第51話 後悔よりも先に

 宿場町の状況は加速度的に変化していった。

 町の四方八方から押し寄せる魔獣たちによって、俺達が宿泊する宿屋に着くころにはもう全体的なパニックになっていた。


「ひっ、どうして魔獣が……!?」

「聞いてないわよ、こんなことっ!?」


 町民は勿論、Aクラスの生徒達までもが慌てふためいている始末……彼らには戦える力があるだろうに。


「おい、坊主!」

「あんたは……騎士さん、何が起きてるんです」

「見りゃ分かるだろ、突然魔獣共が押し寄せてきやがったんだ。魔獣除けさえ無視してどんどん入ってきやがる……! 今はお前の仲間含め何人か対応に出てくれてるけど、正直数が足りねぇ……!」


 直後、聞こえた悲鳴の方へ騎士さんが駆けていく。

 本来なら加勢するべきなのだろうけれど……おそらく、そんな猶予はない。


「おい、ジル。どこに行くつもりだ」

「セラ――第三王女の姿が見えない。目に見えるところに彼女を保護するべきだ」

「王女殿下……って、おい、待てっ!」


 ファクトが静止を呼び掛けてくるが、無視してAクラスの泊まる宿屋へと入る。

 中ではまるで外の状況から逃避するように何人かのAクラスの生徒達が怯えた様子で震えていた。


「セイラス……? おい、外はどうなっている!?」

「どうなっているって……分かるだろう! 魔獣たちが襲ってきている。多くの人が対応に追われている状況だ。それなのにお前らは……!!」

「ぐっ……だって、こんなの演習のメニューに無かっただろ!?」


 正直耳を疑うような発言だが、Aクラスの他の生徒達も同意見なのか、そうだそうだと騒ぎだす。


「ファクト、放っとけ。なぁに、優秀なエリート様達なんだろ? いざとなったら自分の身くらい自分で守るさ。それよりも――」

「ああ、分かってる」


 雑談もそこそこに切り上げ、ファクトは俺を先導するように宿の中を走る。

 こういうところはドライ……というか、見限ってしまっているのだろう、彼は。


 もちろんこの状況では彼の判断が正しいし、こういう体裁に拘らないところは実に好感が持てるのだけれど。


「ここだ。殿下。王女殿下!」


 辿り着いた宿の一室。ファクトが強くその扉を叩くが、反応は無い。


(間違いない……臭いが強くなっている……!)


「どけ、ファクト」


 部屋の中の光景を確信しつつ、俺は彼を押しのけると思いきり扉を蹴破った。

 扉が砕け散った先、部屋の中に広がっていたのは……


「これは……」

「やっぱり、遅かったか」


 酷く荒らされた部屋。そして、そこにセラの姿は無かった。

 けれど、臭いは残っている。セラを誘拐するためにこの部屋で暴れて、臭いは窓の方へ――


(ん……?)


 妙だ。何かおかしい。この部屋の状況は不自然だ……。


「ジル、王女殿下は何処へ……ジル? おい、ジル!」

「ん……ああ。攫われたで間違いなさそうだ。お前の話だと一人で塞ぎ込んでいたというし、狙うのは容易かったのかもな」

「しかし、どうして彼女が……」

「……王女だからな。狙われる理由はいくらでもあるだろ」


 そう適当に返しつつも、実際のところ俺には分かっている。


 魔人。この場に現れ、セラを攫ったのはあの連中に違いない。

 しかし、本懐とも呼べる宿敵の出現だが、俺の心は依然ほど浮ついてはいなかった。


 最初、その臭いを感じた時は熱く、憎しみが広がる感覚があったものだが、今は――


(セラ……!!)


 彼女が攫われたということの方が俺の心を波立たせていた。


「ファクト、俺はセラを追う」

「待て。居場所が分かるのか?」

「多分、な。だからファクトは他の救援を――」

「待て」


 ファクトが肩を掴んで、止める。

 反射的に振り返った俺を、彼は正面から睨みつけてきた。


「僕も行く」

「え……」

「王女殿下は僕らのクラスメートだ。彼女を1人にし、間抜けにも攫われたのは僕らの責任だ。それを最後、お前に押し付けてのうのうとしていられるほど間抜けじゃあない」


 ファクトの言葉は尤もだ。

 もしも誰かしらセラに張り付いていればこうも簡単に攫われることは無かったかもしれない。いや、しかしその誰かしらが死体としてここに転がっていたという可能性も有り得る。


 いや、そもそも責任を問うべき相手は、彼女を消沈させ、周囲から孤立させる原因を作った俺だ。

 俺が余計なことをしなければ、彼女は――そう思考するのを遮るかのように襟首を掴み上げられた。ファクトの手によって。


「ファクト……?」

「お前、自分の顔を鏡で見た方がいいぞ」

「え?」

「あまり自分を追い詰めるな。お前が悪いわけじゃないんだ」


 ファクトはそれだけ言って、俺を離した。そして少し恥ずかしそうに顔を反らす。

 もしかしたら直情的に手を出したことを恥じているのかもしれない。

 実に彼らしくない行動……なんだけれど――


(らしくないって言うと、今の俺もそう映るのかもな)


 ファクトの正義感からすれば俺だって放っておくことはできないと思えただろう。

 当然、彼を責めるつもりはない。実際、俺の頭の中はセラと、彼女への対応を誤った後悔でいっぱいで……


「迷うな」

「え?」

「助け出すんだ。王女殿下を。僕らに出来るのはそれだけだ。それ以外のことは後で考えればいい」

「そう……だな」


 ファクトの言う通りだ。

 セラを助け出す。それ以外にやるべきことなど無い。


「行くぞ、ジル」

「ああ……!」


 迷わない。見失わない。

 決意を新たに、俺はファクトへ力強く頷き、そして魔人の臭いを追って窓から飛び出した。

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