第56話 知識と経験
ゴルゴーンの瞳というと、前世の伝記に有ったものは見られると石化する、みたいなものだったと思うが、ヴァリアブレイドの中では単純に麻痺の状態異常を付与してくるものとなっている。
ただ、アクションRPGであるヴァリアブレイドにおいて、一定時間行動不能になるという麻痺は命取り。高難易度のボス戦でかけられてしまえば、そのままサンドバッグにされてお陀仏――なんてことはザラだった。
そして、この世界だとそんなアクションRPGの環境と比較しても、もっと悲惨だろう。
まず、死ねば復活してリトライするなんてことはできないだろうということ。
だろうと付けているのは死を経験していないからだけれど、お試しでできるようなことではないし……。
そして、もう1つ。ゲームであれば回復アイテムの使用ができた。
回復アイテムは持ち物の中から使用できる消耗品で、リアルタイムで自分、ないしは仲間のHPや状態異常を回復してくれる。
モーションでいうと、アイテム使用者が自分の頭上にアイテムを放ることで、離れた場所の仲間に効果が付与される感じだ。
例えば仲間が麻痺になった時には、戦いながらメニューを開き(メニューを開いている最中はゲーム内の時間は止まる)、アイテムを選んで使用するという、ほぼノーモーションで対処することも可能だったりした。ただ、持ち込み制限数があるので乱用はできないのだが。
対してこの世界ではそういった対処は不可能だ。アイテムを上に投げても落ちてきて足元に散らばるだけ。ええ、勿論試しましたとも。
ヴァリアブレイドのシステムと何が同じで何が違うのか――それを知るのが俺が最初にやるべきことだったからな。
などと、色々と並べてきての結論。
麻痺はヤバい。かかれば確実に窮地に立たされることになる。
「2人とも、目を合わせるな。あの目が光った時にそちらを見ていると、麻痺に掛かる羽目になる」
「目を合わせれば……見られる分には問題無いということか」
「多分……」
そうとしか言えない。
ゲームだとカメラを回転させて、魔眼発動時には視界から外すという謎システムだったので、この世界での再現はできないのだ。
「まぁ最悪、俺とセラなら少しは耐えられるだろう」
「私、ですか?」
「ああ。光属性は毒の類に抵抗力がある。一度麻痺を掛けられても今動けているのはその影響だろうしな」
「で、でも、あの時は動けなくなって」
「それは油断してたからじゃないか? ちゃんと全身に光の魔力を巡らせれば全然違う……と思う」
やはり、どうしても曖昧になってしまう。
前世の知識、そしてそれを検証する時間があった分、中途半端に分かっていて未確定のこととなるとどうにも確信をもって動けない。
もしかしたら、という疑念が払いきれないのだ。
「ジル」
セラが俺の頬に優しく触れてきた。
「貴方を信じます。それで、貴方と一緒に戦えるなら」
結局、そんな彼女の短い言葉で方針が固まってしまうのだから、俺の理屈なんてもんも大したものじゃないな。
改めて、俺達は魔物――ドラゴンと向き合う。
開けた草原に山のように現れたそれだが、随分と走って逃げたおかげで十分距離は取れている。
最前に俺、次いでセラ、最後方にファクトを配置した。それぞれの適正距離から判断したものだが、結構しっくりくる。
――お前、そんな鈍らで大丈夫か?
なんて、ファクトから訝しがられたけれど……今回はこの剣ではなく、別の牙を用意している。
「行くぞ……っ!」
集中……
俺の中にある光と闇、その両方を重ね合わせていく。
「ジル……!?」
後方からセラが、驚くような、心配するような声を投げてくるが、その心配は杞憂だろう。
何故なら――
――うん、この感じなら大丈夫……本当に、ジル君は凄いなぁ。
なんて、先輩からのお墨付きも出ているからな……!
かつて、まだ魔法学院に入学したばかりの時、レオンの前で不完全に使用し、先生に諫められた頃の俺とは違う。
時間は絶えず流れ続ける。この3か月、それこそ光陰矢の如しという言葉が相応しいくらいあっという間に過ぎていったけれど、当然遊んでいた訳じゃないし、しんどい思いだって何度もした。
でも、だからこそ自分が更に強くなれたと確信できる。
「身体強化……今ならッ!」
運命を乗り越えようってんだ。
この程度の壁、ねじ伏せられなくてどうする……!
光を闇で、闇を光で、それぞれを中和させ合い、無の魔力を強制的に作り出す。
何かのバグみたいな字面だが、実のところ先輩もそうやって身体強化の魔力を作っていたのだという。
つまりこれは何ら間違いじゃなく、正式なアプローチってわけだ。
「セラ、ファクト、援護を頼む」
「はいっ!」
「任せろ……!」
2人の声を背で受けて、俺は力強く地面を蹴り跳び上がる。奴の視界の外、顎下に向かい、右腕を振り被り――
「魔物……テメェらなんかに邪魔はさせねぇ!!」
轟雷のような音をまき散らしながら、思い切り殴り抜いた。
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