第58話 魔竜の吐息

「ちぇっ、やるなぁファクト……!」


 下手すりゃ俺まで丸焦げだったという点を除けば、だけれど。


 ファクトが地上から放った竜を模した灼熱は、魔竜の顔を覆いつくし、焼き尽くそうと燃え上がる。

 入学試験の時から思っていたことだが、やはり常人ではない。


「まぁ、負ける気は無いけどな……!」


 灼熱から逃れるようにジャンプして逃れた俺は、強く宙を蹴る。

 身体強化によって繰り出される強度の高い蹴りは空気をまるで壁のように弾き、重力と協力して俺の身体を強く押し出した。


「喰らえぇぇええっ!!」


 力を込めるように叫び、勢いを全て乗せた踵落としを魔竜の首に叩き込んだ。


「グオォォォォォッ!!?」


 魔竜が悲鳴を上げる。

 一発目、顎下からの一撃は重力に逆らった分威力も落ちてしまったが、今度は逆にそれも味方につけている。

 魔竜の悲鳴もさらに大きく鳴り響いた。


 しかし、ダメージを与えられても死には至らない。

 威力の問題ではなく、規模の問題――相手が大きすぎるんだ。


 だから、俺はあくまで足止めだけ。俺達の鍵となるのは――


「セラっ! 今だ、撃ち込めッ!!」


 地上にいるセラに向かって叫ぶ。

 彼女こそ、文字通り俺達にとって起死回生の光だ。


 あの時、空高く伸びた光の柱はおそらく神聖魔法、ゴスペル。

 ゲームの中――未来のセレイン=バルティモアでも中盤に習得するそれを何故今のセラが使えるかは分からない。

 この世界の進む道がゲームの示す運命から逸れ始めているのか、それとも今後何らかの理由で彼女が力を失うか――考えれば色々な可能性が見えてくる。


 けれど、今目の前に広がるこの状況の前では、魔神を連なるものを倒すという目的においては、セラの新たな力に頼る以外無い。


 俺が道を切り開き、ファクトが援護する。

 そしてできた隙に、力を貯めたセラが魔竜の胸部――心臓を目掛けてゴスペルをぶち込む。

 それが俺達の計画であり、そして今その大詰めまで来ている。


 後はセラが魔法を放つだけ――だった。


「殿下っ!?」


 しかし、魔法は飛んでこず、代わりにファクトの叫び声が聞こえてきた。


「っ……!」


 見れば、セラが地面に手を付けて倒れている。

 とても魔法など撃てる体勢ではない。


(まさか、魔力切れ……!? いや、違う。あいつの魔力は無尽蔵だ。いくら一度ゴスペルを放ったからって、底をつくはずないし、そうなっていたのならあんなに元気には振る舞えないはず……)


 であれば、どうして彼女が倒れたのか――そう思考を回し始めた瞬間、視界の端で空気がパチッと一瞬弾けた。


(空気が弾けた……? まさか……!?)


 魔人が魔物に変化すると、その特性も強化される。サルヴァの影の手の最大稼働数が増大し、その精度が増したように。

 ならば、このリザードマンも、対象を麻痺させるという特性が強化されていてもおかしくない。


(視線だけじゃない……? 他の何か、セラに影響を及ぼす――空気!?)


 ドラゴンの吐息。ブレスなんて呼ばれるそれは時に炎を纏い、冷気を纏い――毒を纏う。

 奴の視線によって伝染する麻痺毒、それが奴の呼気に混ざっていたとしたら。


 咄嗟に口を押さえる。もしかしたら……いや、もしかしなくてももう、俺の身体も蝕まれているかもしれない。


「ファクトッ! セラを連れて離れろっ!」


 大声を出せば、その分息を吐きだす。息を吐き出せば、その分肺は新たな空気を求める。

 麻痺毒が体に回る――それを自覚すると余計に身体が蝕まれている気がしてくるが、それでも叫ばずにはいられなかった。


「コイツの麻痺毒は吐息にも乗る! 近くにいればどんどん蝕まれていくぞ!」


 元々麻痺を喰らい、体力も落ちていたセラが真っ先に落ち、そしておそらく次は状態異常への耐性の薄いファクトだ。

 ここで2人倒れるのはマズい。いや、1人の時点で――


「ジル! 上っ!」

「っ……ちぃ!」


 地上へと跳び降りた俺を、怯みから復帰した魔竜が踏みつぶそうと足を叩きつけてきていた。


 俺は咄嗟に地面を蹴って躱すものの、魔竜が地面を踏み鳴らした衝撃に足を取られてしまった。


「しまった……」


 足が、ほんの僅かに痺れた感覚がした。そして、この地響きの中ではそれが命取り――


「う、ぐぅ……!?」


 踏ん張りがきかず、膝をついてしまう。よりにもよって敵の目の前で……!


「ジルッ……!」

「来るなっ!」


 叫ぶファクトを、俺は声で押さえた。彼がこちらに来ればセラが無防備になってしまうし、下手をすればファクトも麻痺で倒れる危険も上がる。


「グオォォォォォッ!!!」


 再度振り上げられる魔竜の前足。それは確実に俺を捉え、そして今度こそ俺にそれを跳んで躱せるだけの脚力は残っていなかった。


 最終手段――俺は身体強化の密度を高め、その足を止めるよう構える。

 下手をすればレオンと戦った時の二の舞になり、最悪、俺の身体はその負荷に耐え切れなくなる。

 けれど、このまま踏みつぶされるよりはマシだ。


「ぐ……っ!!」


 弱音を吐きそうになる体を引き締めるように足を一発殴り、備える。


 もう視界の全てを覆うほどに、奴の足が目前へと迫っていた。

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