第86話 失踪とハプニングと
ロマーナで起きていた幽霊、そして失踪事件。
俺は何気なくそれを聞いて、受け止めていたが……思い返してみれば、この状況と、そしてロマーナという町名には聞き覚えがあった。
そうだ、ゲームの中で、確かに俺は確かに……。
ストーリーイベントの一つで、ゴーストタウンを訪れるというものがあった。
ややこしいが、このゴーストタウンはプレイヤー側の世界で使われている、「殆ど人が済まず、しかし町や廃墟が残ったままになっている」的な意味だ。本物の幽霊が暮らしているというわけではない。
ではない……筈だったのだけれど……。
主人公一行がそこに向かった理由は、魔人の噂を聞きつけたからだ。
彼らはセレインをつけ狙う魔人達を倒すため旅をしていたからな。
しかし、そこには魔人もいなければ、ゴーストタウンなんてものもなかった。
多くの町民や行商人によって賑わう、交易町。その名を『ミラージュタウン』。
蜃気楼の町なんて、あからさまに怪しい名前のそこが、かつてはロマーナという町だったということはゲーム中、パーティー一行の会話で出てきている。
そう、思い出してきた。
その時、セレイン――セラは、ロマーナのことをあまり知った姿は見せなかった。
ゲームで描かれた彼女がロマーナを知らない理由……ただ単にど忘れしているだけか、彼女が今、俺達が歩んでいる道とは違う過去を歩んできたかだろう。
前者ならともかく、後者であれば今この瞬間にセレイン=ヴァルティモアの運命を僅かでも変えていることになる。
ゲームで描かれた未来に現実を捻じ曲げようとする、運命の修正力とやらの否定。
それができれば、俺の目指す復讐はグッと現実に近づくことになる。
(ああ、クソっ……魔人の絡まないイベントだったからもう全然覚えてない……)
今この町に起きていること、そしてゲームの中で起きた事件。
それらに関連性があるならば、何か攻略の糸口がつかめる筈。
思い出せ、思い出せ……!
――ル……ジル……
なにかノイズのようなものが頭の中に入り込んでくる。
くそ、邪魔だ。今何か手掛かりが思い出せそうなのに。
「ジルっ!!」
「っ!!?」
はっと目を覚ます。
目の前には俺を起こしていたのだろう、セラが俺に覆いかぶさってきていた。その長い髪が頬をくすぐってきてこそばゆい。
どうやらさっきまで夢を見ていたみたいだ。
「ようやく起きました……」
セラはホッとしたように俺の上に倒れてきた。
ずっしり……という表現は女性には失礼かもしれないが、人1人分の体重と体温を感じる。
「せ、セラさん?」
「あっ、ご、ごめんなさいっ! つい安心して……って、そうじゃないんです!」
「何かあったのか……?」
「サリアさんがいないんですっ!」
「え? と、とりあえずどいてくれ」
昨日の状況から「消えた」なんて言われれば物騒だが、とにかく状況を確認しないことには始まらない。
のしかかってきていたセラをどかし、サリアが眠っていたベッドを調べる。
(体温はまだ残ってる……いなくなってからそう時間は経ってないな)
「ジル、もしかしてサリアさん、誰かに攫われてしまったのでしょうか……?」
「いや、多分それはない」
俺は寝巻にしていたシャツを脱ぎ、外出用、そして戦闘も想定された制服に着替えながら答える。
「セラも着替えろ。追うなら早くしないと……」
「え、あ、はいっ」
一応紳士的に、セラの着替えを見ないように背を向けてはいるが、まるで俺の存在が見えていないかのように無遠慮に室内に響く彼女の衣擦れの音がつい気になってしまう……平常心、平常心。
「着替えながらすみません。どうして、サリアさんは攫われたわけじゃないと?」
「誰かが悪意をもってそうしたなら、お前を放っておく理由がないだろ。サリアは貴族だが、お前の方が高貴っぽいし」
「褒めてます?」
「今褒める褒めないは関係無いだろ」
平常心を保つため、つい素っ気ない返事をしてしまう俺。
対するセラはそんな俺の態度が不服なようで……ていうか、さっきまで慌てていたくせにやっぱりこのお姫様は肝が据わっているというかなんというか。
「それに、ベッドがある程度整えられていた。中途半端にな。普段使用人に頼ってばかりの貴族様が、できるだけ平静を装うために整えたって考えれば納得がいく出来だ」
「な、なるほど。あっ、ちなみに私のベッドがグチャグチャなのは、ジルを起こすことを優先したからですよ!? 王女かどうかは関係無いですからっ!」
「それは聞いてな……いや、なんでもないです」
何が地雷を踏むか分からないので不用意な発言は避けるべき。
そう改めた俺は、苦しいながらに当たり障りなさそうに誤魔化しつつ着替えを終える。
「よし。セラも準備は――」
いつの間にか衣擦れの音が聞こえなくなっていたので、セラも着替え終わったかと思い振り向いた俺は、
「……へ?」
「~~~っ!!」
なぜか、スカートを履きながらも上は下着姿のセラをしっかりと見てしまった。
この世界にもちゃんと存在するブラジャーをつけようとしつつ、しかしホックが背面にあるため上手くいっていなかったようだ。
なんて、ベタな。
「み、見ないでくださいーっ!!」
「すみません外で待ってます!!!!!!」
こればかりは平常心もクソもなく、俺は最近(俺の中で)定着しつつあったクールなイメージをかなぐり捨てつつ部屋から飛び出すのだった。
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