第57話 灼熱の咆哮
僕はかつて天才と呼ばれていた。
兄弟達よりも早く魔力に目覚め、そしてセンスも彼らとは比べ物にならない程早く伸びて……両親からの期待、兄弟からの嫉妬――それらを浴びるのが本当に気持ちいいと感じていた。
そして、勝手に思い込んでいたのだ。
僕は、選ばれた存在なんだって。
けれど、それはあっさりと打ち砕かれることになる。
たった1人の少年の存在によって。
彼の名前はジル=ハーストといった。
爵位を持たない、平民の生まれ。僕よりも遥かに恵まれない環境で、彼は僕より遥かに強い輝きを持っていた。
――魔法はあんたに任せるぜ。俺はそういうのはちと苦手なんだ。
ミザライア王立学院の入学試験、そこで僕は彼とタッグを組むことになった。
理由は殆ど有ってないようなものだ。
僕もジルも、偶々この試験に知り合いを持たなかった。
試験が開始した時、偶々近くにいた。
最初に狙った獲物が偶々一緒だった。
そんな偶々がいくつも重なって、僕らは共に2週間を乗り切ることにしたのだ。
ジルは槍術に優れ、僕は魔法に優れた。
それぞれの利点を活かし、押し付け合い――僕らはどちらもある種傲慢だったから、逆にそれが良かったのかもしれない。
僕らは互いにどこか見下し合い、余計な期待はせず、あくまでギブアンドテイクの精神で割り切ることができた。
「おい」
「んだよ」
「まさか、その水鍋に食材を全て突っ込むつもりじゃないだろうな……!?」
「まさかって……それ以外あんのかよ」
「ふざけるな! 折角獲ってきた食材をそのまま鍋にぶち込む馬鹿がどこにいる!」
「馬鹿だってぇ!? それを言うならお前もだろうが! 馬鹿の一つ覚えみたいに焼いてばかりで!」
「個々の食材の味を楽しめるだろう!」
「個々の食材の味なんて楽しんでたら余計虚しいから纏めて飲み込んじまおうって話だろうが!!」
ただ一つ――でもないが、料理に関しては中々に荒れたな。僕もジルもどちらもその心得は無かったから。
けれど、悪くはなかった。
彼は僕の幼少の頃を知らない。僕が天才だなんてことは考えてもいない。
共に名前も知らない他人同士。ただ2週間だけの仲間。
けれど、この対等な仲間というものが僕にとっては初めての感覚だったことは確かだった。
言葉にするのは面映ゆいが、楽しかったのだ。ただの通過点でしかないと思っていた無人島での試験が。
そして――それだけではなかった。
――光閃……ッ!
あの氷の竜の首を切り落とした剣技。いいや、それ以前から、あの、島全体を自身の冷気で覆いつくそうとする氷の竜を翻弄し、弄ぶ飄々とした立ち振る舞い。
彼のそれは、とても僕と同じステージのものではなかった。
ただただ美しかった。
僕は、同い年で、僕より環境に恵まれなかったであろう一平民の少年が見せた技巧にどうしようもない憧れを抱いてしまったのだ。
井の中の蛙大海を知らず、などという言葉がある。
僕は正に井戸を自分の王国に仕立て上げた哀れな虚構の王だったわけだ。
それが分かった瞬間、憑き物が晴れた気がした。
無我夢中で放った炎の手ごたえはまだ己の手の中に燻っていて、早く、もっと鍛錬を積みたいと思わずにはいられなかった。
「名前と言えばだが――僕ら、自己紹介をしていなかったな。もう一週間近く行動を共にしているのに」
その言葉にジルが一瞬驚いたように目を見開いた。僕も彼も、必要以上に踏み込もうとはしなかったからな。
あの時、共にドラゴンと対峙したメルト、そして臆病者のくせに自らドラゴンを引き付ける囮に出たミリィ。
彼女達の存在もあって、僕は自ら一歩前に踏み出した。彼をもっと知りたいという素直な欲求に従って。
あの時の出会いが今に繋がっている。
ミザライア王立学院でも僕は彼ら3人と共に過ごすことが増えていた。
入学前は他の貴族生徒達とずっと一緒にいるのだろうと思っていたのにだ。
気が付けば、ファクト=セイラスは平民やクラスゼロの落ちこぼれなんかとつるむ変わり者だ、なんて噂さえ飛び交い始めた。
けれど、それで良かった。僕にとっては彼らと出会えたことがどれほど人生を豊かにしてくれたか。どれほど尊いものか。
あの日があったから、今、僕はここにいる。
「轟炎よ……意志を持ち、あの大敵を穿て……!」
遠く、巨大な魔竜と肉薄するジルを見据える。
(上手く避けろよ……!)
声を上げたって届かない。けれど、一切妥協する余地はない。
僕はただ念を込め、強い炎を練り上げる。
――来いよ、ファクト。
声が聞こえた気がした。
見れば彼がこちらを見て、得意げにその口角を上げている。
「フフッ」
自然と笑みが零れていた。
ああ、ジル、お前は強いよ。
いつの間にそんな、身体強化の魔法をマスターしたんだ。あの時のあの剣を持っていないお前を心配して損したじゃないか。
お前はどんどん上へ上へ駆けて行く。もしかしたら、僕らがただそれを見上げるだけの存在なんて思っているのかもしれないが――
「見せてやるさ。僕らだって成長する。いつかお前にだって追い付いてみせる。これは――その宣誓代わりだッ!」
杖剣の周囲に噴出した紅蓮の炎が渦を巻き、大きく、大きく膨らんでいく。
まったく皮肉なことに、この炎は竜の形を描いた。
その名も――
「クリムゾン・ロアッ!!」
灼熱の咆哮。僕が出せる最も強い炎の魔法。
轟々とうねりを上げて宙を舞うそれが、ジルごと魔竜の頭部を包み込む。
(まさか間抜けに焼かれたりはしないだろう……!?)
僕はヒーローの到来を待ち望む子供のように、胸を高鳴らせながら炎を見つめ――そして、そこから飛び出した影を見て、頬が千切れるくらい笑った。
彼はこちらを一瞬、やはり得意げに、挑発的に見てくる。
――随分やってくれたな。
そんなメッセージを放ちながら。
まったく、本当に嫌になる。
僕からしてみれば、彼の方が余程化け物だ。
「ま、味方であればこれ程頼もしい存在もいないな」
あの巨大で凶悪な魔竜を前に、腰を抜かさず立っていられるのは彼が一番前で暴れているからだ。
であるならば、そう簡単に負けやしない。たとえあの化け物が相手であっても、こちらについているのも化け物なのだから。
「――まったく、妬いてしまいますね」
ふと、そんな美しい声が耳をくすぐった。
見ると、王女様がこれまで見たことの無いほどに挑戦的で好戦的な視線をこちらに向けてきていて――僕はただただ肩を竦めるのだった。
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