第25話 長い一日の終わり

――へぇ、本当に倒すなんて……おめでとう、ジル。


 最後の言葉に、断末魔の叫びや命乞いを期待していたわけじゃない。

 けれど、そうも爽やかに言われてしまえば返す言葉が見つからない。


 などと考えている内に、サルヴァは消滅していったのだが――


「ジルーッ!!」

「……へ?」


 下方から響いてくる声。

 上下が逆転した世界で、天井でセラが駆けてきているのが見える。

 ……というか、この勢いは!?


「ちょっ!? セラ、ストップ! ストップッ!!」

「ジルーーーッ!!!」


 全然止まる気配がないっ!?

 落ちる俺に向かってくるセラ。その目的ははっきりしているけれど、当然……、


「ひゃっ!?」

「うおっ!?」


 セラは魔法こそ凄いが、身体能力はあんまりで……落下する俺を抱き留めようとした彼女は当然キャッチすることなどできる筈もなく、下敷きになってしまった。

 仮にタイミングよく腕を伸ばせたところで彼女の腕力では同じ結果になっていたかもしれないが。


「お、おい。大丈夫か、セ……」


 声を掛けようと彼女の方に目を向けると、僅か数ミリの距離にアギトが、それも刃の方がこちらを向いて立っていた。あ、危なぁ……。


「セラ、お前こんな危ないもん――」

「きゅうぅ……」

「っと、伸びてら……」


 何とも呑気というかなんというか。

 鞘に収めた筈のアギトが抜身になっているということは、きっと彼女が先程の光を届かせるために触媒としたのだろう。

 魔法はそのまま放つより、触媒……杖とか魔法を伝えるように加工された道具を通した方が強くなる。

 そもそもセラは、鈍らであったとしても易々と砕くほどに硬いサルヴァの腕を千切り飛ばす程度に強い爆発を、触媒無しに連発していた訳で……


「なんというか、つくづく規格外というか……」


 気持ちよさそうに……とは言い難い、衝撃で気絶したセラを労わるように軽く頭を撫でてやる。

 痛いの痛いの飛んで行け、などという呪文が口をついて出そうになったが、本物の魔法がある世界では少し間抜けかもしれない。


「気休めならこっちだな」


 ほんの少し、彼女を撫でる手のひらに光の魔力を宿す。

 光属性を活かした治癒魔法。俺はあまり得意ではないが何もしないよりはいい。気絶した女の子を放置するという罪悪感に苛まれずに済む。


「にしたって本当に助けられたな、こいつには」


 あの黒の世界の中での出来事の殆どは賭けだった。

 矢を放った先が外に繋がっている保障など無かった。一点集中に光の魔力を込め、放った矢がセラの下に届くように、俺がいる場所が伝わるように祈る……なんとか成功したから良かったものの、セラもよく意図に気が付いてくれたものだ。

 俺に光を届かせるためアギトを依り代に一点を貫くビームを放ったというのも、おそらくアドリブだろうけれど、凄く良かった。あれだけの力があったからこそ、サルヴァ撃破に繋がったのだ。


「ジル……」

「っと、起きたか?」

「むにゃぁ……」

「……寝てる」


 寝言だろうか……なんとも紛らわしい。

 器用に気絶から睡眠に切り替えたセラに溜め息を吐きつつ、揺らさないように抱き上げる。

 脅威は払ったが、だからとてずっとここでのんびり過ごす訳にもいかない。セラは王女だ。今頃学院の方では彼女が姿を消したと騒ぎになっていてもおかしくない。


 とはいえ、ここが王都からどれくらい離れてしまったかも分からないが……取りあえず誰もいなくなった遺跡を歩き、出口へと向かう。

 当然セラはお姫様抱っこ状態で……なんか、こんなんばっかだな、俺。


「あぁ、お天道さんだ……」


 どれくらいぶりか分からないし、最後に見たときは眠気から敵にしか見えなかったアンチクショウが、どうにも懐かしく、そして嬉しく感じるものだ。


「つーか、どれくらい時間経ってんだ……? なんか、やけに眠く――」


 外に出れたとて何も安心できる状況じゃないが、妙な脱力感がある。


 遺跡はお誂え向きに森の中にひっそりと佇んでいた。入り口だけ地上に出ていて、地下へとアリの巣状に広がっているというスタイル。

 魔物がガンガン揺らしていたけれど崩れたりしないだろうか……まぁ今更どうなってもいいけれど。


 なんて、呑気なことを考えるくらいに気が緩んでいたのだろう。


――ガサッ


「っ!?」


 何かによって茂みが揺らされる音がした。

 

 嘘だろ、まさか魔獣が……?

 いや、盗賊の残党、いや魔人の関係者の可能性もある。

 セラがぶっ倒れ、俺もアドレナリンが引き、身体が急激な消耗を訴えてき始めているこの状況での接敵はマズい。


「セラ、起きろ、セラっ」

「うみゅぅ……ふへぇ……もうお腹いっぱいですぅ……」

「あぁ、なんてベタな寝言を……」


 セラが起きれば単純に戦力が増える。

 しかし、彼女は実に気持ちよさそうに寝ていた。涎さえ垂らしている……なんてだらしない。


 そんな気の抜けたやり取りはあくまでこちらの都合。あちらさんには一切関係がなく――ガサリと音を立て、いよいよそれが目の前に姿を現した。


「ジルくん?」

「……え?」


 慣れ親しんだと言うには最近知った、けれどよく耳に馴染む声。

 茂みから現れたのは、全身のあちこち泥だらけにした小柄な少女――


「ポシェ、先輩?」


 ミザライア王立学院へと俺を導いてくれた、ポシェ=モントール先輩だった。


「あぁ……ジルくんっ!」


 ポシェ先輩は真ん丸の目にじわっと涙を浮かべ、すぐさま駆け寄ってきた。


「良かった、無事だったんだ! あたし、ジルくんが荷物を残して消えたって聞いて気が気じゃなくて……」

「先輩が、どうしてここに……?」

「探したんだよぉ! なんでもジルくんと一緒に入学予定の王女殿下もいなくなっちゃったとかで学院も結構騒ぎ……っていうには、まだ大事にしないように慎ましやかな騒ぎになっててね? で、王女殿下の所持品と一緒にジルくんの荷物も落ちてたから、もしかしたら一緒にいるんじゃないかって捜索隊に志願して――」


 先輩は興奮したように早口でまくし立ててくる。随分と嬉しそうに、涙を流しながら……そんな彼女を俺はぼーっと見ていたが、同時に全身から力が抜けていくのを感じていた。

 先輩の声がどこか遠くに聞こえる……


「あれ、ジルくん? ジルくんが抱えている人ってもしかして――ってジルくん!?」


 ああ、これもお約束だろうか。

 最初は先輩、次はセラ、そして最後は俺。

 視界から先輩の顔が下方に逃げていき、爛々と輝く太陽が映る。

 先輩が焦ったように名前を呼んでくるのを感じつつ、俺は抱えたセラごと倒れた。


「ぎふっ!」


 セラが王女らしからぬ悲鳴を漏らした――が、衝撃は少ないだろう。

 こんな状況になりつつも彼女を下敷きにしないように仰向けに倒れた俺を内心褒めつつ、俺はじんわり意識を手放していった。

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