第116話 埋葬
なぜ、ハーストという男をこの手で殺すことに拘ったのか、今となっては分からない。
何も知らないまま、この森の奥へと誘われ、何にも知られないまま、死ぬ。
このハーストと名乗った男の人生とはなんだったのだろうか。
俺は無性にそんなことが気になった。
今となっては、本来彼がどんな名前を与えられたのか、どんな人生を歩んできたのか、知る術など無いというのに。
「はぁ……」
生気を失い、地面へと倒れ伏した男の死体を見て、俺は思わず溜息を吐いた。
そして、何を思ったのか、地面へと膝をつき、両手を使って彼を埋葬する穴を掘り始めた。
矛盾している。殺したくせに、弔おうなんて。
そう頭には浮かんでいるけれど、でも、手は意に反して……いや、俺の本心を示すように動きを止めることはない。
彼がどんな生き方をしたのかは知らないが、しかし、この末路を避ける術はあったはずだ。
少なくとも、それを与えることはできた。俺ならば。
いや、彼だけじゃない。ビギンズの村に生きる人たちも、故郷を失わずに済んだだろう。レイジも、セシルも、何も知らないまま平和な世界を2人で生きていけたはずだ。
俺には、そんな未来を導くだけの知恵が、力が備わっていた。
傲慢かもしれないけれど、紛れもない、事実だ。
なぜなら、俺は未来の可能性の一つを知っているから。それを元に、別の未来を導くこともできた。
実際に、この結末は俺が恣意的に未来を歪め、導いた結果だ。
ハーストは何者にもなれないまま死に、村人達は故郷を失った。
――いいじゃないか。何もしなければ、どうせ1人を除いて全員死んでいた。
不意にそんな考えが頭に浮かび、俺は穴を掘る手を止める。
(そうだ、それがヴァリアブレイドで描かれた……)
この世界に酷似したゲーム。いや、ゲームにこの世界が酷似しているのか、分からないけれど。
そこで描かれていたのは、主人公であるレイジという少年が全てを失う悲痛なプロローグだ。
突然村を盗賊達が襲い、偶然村を離れていたレイジ以外、村人達は全員殺される。
レイジが村に戻る頃には、彼の姉もまた、無惨な最期を遂げていて……そして、怒りによってレイジングバーストを覚醒させたレイジは盗賊達を全滅させる。
そして、全てを失ったレイジは唯一残った剣だけを手に、二度とビギンズのような不幸な人たちを生まないようにと、守れるようにと、騎士を目指し王都へと旅立つ。
それが、最初の筋書き。メタな言い方をすれば、基本的な操作を学ぶチュートリアルである。
主人公の才能と可能性。
彼が旅立ち、救世主へと至るための分かりやすい動機付け。
1対多で立ち回り、圧倒する"爽快感"。
それらを見る者に、彼を分身として操る者に植え付ける――よくできた導入だと思っていた。
なぜなら、俺にとってビギンズの人々も、盗賊達も、ただの設定にすぎなかったのだから。
いつの間にか俺の手は再び、穴を掘るために動き出していた。
この程度の運動ではもう汗も掻かないし呼吸も乱れない。
けれど、地面に手を刺せば、土の妙な温かさがそこから伝わってくる。
設定や記号、プログラムなどでは決してない、この世界が本物であると、教えてくれる。
「……分かってる」
分かっている。
こんなことで悩み、立ち止まっているようじゃ、俺は到底目的を果たすことなんてできない。
この世界に生まれ、生きてきた昨日まで、俺はこの足を止めはしなかった。
今更後悔するなんて、そんな権利はもうひとかけらも残ってはいない。
俺はこれからも、望む結末のために未来を変える。運命を歪め続ける。
助けられたはずの誰かを見殺しにする。本当なら死ぬはずでなかった誰かを殺す。
ただ、俺一人の欲望のために奪い続ける。
それに比べれば、こんな状況、随分とマシだ。
守りたいと思った人の命は、全て、守れたのだから。100点満点と言ってもいい。
十分に掘った穴に、俺はハーストの死体を埋めた。
このハーストという名前は、何も珍しいものではない。
ジル=ハーストという名前の人間も、世界中を探せば何人かは出てくるだろう。
そもそも、このハーストという家名は、親父が、自分の姓を名乗らせれば親父を知る人間から目をつけられると慮って用意したものだ。実にありふれた平凡な名字なのだ。
「だから、こんなもの背負わなければよかったのに」
それか素直に、無駄に装飾され誇張された伝説をなぞってくれればよかった。
盗賊になどならず、剣士に憧れてくれればよかった。
そういう意味では、彼に同情するというのも変な話だろう。
彼は、この世界で、誰に操られるでもなく、誰に命令されるでもなく、自らあの村を焼いた。悪事に手を染めた。
実際の結果がどうであれ、そこに至るまでに道のりは確かに彼自身が歩んだもの。
彼の人間性が変わらないのであれば、辿る結末もどうしたって似たようなものになる。
ハーストと名乗った、名前の知らない盗賊の遺体を完全に埋めると同時に、森の向こうの方から明るい話し声が聞こえてきた。
どうやら手を洗う時間も、隠す時間も無さそうだ。
「また、怒られるかな……」
俺は2人の反応を想像しつつ、深く、深く溜息を吐くのだった。
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