化す。

 僕はジル達に比べればどうしようもなく弱いままだ。


 けれど、それでも僕には果たさねばならない使命がある。

 小手先でもなんでも駆使して、必ず殺さなければならない奴がいる。

 

 だから、こんなところで立ち止まれない。

 無力なまま、間抜けに死ぬわけにはいかない。

 無様でも、情けなくとも、必ず生き残る……だから!


「本当は、賭けなんかしたくないんだけどね……!」


 一番確実なのは背を向けて逃げてしまうことだ。

 ジル達を餌にすれば自分が逃げるだけの時間は稼げるだろう。


 けれど、それはしない。

 ジルは僕の目的に必要な人間だ。彼の特異性、狂気といってもいい在り方は、きっと僕の道と重なるだろう。


 だから、生かす。

 共に必ずここから生き延びる。

 そのために今僕ができることは……!


「広がれ……闇の渦ッ! ダーク・コンフューズッ!!」


 身体が動かなくても魔力は練れる。

 練りに練った魔力を、僕は攻撃ではなく、とにかく拡散させることに専念した。


 あの魔獣は得体が知れない。

 首が増えるごとに強くなるという特性から、今、僕がアイツを倒せても、再び首を増やして復活されるかもしれない。

 そうなれば、余計に苦戦させられるのは確かだ。


 だから、今僕がやるべきなのは、呼ぶことだ。

 この場にない勝機に一縷の望みを賭け、呼び寄せること。


 より確実な、勝機を。


――ズオォォオン!


 瞬きほどの一瞬。

 けたたましい音と共に光の柱が空から馬の魔獣を圧し潰した。


(ジルといい、彼女といい……相変わらず化け物だな)


 僕は苦笑しつつ、馬の魔獣から距離を取り、ジル達のところへと戻る。直後、


「ジルーっ!!」


 あのお姫様の声が聞こえてきた。

 視認できる距離じゃないのに、僕の魔法が示した地点をピンポイントで射抜くとは、まったく恐れ入る。


「エリック……」

「ジル、悪いが彼女を呼ばせてもらった。なに、あの子がお前を放って大人しく逃げ出すなんて考えられなかったからな」

「それは、いい」


 ジルは死人のように力の入らない手で僕の肩を掴み、耳元に顔を寄せてくる。


「頼みが、ある」


 細々として、弱々しい声。

 彼を支えていた女も呆れつつ、しかし強い意志をその目に滾らせつつ僕を見てきていた。

 ああ、恐ろしい。こんな状態になって、ジルもこの女も、なお闘志を揺らしちゃいない。


「ああ、任せろ。せめて戦闘以外で役に立たなくちゃ、面目丸つぶれもいいところだからな」


 僕が頷き返すと、ジルはほんの僅かに頬を緩め、そして、なんとも彼らしい頼みを告げるのだった。

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