第29話 クラス分け

 大々的なショーの後、入学式はつつがなく行われた。

 あくまで新入生を主役とする場であり、お偉いさんが代わる代わる出てきては挨拶をしていくという状況はなく、想像よりもかなり淡白な印象を受けた。

 それこそ学院長が現れて学院生活を象徴するような檄のようなものでもあるかと期待していたのだが、学院長は多忙故長らく不在にしているらしい。入学式なのに……?


「それでは新入生諸君の所属するクラスを発表する」


 クラス。3年B組的なアレか。

 どうやら入学式直後の講堂で大々的に発表されるらしい。


「――が、その前に新入生諸君にこのミザライア王立学院におけるクラスというものを説明しておこう」


 教員らしき司会の男はそう言うと、クラス制度の説明を開始した。


 どうやらこのクラスというものは序列と殆ど同意らしい。

 1年生はA~Dまでのクラスに割り振られ、入学時点での成績はAクラスが最上位、B、Cと落ちていくに従い成績も降下し、Dクラスが最下位ということになる。入学時点で、クラス分けの時点で生徒間の格差を生もうというのだ。

 一般的な価値観から見れば学院ぐるみで差別を助長するような制度を持つというのは批判の対象になりかねない。


 しかし一方で、この魔法社会にこういう弱肉強食を良しとする風潮があるのは事実だ

 弱者は反骨心を養い、強者は自身の優れた能力を自覚する。落ちる者は落ちていき、伸びる者は伸びる。

 その結果、優れた者がこの国の未来を率いていく――そのための学院。


 まるで蟲毒だが、あれも呪術の一種だったか。長くこの制度・風習が続いているのであれば効果も十分なのだろう。


「さて、俺はどのクラスに配属されるかなぁ……ファクト、お前はどう思う?」

「僕は……AかBだろうな」

「おおっ、大した自信」

「……こればかりはあまり誇れないけれど」


 自分が上位クラスに入ることを予想しておきながら、ファクトの表情は暗い。


「僕はジル、お前の方が優れていると思っている」

「そんなことないだろ。俺じゃあお前みたいに上手く魔法を操れない」

「あの試験で見られていたのは、過酷な状況でも生き抜く知恵と力だ。魔法がどうじゃない、あの状況でお前は僕より優れていた」


 過大評価な気もするが……しかし、あの試験はもう半年も前。

 起きた事柄は覚えていても印象までははっきり残っちゃいない。その点はファクトも同じだろうし、少々美化されている可能性もある。


「けれど、僕は上位のクラスに選ばれ、きっとお前は下位だ」

「へぇ? そりゃまたどうして?」

「それは……僕が貴族で、お前が平民だからだ」


 貴族だろうが、平民だろうが、この学院下においては平等。

 それがミザライア王立学院のルールだ。

 けれど昨日の俺とセレインの格差から見える現実――というか、王女相手だと当然だし、平等に見られても今度はこちらが困ってしまうけれど、とにかくそういう社会的地位に合わせた忖度はルールに抵触する形であっても現実として行われているのだろう。


「考えすぎだろ。試験の点数なんて開示されていないわけだし、“偶然”、貴族のご子息様方が上の方のクラスに集まることもあるんじゃない?」

「お前……性格悪いな」


 指摘された際に学院が用意しているだろう言い訳を先回りしてみると、それを理解していたファクトは呆れるように大きく溜息を吐いた。


「ま、クラスなんてなんだっていいさ。上がるチャンスもあるだろうしな」

「……まぁ、そうだな。僕だって仮に上位クラスに入れたとて、今度は落ちる恐怖に怯えることになる――」

「それでは、Aクラスから発表する。呼ばれたせいとは順次講堂から出て各自の教室へと向かうように」


 どうやら逆椅子取りゲーム形式――後に残った奴がギリギリ入学の落ちこぼれになる発表方法らしい。

 この場で下位クラスが目立たないようにという配慮かもしれないが、自分の名前がいつまでも呼ばれないという状況になってしまうと精神的にも中々にしんどそうだ。


「セレイン=バルティモア」


 最初に呼ばれた名前を聞いた瞬間、反射的に顔を上げていた。


「……はい」


 講堂の後方に座っていた俺達とはほぼ逆、最前列近くに座っていた少女が返事をして立ち上がる。その所作は講堂中の誰もが見蕩れる程に美しい。実際周囲の生徒も、距離が離れているにも関わらず深々と溜め息を漏らしていた。


「王女殿下か……」

「ファクトは知り合い?」

「まさか。セレイン第三王女殿下は滅多に社交界にも現れないと有名だからな」


 前方から出口のある後方へ、つまりこちら側へ歩いてくるセレイン王女殿下は仮面のような真顔を張り付けていた。

 話がけづらい空気を放ちつつもどこか目を引き付けられる。順次、他のAクラスの生徒も呼ばれていて、流石に名前を呼ばれた本人は反応していたが、他の全員は彼女に注目してしまっている。


「……」


 そんな彼女は特に口を開くことなく、しかし、視線は自分を見る生徒たちの間を忙しなく動かしていた。


(まさか、俺を探してる……?)


 そう、彼女の目は眺めているというよりは確かな目的を持って何かを探しているものだった。

 思えば遺跡の前で気絶して以来、彼女からしたら俺を抱き留めようとして失敗、そして気絶して以来話していないし会ってもいない。


 俺はこうして彼女を見ることで彼女の無事を確信したわけだが、彼女からしたらあの後俺がどうなったか知る由もないだろう。ケガ人でありながらベッドで寝かせて貰えないくらいだし、彼女を介抱した連中が俺なんぞのことを伝えているとは考え難い。


 どうしたものか。

 一瞬そう悩みはしたが、すぐにイスに深く座り、隣のファクトの影に身を隠した。


「おい?」


 その行動を不審がったファクトが声を掛けてくるが無視し、息をひそめる。


 彼女は俺が学院に入ることを知っている。別にここに俺がいることが知られても問題は無い。

 けれど、今この状況で彼女が俺を見つけた場合、


――ジルっ!


 ああ、空耳が聞こえた。

 俺は目立ちたくないという願望は薄いが、率先して目立ちたいとは思わないし、ましてや悪目立ちなど勘弁だ。

 もしも彼女がこの場で俺に、親し気に話しかけてきたら……彼女にとって彼女と俺は“セラとジル”なのかもしれないが、周りからしたら“王女と平民”だ。

 彼女も馬鹿じゃない。それがどれだけ異常なことかは理解している筈。


 けれど、おそらく俺の姿を探している状況を見ると有り得ないとは言い切れない。


 結局、彼女は俺を見つけることなく講堂を去った。そして、


「ファクト=セイラス」

「はい」


 ファクトが呼ばれる。王女様と同じAクラスだ。


「流石エリート」

「嫌味か。……それじゃあ、僕は行く。また後で会おう」

「ああ」


 軽く言葉を交わしつつ、ファクトを見送る。ファクトの言った通り、彼は上位クラスに選ばれた。他の面々を見てもどいつも綺麗な顔立ちと、そこに自信満々の表情を浮かべていることからなんとなく貴族家のご子息連中なんだろうなと感じる。


「ま、平民は平民同士で仲良くできるならそれに越したことは無いよなぁ」


 上は上で楽しんでくれればいいし、平民同士の方が生活レベル的にも合っているだろう。

 俺のような僻地で生まれ育った男に合わせられるレベルがあるかは疑問だが。


「続いてBクラスの生徒だ」


 ここでミリィが呼ばれ講堂から去っていく。

 そういえば聞いていなかったけれど、彼女も貴族なのだろうか? いや、上位クラスの全員が全員、貴族だけで構成されているとも限らないけれど。


「続いてCクラス」


 ここでメルトが呼ばれた。

 彼女は平民だろう、ガサツそうだし(偏見)。他の面々も見ていると所作に甘いところがあり平民っぽさが滲み出ている者も多い。これは偏見でもなく、だ。


 しかし、残り生徒数も少なくなったとはいえ、ビキニ姿でたぷたぷと大きな胸を揺らすメルトは実に目立っているなぁ。いい意味でも悪い意味でも。


「次、Dクラス」


 はいよ、とうとうここまで来ました。

 メルトを馬鹿に出来ない最下位クラスだ。ファクト理論が正しいのなら貴族の対極にいる僻地の田舎っぺには最下位クラスがお似合いでしょうね。

 まぁ入試で縁のあったファクトがA、ミリィがB、メルトがCときたんだ。俺がDなら各クラス1人ずつでバランスもいい感じかもしれない。


 また一人一人呼ばれていくのを聞きながら、「これ、残り全員Dクラスって纏めちまえばいいんじゃないの?」なんて思っていた俺だったが、


「以上がDクラスだ」

「……んん?」


 最後の最後まで、名前が呼ばれることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る