第26話 休む余裕は一向にやって来ない
「ん、んん……」
ぼんやりと覚醒した俺が最初に感じたのは、この身体では、いや前世込みでもおそらく感じたことのない程の寝心地のいい感触だった。
当然固い地面のものである筈はなく、うっすらと目を開けると真っ白な布、ベッドの生地が映った。
「ここは……」
「じ、ジルくん……」
「先輩?」
ポシェ先輩の声。
顔を向けると先輩がベッドの側のイスに腰をかけ、恥ずかしげに顔を俯かせていた。
恥ずかしげ……何故?
「よ、良かった。目を覚ましてくれて」
「あの、ここは……?」
「…………あたしの部屋」
「ん?」
「あたしの部屋! ちなみにそこはあたしのベッド!!」
先輩がヤケクソ気味に叫ぶ。
しかしまるで俺が悪いことをしているみたいな責め方だが、八つ当たり感が否めない。寝ていた俺が勝手に先輩の部屋に潜り込んでいたのなら分かるけど……そうなの?
ていうか、この間先輩が倒れた時は俺のベッドで寝かせたよな。まさかたったちょっとの間で逆の立場になるとは。
「ちなみにだけど」
「は、はい?」
「それ、あたしの抱き枕……」
“それ”とは。俺の腕の中にいつの間にか抱かれていた、妙に手触りがよく、これまた妙に良い香りのする抱き枕だった。
「嗅いじゃダメーッ!!?」
「ちょっ!? わ、先輩!?」
そんなつもりは無かったが、抱き枕に顔を寄せた俺に先輩が飛びついてくる。
咄嗟に抵抗しそうにが、下手に抵抗して抱き枕を破いたりしたら大変なので、大人しく差し出した。
「も、もうジルくんったら。人の愛用する抱き枕を大事にぎゅーって抱き締めちゃってさ。臭いついたらどうすんの!」
「あの、俺洗って返しますよ」
「いやっ、それは大丈夫っ!!」
凄い剣幕で断られた。
「これはこれで……まぁ、悪くないし?」
そして抱き枕に少し顔を埋める先輩。行動の理由はよく分からないけれど本人がいいならいい……のか?
「にしても、どうして先輩の部屋に……? ここって学院の寮ですよね?」
「うん、そうだよ。ちなみに男の子を招き入れるのも始めて、です」
「でも、わざわざ連れてこなくても、医務室とかありますよね。そこに突っ込んどいてもらえれば良かったんじゃ……」
「むぅ」
何故か先輩がちょっと不機嫌そうに頬を膨らました。
「なんでも、医務室は王女殿下に使わせるからどこの馬の骨とも知れない人は近付かせるなー! らしいよ」
「はぁ……、つまりそれで締め出された俺を先輩が拾ってくださったと」
「ま、まあ? そういうことになるのかな?」
「そうでしたか……なんだか先輩には迷惑掛けてばかりですね」
そう自虐を込めて笑いかける。
「……ごめんね」
すると、何故か先輩から謝られてしまった。全く責めたつもりなど無かったのに。
「なんだか、嫌な感じだよね。みんな王女殿下王女殿下ってさ……」
「当然じゃないですか? 学院側からしたら王女様がいなくなったら誰だってそっち心配しますよ」
「でもさ、ミザライアでは誰もが平等なんだよ。貴族でも平民でも関係ない……だから、ジルくんにも楽しく過ごしてもらえるって思ってたんだけど……嫌いになっちゃったよね……」
「まさか。むしろ先輩みたいに頼れる人がいてくれて良かったです」
先輩を気遣ってというわけでもなく、本心からそう頭を下げる。
先輩は落ち込んだようにその小さな肩を落としていたが俺の言葉を受けて、嬉しそうに笑ってくれた。
「ジルくんは……本当にいい子だねぇ……」
「なんか先輩っていうかお婆ちゃんって感じですね」
「そんないい子のジルくんには……よしっ、特別にこの抱き枕を貸してあげちゃう!」
「いや、それはいいです」
「遠慮しないで! ほらほら、結構いい値段した高級品だよ? 病みつきになっちゃう抱き心地だよ?」
先ほどとは打って変わって抱き枕を押し付けてくる先輩。やっぱりこの人感情の起伏が凄いな……。いや、セラもこんな感じだったか。この世界の女の子というのはみんなこうなのかもしれない。
結局先輩から抱き枕を受け取り、一度意識してしまえば中々逃れることのできない先輩の香りへの意識と戦いつつ、腕の中に収める。
そもそもここは学生寮の先輩の部屋だ。部屋自体が先輩の香りで溢れている。
幼児体形ながらにかなりの美少女であるポシェ先輩の部屋に、彼女の言葉を信じるなら男で初めて訪れたわけで――意識した瞬間、なんだか落ち着かなくなってきた。
「あ、あの、先輩。俺ってどれくらい寝てたんですか?」
「ええと、普通だよ? 半日くらいかな」
「半日ですが」
「でも良かったよぉ。ジルくんと王女殿下がいなくなって2日で見つかって。おかげで騒ぎもそれほど大きくならなかったしね。丁度学生の殆どが帰省だったり長期のクエストに出てたりして……まぁ、おかげで人手も足りなかったんだけど」
「そうですか、それはそちらも大変な――あれ、2日?」
「うん」
「2日して見つかって、半日寝てた……で間違いないですか?」
「うん」
俺は指折り数えて確かめてみる。
2日という期間は妥当っちゃ妥当だ。学院からそれなりに離れながらも先輩たちの捜索が及ぶ位置に遺跡があったという。
眠っていた時間、脱出に掛かった時間を考えると、眠っていた時間が少し長かったかなという感じだが、眠気プラス睡眠薬というコンボを喰らった割には短かく済んだとも思えるし。
そうだ……俺は攫われる直前入寮の手続きに向かおうと――
「先輩、もしかして明日って……」
「うん、入学式だねっ! いよいよジルくんも正式にあたしの後輩になるってことだもんねぇ~。あっ、そうだ! ねぇねぇジルくん、ちょっとジルくんにお願いが――」
「こんなことしている場合じゃないッ!!?」
入寮! 手続き! まだ!!
入寮は入学までに済ませなければいけない。期間を過ぎてしまえば……や、宿無し……!?
「ジルくん!? こんなことってどういう意味!?」
「先輩すみませんっ! 三食屋根付きフカフカベッド付きの薔薇色ライフが逃げ出そうとしているんです! 行かせてくださいっ!」
「ちょ――」
先輩が止めるのも厭わず、俺は走り出した。大丈夫、ここは寮だ。入寮受付も近くにある筈!!
既に新学期に備え寮には多くの生徒がいたが、無視してとにかく走る。
「ちょっと、ジルくーん!!? 抱き枕持っていかないでーッ!!?」
後ろから先輩が追ってきていることも、無意識の内に抱き枕を小脇に抱えていたことにも気が付かないまま。
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