第114話 剣士と少女
「頭ァ!」
響いた声に、レイジはハッと顔を上げる。
そう、セシルは助けられたとはいえ、未だ切迫した状況であることには変わりはない。
現に、レイジに吹っ飛ばされたハーストを見て、その部下である盗賊達が集まりだし、レイジへと殺気を向けてきている。
(くそ……戦わないと)
落とした剣を拾い、応戦しなければ。
そう立ち上がろうとして——
「うっ……!?」
「レイジ!?」
途中でよろけ、膝から崩れ落ちてしまう。
咄嗟にセシルに支えてもらったものの、どうにも全身に力が入らない。
(これ、レイジングバーストの後遺症なのか……!?)
身体にムチを打ち、無理やり限界以上の力を引き出させたのだ。
そのぶり返しが来てもおかしくはない。
「マズい……!」
そうこうしている内に、確実に盗賊達から包囲されていく。
その数、8人。とても今のレイジでなんとかなる数ではない。
「せめて、ねえちゃんだけでも……」
「レイジ……! それなら、私が……!」
セシルには戦う力は無いが、囮くらいならなれる。
そう彼女は立ち上がり、当然レイジはそんな自棄ともいえる行動を見過ごせるはずなく抵抗しようとし——
「盛り上がりそうなところ悪いが」
突然の、背後からの声に、全て遮られてしまった。
「なっ……!」
「え……!?」
レイジもセシルも、声をかけられるまで全くその存在に気付けなかった。
レイジ達を痛めつけようと躙り寄ってくる盗賊達も同様らしい。動揺を隠すことなく、互いに顔を見合っている。
「ここは私に任せてもらおう。散々練りに練って、結局貴様らを死なせたとなれば、弟が傷つくからな」
その女性の言葉の意味を、レイジ達は正しく汲み取ることはできなかった。
その女性は、まるで鋭い刃のような雰囲気を放っていた。
腰のあたりまで伸びた真っ赤な長髪。
好戦的に見える鋭い目。
無理をしてもケチのつけようがない美貌。
そんな、容姿だけを取り上げればどこかの貴族の令嬢のように思えたかもしれない。
しかし、片刃の剣を右手に握る姿は、剣士として、あまりに様になりすぎていた。
「なんだ、テメ——」
「百花繚乱」
盗賊の慟哭を、剣士の呟きが遮る。
声量を比べれば到底遮れる筈がない。彼女のそれはまさしく、鳥の囀りが相手でもかき消されてしまうほどのものだった。
しかし、それでもレイジ達がはっきり聞き取れたのは、盗賊達が一斉に口を閉じたからだ。
「いや、違う……」
レイジは信じられないものを見るような目を“それ”に向けながら、呆然と呟いた。
盗賊達は口を閉ざしてはいない。
全員が全員、口を半開きにしたまま固まっていて、そして、レイジがそれに気がついた直後——
——ブシャアッ!!
まるで爆発が起きたかのようなけたたましい音を立て、全ての盗賊達の首から全く同時に鮮血が飛び散った。
噴水の如く吹き出す鮮血は、花と呼ぶにはあまりに生々しすぎた。
「な……!?」
「ひ……っ」
凄惨な光景に思わず身を竦める2人。
そんな2人を見ようともせず、剣士は、
「ふむ。百花は盛りすぎだな。8人だから八花……響き的には似ているが、少々間抜けだな」
などとどうでもいいことを真剣に呟いていた。
「い、いったい、なにが……」
「何が? 斬っただけだが」
耳聡くレイジの言葉を拾い、剣士が答える。
レイジには全く見えなかったが、しかし、その目にも見えない一瞬の内に、八方向の盗賊達の首を、ほぼ同時に断ったのだろうことは、なんとか、無理やり理解することができた。
「さて、残りも手早く片付けるか。そっちはどうだ、後輩」
「こっちはもう終わりましたよ、先輩」
剣士の呼びかけに答えたのは、地面だった。
いや、正確には地中から。今まさにその声の主が出てこようとしているのだろう、地面がどんどん隆起していき——
「ぷはっ! あー、苦しかった!」
その土の山の中から、少女が姿を表した。
紺色のポニーテールをぷるぷる振りながら、深呼吸を繰り返す少女は、レイジよりも年下に見えるが、放つ空気は剣士のものと似ていた。
「ちゃんと全員無事ですっ」
そうにっこりと笑う少女の腕には、小柄な体つきにはアンバランスな、何か触手のようなものが巻き付いている。
その触手は地中に伸びており——
——ズガガァン!
次いで、辺りの地面から、ボコボコと岩でできた繭のようなものが複数出現した。
僅か身構えるレイジだが、繭が開くとつい目を丸くする。
繭の中に収められていたのはレイジたちもよく知る村人達だった。その中には彼らの祖父と祖母の姿もある。
「説明する時間も機会もなかったから眠ってはもらったけれど、みんな火傷一つしてないよ」
少女のその言葉は剣士に対してというより、レイジたちに向けられたものだった。気遣うような微笑みに悪意はない。
しかし、味方かどうかはまだ分からない。彼女らは確かにレイジたちを助け、村人も助けたが、随分と手際が良すぎた。
彼女らが盗賊達と結託し、火をつけたという可能性もあるのだ。
もしもレイジが万全の状態であれば、緊張から剣を強く握り込んだだろう。
しかし、そうだったとしても、この剣士には、いや少女含め、レイジはどうしても敵うイメージを抱けなかった。
地面から引き抜かれた手には、どこかゴツゴツとした戦闘用グローブがはめられている。おそらく、村人達を助けた岩の繭も、あのグローブが何か関係しているのだろう。
「そう警戒しなくていいよ。あたしたちは敵じゃないから。とりあえず自己紹介……って、先輩?」
少女はいつの間にか姿を消した剣士の姿を探し首を傾げる。
が、すぐに理由を察したのか、小さく頷いた。
「そうか、残りを仕留めにいったんだ。うん、盗賊の掃討は彼女の仕事だもんね」
その言葉は、“掃討”などという強い言葉を含みながらもあまりにスムーズだった。
それこそ、レイジから見れば無害そうに見えるこの少女にとって、悪人とはいえ同じ人間である盗賊達を殺すことにこれっぽっちも抵抗や価値を感じていないみたいに。
「まあ、いいや。あたしもあたしの仕事を果たさないと……うん。安心して。村はこんな状況だし、すぐに普段通りの暮らしをするのも無理があるけれど、でも、この村の人達を受け入れてもいいって場所があってね……ああもちろん、人を人とも思わない肉体労働を強いるとかはないから」
少女は咳払いの後、まるで台本を読むようにすらすらとそんなことを口にする。
少女に悪意は無く、誠実ささえ感じさせる。村を燃やされ住む場所を失った彼らにとって、少女の言葉はまさしく救いそのものだ。
しかし、やはりどうしてもその良すぎる手際に、レイジは警戒心を深めた。
「……そういえば、さっきの、頭って」
レイジはふと、自分が殴った頭と呼ばれる男が消えていることに気がつく。
とはいえ、すぐに、先ほどの剣士が斬り倒しているのだろうと思い至るのだが——
「ああ、あの男ね」
少女の反応はどこか苛立ったようなもので、レイジは少し意外に感じた。
「なんでも、『ハースト』なんて名乗ってたらしいね。ああ、本当に、ムカつく」
「「ハースト?」」
レイジと、意識を取り戻してきたセシルの声が被る。
そのハーストという名は、当然、ある人物を連想させる。
「うん。彼の名前を利用して手下を集めてたんだ。親戚だとかなんとか、箔がつくとでも思ったのかな」
どこか冗談めいた口ぶりだが、少女は一ミリも笑っていない。むしろ、2人が身を竦めるほどの強い怒りを放っている。
だが、それに気がつくとすぐに怒りを引っ込め、誤魔化すような苦笑で上書きした。
「大丈夫。その“ハーストさん”とやらは、“彼”が片を付けるよ」
そして少女は悲しげに言う。
あたしたちは止めたんだけどね、と無力さを滲ませながら。
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