第30話 クラス分け②

 もう講堂は生徒・教師に関わらず殆どがハケ、閑散としていた。

 そこに俺はボーっと一人座り続けている。


 まさか自分の名前は既に呼ばれていて聞き逃したとか……? その可能性もゼロではないが、自分のクラスがどこになるのか気になっている状況で聞き逃すなんて信じられない。


「オイオイオイ! 何締めきってんだァ!? この俺様がまだ呼ばれちゃいねぇじゃねぇか!」


 講堂に残っていた数少ない生徒の一人が立ち上がる。

 遠くの席だが、それでも分かる2メートルほどのがっしりした巨体。そして広い講堂にもしっかり響く大きな声が特徴的だった。


「そもそも俺様がAクラスじゃねぇって時点でおかしいとは思っていたけどよォ!?」

「君は、レオン=ヴァーサクだな」


 対する教師、メガネを掛けた冷たい印象を放つ司会を行っていた男は殆どノータイムで返す。彼は今まで通り、魔法技術によって造られた拡声器越しだが。

 にしても、名前を呼ぶのに間が無かったということはあの男がレオンという名前の生徒だと認識していたということだ。つまり、意図的にクラス分けで呼ばなかったということになる。


 改めて講堂内を見渡すと、俺とあのレオンという男以外に新入生が2人残っていた。

 1人は俺より前方に座っている為、後ろ姿だけしか見えないが華奢な少女だ。受ける印象は“普通”。なんというか、それ以外に感想が出てこない。

 そしてもう1人は俺より後方、最後列の角に座った少年。小さな体を更に縮こまらせ、その表情を長い前髪で隠したその姿はどうにも朧気というか……いや、回りくどい言い方はやめよう。“影が薄い”感じだった。


「レオン=ヴァーサク」

「アァ!?」


 再び名を呼ばれ大男が吼える。


「ルミエ=ウェザー」

「は、はいっ!」


 華奢な少女が勢いよく立ち上がる。その際に彼女も講堂内を見渡したため容姿が確認できたが……はい、普通に美少女でしたね。

 美形多いもん、この世界。俺のストライクゾーンが広いだけかもしれないが。


「エリック=ファンダス」

「……」


 影の薄い少年がその肩を震わし、更に身を縮こまらす。


「ジル=ハースト」

「……はい」


 俺だ。取りあえず既に立ち上がっている大男、そして名前を呼ばれて立ち上がった少女に倣い一応立っておく。

 2人、いや後方のエリックを含め3人からの視線が集中した。


「諸君ら4名は――クラスゼロだ」

「クラス、ゼロ?」


 説明には無かった第6のクラス。AからDまでのアルファベット区分には属さないそれは、なんだか嫌な響きに感じられた。

 Aクラス、Bクラスみたいに区分が頭につく呼ばれ方とは違い、クラスゼロと尻につくという違いも妙だ。


「オイ……なんだよそのクラスゼロってのはよ!?」

「説明は後で纏めて行う。君達はクラスゼロの教室へと移動するように。以上だ」


 ああ、なんだか入学早々面倒なことに片足を突っ込んでしまったような気がする。

 いや、自らではなく突っ込まされたのだから不可抗力でしかないのだけれど。


 取りあえず講堂を出ようととぼとぼ歩き出すと、背中を軽く叩かれた。


「こんにちはっ」

「っと……あんた確か、ルミエ=ウェザーさん?」

「うん、ルミエでいいよ。ジル=ハーストくん」

「俺もジルでいい」


 普通の少女、ルミエ=ウェザーは異様に人懐っこい笑みを浮かべていた。

 なんというか、声の質、トーン、身体の微妙な所作――彼女の表現する全てがしっくりくるというか、落ち着く。意図してやっているなら凄いことだけれど、天性のものならそれはそれで凄い。


「なんだろうね、クラスゼロって」

「さぁ……」

「気にならないの?」

「なるよ。なるけど、俺はこの学院自体にも大して詳しくないし、考えても答えに辿り着けるとは思わないからさ」

「ふぅん……」


 俺の考え方が引っ掛かるのか、ルミエは微妙な相槌を返してきた。

 そして、自然と会話が途切れる。もしかしたら彼女の中で面倒くさい奴認定を受けたかもしれない。


「ヨォ」

「あ、レオンくん」

「テメェらもクラスゼロとかいうのに呼ばれてたよなぁ……んだよ、随分弱そうな奴らじゃねぇか」

「いきなりご挨拶だね。でも、私が女だからって油断しない方がいいと思うよ?」

「ハッ、威勢だけは一丁前じゃあねぇか。口だけなら何とでも言えるけどなァ……!」


 威圧感たっぷりで睨んでくるレオンに対し、ルミエは勝気な表情で見つめ返す。一触即発、ピリピリとした空気が流れる。

 どうしたもんか……2人ともやる気満々なら割って入るのはカロリー消費が高そうだ。


「あの……」

「ん?」


 控え目な声に振り向くと、クラスゼロ最後の1人、エリック=ファンダスがおどおどしながら立っていた。


「け、喧嘩は、やめた方が……その、教室に行くというのが、僕らの、やるべき、かと……」

「まぁ、そうなんだけどな……」


 臆病な雰囲気を出すエリック的には俺に2人を止めて欲しいところなのだろうけど、好き好んで貧乏くじを引く趣味は無い。

 というわけで「困った困ったどうしよ~!!」という感じの表情を浮かべつつ見守ることにする。

 

 正直、喧嘩をするならしてくれても構わない。

 俺達全員丸腰だし、それほど深刻な状況にはならないだろう。それに、2人の実力も見れる。俺達が落第クラスなのか、それとも――


「皆さん、教室へ向かうようにと指示が出ていた筈ですが?」

「あぁん?」

「え?」

 

 突然、落ち着いた……いや、無機質で平坦な声が2人に水を差した。

 音もなく気配もなく突然現れた彼女に俺、そしてエリックは思わず驚きの声を漏らす。

 いや、実際に目の前に現れてもなお、幻かのように気配を感じさせていない。


 大人の女性、しかしまだ若い。20代半ばといったところだろうか。

 魔法使いらしい高級感のある白のローブを纏った彼女は、手に持ったロッドを軽く振るう。


「きゃっ!?」

「ぬあっ!?」


 魔法によってレオン、ルミエの身体が浮き上がる。


「喧嘩はいけませんよ」


 一瞬何が起きたか分からなった。

 魔法が発動されたとき、独特の気配というか、「あ、魔法を使ったな」みたいな直感が働くものだ。

 しかし、彼女の魔法にはそれがない。


 今こうして魔法を使っているのを見てなお、その感覚が働かない。


「そちらのお2人は、自分の足で歩けますか」

「……はい」

「だ、だいじょぶ、です」

「そうですか。それでは参りましょう」


 彼女は浮かべた2人を連れ、歩き出す。


「これが、王立学院の魔導士……」


 そう、ポツリと呟いたエリックと共に俺はその後を追う。

 もしも一旦目を離してしまえば二度と見つけられないような、妙な緊張感に包まれながら。

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