第31話 クラスゼロ
「それでは改めて……何か質問はありますか」
「何かって……」
「まだ何も話していねぇじゃあねぇかよッ!」
教室らしき部屋に着くなり早速、早速会話の主導権をこちらにぶん投げてきた女性にルミエ=ウェザーが虚を突かれたかのような声を漏らし、レオン=ヴァーサクが吼える。
ちなみに俺とエリック=ファンダスは黙って状況を見守っている。まぁ、魔法で浮かされ、ここに着くや否や尻から床に落とされた先の2人のストレスは相当なものだろうし、口を挟まないのが吉ってことだ。
案内された部屋は学院内の図書館、その隅にある書庫だった。
書庫なのだからお世辞にも広いとは言えない。周囲を本棚に囲まれ、部屋の中央に置かれた長テーブルを5人で囲むことはできるが……正直教室というより部室にイメージが近い。
「その、あなたは一体……?」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。私は、このクラスゼロの担任となるリスタと申します。以後お見知りおきを」
やはり彼女が担任だったか。
にしても若い。司会をしていた男もそうだったがこの学院の教員はそれなりに年を食った大人が多い印象だった。
その理由として考えられるのは2つ。
教員が高齢になりがちな理由は、単に熟練度の問題だ。
魔法は身体能力と異なり加齢による衰えが少ない。王国の根幹を魔法技術が支えている以上、この王立学院の教師が優秀であるに越したことはない。
それに、年齢と共に刻まれた経験や知識というのは説得力も生むからな。
「テメェが担任だぁ……? 随分若いじゃねぇか。本当に教師が務まるってのかよぉ!」
逆に若ければ、当然レオンのように見た目で軽んじる輩も現れる。
明らかな挑発を受けたリスタ先生だが、相変わらず一切表情筋を動かさず、視線だけを彼に向ける。
「ええ。私はこの学院で最も秀でた魔導士ですから」
「あぁ……!?」
その明らかに自信過剰な言葉にレオンだけでなく俺を含めた他3人も言葉を失った。
当然彼女の言葉から感情が読めず、つまり本気か冗談かも分からない。
「リスタ先生……でいいのでしょうか」
「呼び方はご自由に。私も皆さんのことは名前にさん付けで統一させて頂きます。呼び方なぞのクレームは受け付けませんので悪しからず――それで、ルミエさん。何か質問でもありますか」
「は、はい……その、クラスゼロとは?」
「そうですね。その説明をする前に、皆さん席についてください。紅茶でも……と思いましたが、この場所では飲食は厳禁でした。喉を潤したければお声がけください。私の魔法で直接喉を潤して差し上げましょう」
そんなジョーク――いや、ジョークかどうかも分からないことを宣いつつ、着席を促すリスタ先生。
今一ペースも掴めず、俺達は黙って従った。何にでも文句を言いそうな雰囲気のレオンが大人しく従ったのは少し驚いたけれど、彼もルミエの質問内容には当然興味があるようで、余計な口を挟んで止めようという意図は無いようだ。
「さて、クラスゼロについてですが、一口に言ってしまえばここにいる皆さんはどのクラスにも所属できないはみ出し者の集まりになります」
「ぇ……」
ルミエがショックを受けたように吐息を漏らし、レオンが怒りを堪えるように歯を噛み締める。
エリックは涙を堪えるように俯き、そして俺は――特に何も考えずにリスタ先生を観察していた。
「ああ、決して悪い意味で言ったわけではありません。むしろ褒めているのです。皆さんにはそれぞれ秀でた才能が有る。他の誰もが憧れ、しかし決して手に入れることのできない力が」
「あまり褒められているようには聞こえなかったのですが……」
「当然褒め言葉です。魔法に正道というのものはありませんから」
慰めているわけではなく、しかし本心かも分からない、相変わらず淡々とした無感情の口調に、俺達はその本心を掴み取れずにいる。
「ですが、強すぎる光は周囲を掻き消し、惑わします。皆さんの才能は他の生徒にとって毒になりかねない。だから、AからDではない新たなクラス、“クラスゼロ”へと所属させることとなったのです」
「……先生」
「なんでしょうか、ジルさん」
「新たな――ということは、クラスゼロは今年から新設された制度ということですか」
「その通りです。ああ、とはいえ昨年何か大きな事件が起きたからという理由ではないのでご心配なく。秀でた才能が凡才を惑わすというのは、この学院だけでなくあらゆる世界で恒常的に発生している問題ですから」
先制の言っていることは分かる気がする。
ぱっと頭に浮かんだのはセレイン……セラだった。彼女の魔法は異才と呼ぶに相応しいものだと思うし、もしも俺が彼女に憧れたとしても決して届かず、自分のスタイルを壊すだけになってしまうだろう。
流石に王女である彼女を落伍者の集まりへと入れるわけにはいかないだろうけれど、しかし、それだけの才能を俺を含め、ここの4人が持っているというのは……?
「アンタの言いてぇことは分かった。このシケた3人が俺ほどの才能を持っているつうのは信用できねぇけどな」
「ご理解いただけて良かったです、レオンさん」
「それで、アンタは……いや、学院は俺達をどうするつもりだ」
「そうですね。学院の意図としては……道を外れた魔導士は利よりも害の方が大きいという考えが実情です」
セラが自身の才能を卑下する原因となっている価値観がこの学院にも根差しているようだ。個よりも組織の規律を重んじる。
優れた剣が集まっていても、それらを凌駕する至高の一振りが同じ場所に存在すれば、その光は他の剣の輝きを奪いナマクラに変えてしまう。
評価というものに絶対は無く、常に相対的に決定される。
他の3人は分からないが、俺においてはあまり否定できる話では無い。
俺の持つ剣術、弓術――他にも斧や槍、様々な武器を扱えるように訓練し、手に入れた武技の数々。そして魔法界では殆ど存在しないとされている光と闇――二律背反の属性を有しているということが周囲に良い影響を与えるとは考えられない。
「現3年生、最上級生の中でトップに立つ生徒は、正しく貴方達のようにオンリーワンの才能を持った者であり、2年生にも同等の……まぁ、優秀という基準に当てはめるには欠陥もあるのですが、非凡な才能、能力を有した者はいます。もしも過去からクラスゼロという制度が設けられていれば、皆ここに所属させられていたでしょう」
「では、どうして私達の代からクラスゼロが導入されたのですか……?」
「そう国から命令があったからです。私も詳しいことは聞いていないので定かではありませんが、おそらく今年入学されたセレイン王女殿下のことが関係しているのでしょう」
「あぁ? 王女サマがぁ……?」
「彼女も非凡な才能の持ち主――ですが、国はそのことを隠し、潰したいようなのです」
聞きようによっては王族批判にも繋がる発言を、リスタ先生は相変わらず無感情に、無遠慮に言い放った。
これには3人も面を喰らったように言葉を失う――俺以外の3人だ。
俺は事情を直接本人から聞いてしまった分、驚きは少ない。それでも王立学院の教師が過激とも捉えかねないことを言ったことには引っ掛かるが。
「ああ、あくまで私個人の想像ですので、あまり本気になさらぬように」
「は、はぁ……」
「まぁそれを抜きにしても、このクラスゼロという制度は実に面白いと思っています」
「面白いだぁ?」
「ええ」
ここで初めて彼女は表情を動かした。
ほんの僅か、注視していなければ分からない程度に口の端を上げただけだったが――
「他者を惑わすほどの才能が一堂に会している――こういうところから生まれるのです……“英雄”というものは」
確かにそう笑った。
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