第61話 流星の瞬き
奇妙な感覚だ。
自分の身体が自分のものでないような、そんな感覚。
実際、今俺の身体はルミエが制御している。彼女が俺に乗り移っている――というよりは、見えない手に鷲掴みにされ、人形遊びのように弄ばれているという方が正しいか。
普通に体を動かすのでは決してできない動きをしつつ、両の目に映っていない何かを見る。
それは中々スリリングで、得難い経験であるのは確かだった。
勿論楽しんでいる状況ではないのは重々理解している。
仲間は倒れ、俺だっていつ麻痺毒に意識を奪われるか分かったものじゃない。
けれど、まだ戦えている。
ルミエに身体を動かしてもらい、セラに剣を借り受けた。
そして、もう1人――
「っと!」
振り下ろされる魔竜の腕を見て、つい声を漏らしてしまう。
しかし、俺の身体は問題無くそれを躱す――爪と爪の間に立つことで。
意識的にやろうものなら万が一を考えて中々選べない回避方法だ。ルミエのやつ、俺の身体だからって無茶しやがって……!
けれど、この躱し方が最短だ。大きく横に跳ぶでもない、後ろに下がるでもない――現状の位置を保ち、最速で次の行動へと移れる。
ルミエもそれを意識していたのだろう、俺の身体は魔竜の足へと飛び乗り、更に鱗に足を引っかけながら上がっていく。
そして――最後、魔竜の肩を踏み台に大きく上空へと舞い上がった。
「……ありがとう、ルミエ」
ここで、俺は体のコントロールを取り戻す。
最初からルミエにはここまで――魔竜の頭の上まで運んでもらうよう頼んでいた。
何故頭の上を選んだか、それは俺にはある予感があったからだ。
そして、その予感が“それ”を見て確信に変わる。
「やっぱりただぶっ倒れただけじゃ終わらなかったな、ファクト」
俺にここまで来る力をくれたルミエ、そして魔竜を討つ剣をくれたセラ。
その2人に対し、ファクトは間抜けにぶっ倒れただけ――なんて、あの男のプライドが許さないだろう。
魔竜の頭部には、彼が放った炎が焼き尽くした跡が色濃く残っている。そして、そのやけどが最も深い箇所が――
「魔竜の弱点……ッ!」
剣を構える。この剣には鞘が無い。アギトのような使い方が出来るわけではないが……親父から習った剣は抜刀術だけではない。
鞘を捨て、抜身で放つ技も多く存在する。というか、むしろそっちが本流なのだ。
「身体強化……!」
身体に無の魔力を巡らす。
麻痺った身体に無理やり魔力という血を巡らし、ほんの一瞬全身を動かせる状態を作り出す。
少々強引な技ではあるが、みんなで繋いだフィニッシュだ。多少の無理もしなければ彼ら彼女らに失礼だ。
俺は再び自らの意志で動き出した両足で地面を蹴る。
重力に従い、魔竜へと迫る――今度は素手じゃない、セラの力も一緒に。
「流星斬――ッ!!」
そんな名がついたこの技は、平たく言えば上空から落ちながら剣を振るう――ただそれだけだ。
重力と自らの体重と勢いと、全身全霊の一薙ぎをたった一瞬の一合に賭ける。その一瞬に、自身の全てを注ぎ込む。
唐突に目の前に姿を現し、瞬く間に消え去ってしまう流星のように――
――サンッ……
その音はあまりにも静かだった。
魔竜の鋼のような鱗、骨を切り裂いたとは思えない美しい響き。
正直、アギトには悪いけれど、惚れ惚れしてしまう切れ味だ。
俺が地面に落ち、受け身に流され、地面を転がる最中に、巨大な魔竜の頭が真っ二つに弾け飛ぶ姿が見えた。
「うわぁ……」
自分でも驚く破壊力に思わず頬が引きつる。
セラのやつ、どれだけ密度濃く魔力を込めたってんだ……?
でも、魔竜は倒した。サルヴァの時とは違い、生物の形をとっていた魔物のコアは脳に出来るケースが多い。ゲーム知識だけれど、動きを止めた様子を見れば今回はその例に漏れず――
『驚いたな。』
「ッ……!」
先程の声。魔人を魔物へと仕立て上げたであろう謎の人物。
そいつが再び語り掛けてきた。
『まさかあの魔物を倒すなんてね。たかだか学生……それも落ちこぼれ風情が』
「落ちこぼれ……?」
『けれど、何か勘違いしていないかい? あの魔人は――いいや、魔物はとっくに死んでいたんだ。それを私が操っていた』
得意げに声が笑う。そして、地面が大きく揺れた。
原因は明らかだ――動き出したのだ、首を失った魔物が。魔竜の胴体が。
『人形の首を落としても、糸が繋がっていれば構わず踊り出す。まぁ、麻痺毒を振りまくことはできなくなったけれど――芋虫のように地面を転がる貴様を擦り潰すくらいは造作もないだろう!?』
随分と俺は奴の怒りを買ったらしい。
そして、奴の言う通り俺はもう満足に体を動かせない。それこそ、あの足を振り下ろされれば逃げ出せないくらいには。
人生、良いことがあれば悪いことが待っているなんて言うけれど、流石に節操がなさすぎだろう。魔竜を討った余韻にくらい浸らせてくれればいいのに。
(なんて、どうして心から悲観していないんだろうな、俺は)
ピンチがチャンスに変わる経験に味を占めてしまったのか、俺に悲壮感はない。いや……持てる筈がないのだ、この声の主相手では。
俺達はいくつも壁を乗り越えた。セラ、ファクト、ルミエ――そして俺。4人の力を合わせ、魔竜を倒した。
強大な力を前に、たった4人でだ。
そんな俺達が、今更魔竜の影にずっと隠れ、まんまと首を落とされたこの声の主に、三下に敗れるものか。
「ああ、綺麗だ……」
俺の視界に映るのは魔竜越しに映る夜空。
銀天なんていう光り輝く空の中で7つ、激しい光を放っている。
そして――
「グランシャリオ」
やけに無感情で、平坦な声と共に、空の光が魔竜の胴体へと降り注いだ。
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