第2章『学院』
第28話 入学
ミザライア王立学院。
バルティモア王国一の学術機関であり、この国を世界一の強国へと至らしめた要因の一つでもある。
王国だけでなく同盟下にある諸外国からも人が集まっており、様々な文化が入り交じっている。また、国内でも貴族、平民関わらず才能を認められれば入学でき、学費も実にリーズナブル。
それ故に入学希望者も非常に多く、それこそ竜の一匹でも倒さなければ入れないほどに門は狭い。
「なんかようやく実感湧いてきたなぁ」
新品のブレザーの袖に腕を通すと何故か身が引き締まる思いがする。
一度は落ちたと思った。手続きも誘拐イベントを挟んで難航した。
けれど俺は確かに今日、4月1日、入学式の日を新入生として迎えたのだ。
「ジル」
入学式が行われる講堂へと向かう最中、不意に名前を呼ばれ振り返る。
すぐ後ろ、おそらく俺の姿を見つけ追いついてきたのであろう彼は数少ないこの学院での知り合いとなる可能性があった少年だった――なんて回りくどい言い方をしているのは、今彼を見て初めて、彼が受かっていたと知ったからだ。
「ファクト」
入試でタッグを組んだ貴族の少年、ファクト=セイラス。
火属性を得意とする実に頼りになる魔法使いだ。
「やっぱりお前も受かっていたな」
「やっぱり?」
「あの魔竜を討つような奴だ。落ちるという方が信じられないさ」
ファクトはそう得意気に口角を上げる。この少しキザな感じが彼らしい。
思えば試験から半年程経っているんだ。少し懐かしく思うのも当然か。
「そういやファクト、ミリィとメルトとは連絡取り合ってんのか?」
「いや、特には」
「そっかぁ……あいつらも受かっているといいけれど」
「受かってはいるみたいだな」
「え?」
「アレ」
ファクトが少し不機嫌気味に前方を指差す。
それだけでは講堂に向かう俺達と同じ新入生の背中ばかりしか見えなかったが、生徒達の視線がある一点に向いていることに気が付いた。
その視線の先に……いた。
後ろ姿からも分かる、筋肉質に引き締まりながらも起伏のある体付きの少女。
下にはスカートを履いているものの、上半身は殆ど肌を晒しており、胸を隠すビキニのようなものしか身に付けていない。故に変人というか、エッチな同級生というか……男女ではっきり種類が分かれる視線を集めていた。
最終試験の会場でもファンタジー感溢れるビキニアーマーを身に着けていたメルトだ。その傍にはミリィが、視線を察しているのかその小さな体を余計に縮こまらせながら歩いている。
「あれ……いいのか?」
「規則を見ると校章さえ掲げていれば服装は自由だ」
「そうなの?」
「この学院にはそれこそ外国からも生徒が集まし、文化も様々だからな……見た目なんてもんは特に寛容なんだ。まぁ、彼女がそれを理解した上であの格好をしているとは限らないけどな」
そうファクトは重々しくため息を吐いた。
ファクトのようなクールタイプにとって、メルトのようにサバサバした快活な奴は苦手な相手であるというのはやはりテンプレ的にも正しいらしい。
「声掛けなくていいのか?」
「……いいだろ。向こうも楽しそうだ」
明らかに苦手を滲ませて、ファクトはツンと視線を逸らした。
楽しそうなのはほぼ一方的に話しているメルトだけで、ミリィは恥ずかしさからビクビクしてしまっているのだけれど。
まぁ、ここで彼女らに声を掛けて悪目立ちするのもアレだし、俺は遠くから見守ることにした。
◆◆◆
ミザライア王立学院が『ヴァリアブレイド』の中で描かれたことは殆どない。マップも作られていないし、イベントに直接絡んでくるわけでもない。会話の中でその名前が出てくる程度、細かな設定の一つでしかなく、俺も最初親父にその名前を聞いた時は「どこかで聞いたことがあるな」くらいにしか思わなかった。
そのミザライア王立学院の中に自分がいるという感覚は少し不思議なもので、聖地巡礼的な高揚感は無いが、新しい映画を見る前のようなどこか落ち着かない感覚が有った。
「ようこそ、新入生諸君! ミザライア王立学院へ! 我々は君たちを歓迎するぞ!」
入学式はそんな声と共に始まった。
直後、魔法が講堂内を彩り始める。炎が荒々しく暴れ、風に乗って人が優雅に空を舞う。土が様々な複雑な像へと造形され、水が生き物のように踊り出す。
楽器が楽し気な音楽を奏で、視覚的にも聴覚的にも実に楽しめる幻想的なショー。
なるほど、歓迎か。前世で体験したどこか堅苦しい入学式とは全然違う。
俺がイメージしていた入学式は、よく知らない偉い人達が代わる代わる出てきてありがたいお話を長々と話すのを、眠らないように必死に耐えるというような試練に近いものだった。
けれどこれは実に楽しい。
俺はこんなに魔法が目の前を飛び交う光景を見るのは初めてで、なんだか少し感動してしまった。
それは田舎者の俺だけではなかったらしく、隣の席に座るファクトも感心したように深々と溜め息を漏らしている。
「魔法を想像のままに操り、そして他者と寸分の狂いもなく合わせる……素晴らしい練度だ。流石王立学院と言うべきか」
「へぇ……確かに凄いな」
「同時に恐ろしい」
「え?」
思わずファクトを見る。
彼は真剣に、まるでこれから戦う敵を見定めるように静かに、飛び交う魔法を睨みつけていた。
「これは洗礼だ。僕らは今、この魔法を見上げるだけ……こんな美しく魔法を操る技術を持たない。けれど、今この魔法を操っているであろう先輩方もかつては僕らのようにこうしてただ見上げていた筈だ」
「なるほどね……つまり、見上げているままじゃ駄目ってことか」
ただ与えられる存在ではなく与える側になる。
こんなショーを簡単に行えるくらいになれなければ成長とも呼べない……か。
「通り道って考えるのは、勿体ないかもな……」
魔人に繋がるための道くらいにしか捉えていなかった学院生活だが、それだけだと思うのは損かもしれない。
俺にはまだまだ足りないものが沢山ある。それを埋めるにはこの学院は絶好の場所だろう。
もっと強くなるんだ。剣だけでなく、弓だけでなく、魔法も。それら全てをもっと、もっと――
俺は姿勢を整え、目の前の魔法に向き合う。
目の前に広がる幻想的な光景を見逃してしまわないように。頭の中に刻み込むように。
俺は今日、ミザライア王立学院に籍を置く1年生となった。
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