第77話 新たな一面

 エリックのその行動に盗賊たち、少女、そして彼に合図を出した俺も、皆一様に固まっていた。


 彼の動作には一切の躊躇が無かった。

 まるで豆腐を切るようにさっくりと、とかでもない。彼はナイフを、まるでなんでもない――それこそナイフを振っていないと思えるくらい当たり前に、淀みなく、少女を捕らえていた男の首に通してみせた。


「エリック、お前――」

「ジル」


 俺の動揺を、エリックは冷たく一蹴する。

 それこそ、呆けるなと、冷や水を浴びせられた気分だった。


 俺は咄嗟に崩れ行く男の腕から少女を奪い、抱きかかえる。所謂お姫様抱っこで。


「ぐぅっ!?」

「ぎゃひっ!?」


 そして身体強化を“部分発動”する。今回は足――それこそ全身に発動すればちょっとした拍子で少女を抱き潰しかねないからな。

 強化した足で手近な盗賊を蹴り飛ばしていく。その傍らで、エリックは素早く、確実に盗賊たちの命を刈り取っていく。的確に、その首を切断することで。


 殺しに対する一切の躊躇が無い。彼にとっての殺しは、まるで呼吸のように彼の身に染み渡っている。

 その事実が何よりも恐ろしかった。


「くそ――」


 男の死から盗賊たちが立ち直っていく、その順番を見極め、エリックはどんどんと首を刈っていた。それこそ返り血を浴びることなど一切厭わずに。

 ある意味、俺に襲われたやつらは運が良かったかもしれない。とりあえず、生きてはいられるのだから。


 男の死から僅か数分程度。盗賊団は完全に殲滅された。その殆どが死を迎えるという結果によって。


「清めの炎よ……」


 エリックがそう呟くと、彼の全身を黒い炎が包み込み――そして、それが晴れる頃には彼の全身に付着した血は全て綺麗さっぱり消え去っていた。


「……随分と手慣れてるんだな」

「まぁ、ね」


 少し気まずそうに、エリックは視線を逸らす。先ほどまでとは同一人物に思えないいつもの彼だ。


「そんなんことよりジル。王女殿下を呼びに行った方がいいんじゃないか。ずっと待っているのも不安だろうし。死体の処理は僕がやっておく」

「……分かった、悪いな」


 本来、死体の処理なんて貧乏くじだが、エリックからしたらセラへの対応とか、この名も知らぬ貴族と思われる少女への対応が面倒に思えるのだろう。どちらにしろセラへの対応は俺がやらねばならないのだからいいのだけど。





 少し離れたところ、ここで待っているようにと指示したポイントにセラは馬二頭と仲良く待機していた。

 少し先には死体がごろごろ転がっているなんて思えない程度には穏やかだ。


「セラ」

「あ、ジル! 様子、は……」


 セラは俺が抱えた少女を見て目を丸くする。


「知り合いか?」

「……いえ」


 知り合いではないらしいが、何故かセラの視線は少女と俺の顔を交互に行ったり来たりしている。


「セラ?」

「別になんでもないです。ええ、何でもないですとも」

「……置いていったことを怒ってるのか?」

「怒らないですし。別に怒らないですし。そんなはしたない事しないですし」


 頬を膨らませ、明らかに拗ねているアピールをしてくるセラに、俺はただただ困惑するしかない。


 彼女にはちゃんと、「何が起きているか確認してくる」、「危ないと思ったら助けを求める」と話し、納得をして貰っていた。後ろのは方便だけれど。


 実際、問題こそあったが中央突破のゴリ押しで所要時間はそれほどだったし、盗賊に捕まっていた少女も救った。もちろん、既に転がっていた遺体の中には、この少女と一緒にいた使用人と思われる者もいたが、それは俺達が着いた時点でもう手遅れだった。

 救えるものは救う。そんな当たり前に思えることも、この世界では当たり前ではない。だから、救えなかったものは救えなかったと割り切ることも当然、求められる。そこで俺が無力さに唇を噛み締めようが何も変わらない。


「セラ、正直お前がどうして怒っているのか俺には分からないけど、取りあえずこの子を介抱したい。かなりヘビーな状況だったからさ」

「むぅ……」

「俺がやるよりお前の方が魔法の扱いは上手だろ? あまり乗り気じゃないかもしれないけれど……」

「誤解しないでください。私はその子を助けたくないわけじゃなくて、その……あーもう!!」


 セラは腹の底からストレスを吐き飛ばすように大声を挙げ、そして気持ちを切り替えるように両手で自身の頬を叩く。


 そこからは早かった。例のチート収納魔法で毛布を出し、地面に敷く。そこに少女を寝かせるように指示し、手に光魔法を宿しながら、慎重に少女の身体を撫でていく。

 今やっているのは治療行為というよりもその前段階――いわば診察だ。


「どうだ?」

「外傷などはありません。内部も……特に異常なさそうです。でも、ヘビーな状況って言ってましたよね?」

「ああ……」


 今にも犯されそうだった、とは流石に王女、王女でないに関わらず女子の前で言うべきではないだろう。少女の名誉を守るためにも。


「ジルは下手くそです。私とこの子を気遣っていることがバレバレですよ。それだけでいったいこの子に何があったか察せてしまいます」

「う……」

「それとも、私が何も知らない箱入り娘とでも思ってましたか? これでも、ジルについていく為に色々勉強を――」

「勉強?」

「あ、ええと、その……」


 思わず口を滑らしてしまったと焦るように顔を赤くするセラ。

 確かに、今の俺の情報から少女に起きたことを正しく推理できていたとすれば、それを知るための勉強というのはあまり口を大にして言えるようなことではないだろう。

 なんだか、俺まで恥ずかしくなってきた。


「うぅ……ジルと一緒にいると心を乱されてばかりです……!」


 そんなことを言われましても……そう零しそうになったが、それを言ったところで状況が悪化するのは目に見えているので、聞かなかったフリをしつつ、黙って見守ることに徹する俺だった。

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