第27話 決意

 『ようやく』という安心か、『本当に?』という疑念か。

 俺が自分用にとあてがわれた寮室で落ち着けたのは時計が天辺を過ぎた後、つまりは入学当日になってからだった。


 ギリギリに滑り込む形になったことで、手続き自体は簡単に済んだものの、もう窓口を閉めようとしていた寮の管理人さんからはかなり怒られてしまった。

 そして、それだけなら良かったのだが、俺が遅れた事情を知ると随分と同情されてしまい、慰めがてら飲みに連れて行かれ、逆に愚痴を延々聞かされた後にようやく解放されて今……という感じだ。



 ポシェ先輩の部屋と比べると随分狭い部屋。

 先輩の部屋は1LDKくらいの広さがあったけれど、俺の部屋は完全にワンルームだ。しかもその一部屋さえ独り暮らし相応の広さとなっている。


 先輩の部屋と俺の部屋に格差がある理由は、先輩と俺の価値が全く違うかららしい。

 貴族とか成績優秀者とかは高階層の良い部屋を与えられ、俺のような庶民で何の実績も持たない奴は低階層の必要最低限な部屋をあてがわれる。まあ妥当だし、広い部屋を与えられても手入れが行き届かないから別にいいんだけどさ。


 ただ、ベッドを始めとする家具類はちゃんと備わっていて……イメージとしてはビジネスホテルみたいな感じかも。

 勿論テレビのような家電機器は無いが、個別のユニットバス、シャワーは付いている。ちぐはぐにインフラが整っている感じはゲームっぽいんだよなぁ。


 ちゃんと石鹸があることから、石鹸やシャンプーを作って荒稼ぎするという転生者ムーヴはできなそうだと確認しつつ、さっとお湯だけ浴び、適当に身体を拭いた後、全裸のままベッドに倒れ込む。

 やはり、先輩のベッドよりも少し固い……。


「あー、疲れたぁ……」


 生き返るような、死んでしまいそうな……そんな妙な虚脱感が身体を満たす。

 けれど、頭は妙に冴えていて眠れそうな感じがしない。


 頭の中には今更鈍い感覚が蘇ってきている。

 サルヴァを殴り倒し、そして彼の命を奪った感覚が。


 前世では当然人を殺したことは無かった。それが許される世界ではなかったし、法を犯す犯さない以前に、実行に至るまでの殺意を抱きさえしなかった。

 しかし、この世界に生まれて……いや、生まれる前に明確な殺意を手に入れた俺は、とうとう1人を手に掛けた。


「……今更ビビってんのか、俺は」


 奴らに同情は無い。そんなものいらない。

 しかし、妙にサルヴァの、最後の言葉が耳に残る。肉体を失い、魂だけとなった彼は、その魔性を魔物である肉体へ残し、解放された彼は――いや、考えるだけ無駄だ。


 彼は死んだ。最後のとどめを俺が刺した。

 そこに躊躇をしなかった時点で、俺は彼について何か想いを抱く権利は無い。


 それに、仮に彼が本当は善人だったとして、彼が魔神の眷属である男の手足でしか無かったとして、一体何だというのだろうか。

 罪人を動かすのが脳みそでも、罪を実行するのは手足だ。あくまで命令をした脳が悪い、手足は逆らえなかったからで済むなんて道理は存在しない。

 個々がどんな者でも、魔人が眷属の子であり、手足であり、道具である以上、眷属を憎む俺の復讐対象であることに違いはない。


 そしてどんなことがあっても、俺は魔神の眷属を許しはしないだろう。

 アイツを殺すことだけが俺の生きる目的であり、願いなのだ。


 ジル=ハーストは遠い未来に死ぬ。

 それが運命ならば、それでもいい。

 勿論、死にたいなんて思っているわけじゃない。できることなら生きたい。生きていたい。


 しかし、俺は知っている。一度死んだからこそ理解している。

 生きるということは本当に難しく、死ぬということは簡単に訪れると。

 どんなに生きたいと願っても死は突然降りかかる。昨日まで話せていた人が奪われる。生が死に変わることはその時にならないと分からない。


 俺はいつか死ぬ。

 仮に俺の運命が定められたものではなかったとしても。


 今俺が学院に進み、セレインと関わったことが運命をなぞることかどうかは分からない。ただ、親父と共にあの森で密かに暮らすことに比べれば余程死の運命に近づいているだろうとは思う。

 俺はそれを知りながら、親父の学院に行けという勧めを拒否しなかった。


 遅かれ早かれ、必ず訪れる死に脅えているよりも、生きている内にしか果たせない復讐に近付くために。


 ジル=ハーストは史上最強の戦士。王女殿下の護衛。

 それは設定でも変わりない。

 しかし、彼は死んだ。一体何故、どうして。


 最強、人の世でそう呼ばれたジルが死ぬのなら、それは人ではない何かが関わったと見るべきだ。

 そう……魔に連なる何かに。


「俺の死の運命が、アイツに繋がっているなら」


 たとえ向かう先が毒ガスの充満する死の未来でも、毒で死ぬ前にアイツを殺せばいい。

 降りかかる火の粉は払う、それだけだ。


 それに死がなんであれ、俺が進もうとする限り、どう足掻いても運命とやらには立ち向かわなければいけなくなる。


 何故なら、この世界を書き写したかのようなストーリーを持つ『ヴァリアブレイド』の世界で、ジル=ハーストが死んだ未来で、セレインや彼を支える主人公、仲間達の前に最後に立ちはだかるラスボスが魔神であり、そしてそれを現世に蘇らせたのが魔神の眷属――俺の仇だからだ。


 俺の死んだ世界で生きるアイツを殺す。

 それには俺が俺の死の未来を超えて生きるか、死というタイムリミットが来る前にアイツを殺すか――どちらにしろ未来を歪めることになる。


 運命に抗うことになる。


 俺は死んだっていい。

 前だろうが、後だろうが、結果が伴っていさえすれば。

 だから、結果を得るために毒ガス地帯でも、火の海でも、死の谷の底にでも飛び込んでやる。

 その一歩目が、このミザライア王立学院だ。


「魔神の眷属を殺す。魔人も殺す。俺が、必ず、この手で――」


 進む以外に未来は無い。

 俺は、命に代えてもあの男を殺す。父と母の仇を取る。


――それが唯一、俺があの人達に示せる絆だから。

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