第24話 相克
人の意識というのがいつから芽生えるのか俺には分からない。
常識的な考えをするならば、頭にある脳みそが記憶を司っていると考えるべきなのだろう。
しかし、そもそも転生などして、今この世界にある筈のない前世の記憶をどこかから持ってきたのだから、脳とは別に……そう、魂とも呼べる記憶の器があるのではと考えるようになった。
まぁ、その境地に至るまでは相当に混乱し、それこそ、自分が母の胎にいるという事実を受け入れらなかったのだが。
なんとも奇妙なもので、俺がまだ赤ん坊としての身体を得ていない内はまるで浮遊霊に周囲の状況を見れていた。
母の声も、父の声も……他の声も、全てが聞こえる。言葉や意味が問題無く理解できたのは前世の知識とは別に、母の知識が流れ込んでいたからかもしれない。
同時に母の感情……最愛の実兄の子を身籠ってしまった葛藤や父への愛、そしてまだ生まれぬ俺への愛も伝わってきていた。
俺は望まれぬ子で、当然両親はその子の父親が誰か言うことはできない。
しかし、母は、そして父は、俺への罪悪感を感じながらも俺ができたことを喜んでくれていた。
もしも俺が2人のことを全くの他人事と思っていれば、兄妹で子を成すなどイカれていると批難したかもしれないけれど、実際に彼らの子として生を受けた俺は、2人のことが大好きだった。
2人が愛し合っているのはよく分かったし、その2人が俺のことを喜んでくれているのも伝わってくる。
きっと、俺たちは慎ましく世間から隠れて暮らすことになるのだろう。俺の出生に関する秘密を守るためにはそうすることが必要になる。
それでも、2人と暮らせるのが待ち遠しくなっていく。なんともこそばゆい感覚だったけれど。
しかし――その日はやってこなかった。
どういうわけか、知られてしまったのだ。
俺が、母の身籠った子の父親が、母の実兄であると。
よりにもよって、魔神の眷属であるあの男に。
王国騎士団親衛隊副隊長、ギャリー=マクレインに。
そして、奴の手によって両親は死の底へと沈められてしまった。
語るのもおぞましい、辱めを受けて。
◆◆◆
「もう奴がギャリー=マクレインと名乗っていないのは知っている。風の噂で死んだと聞いたが、おそらく両親のことで色々と悪事がバレたんだろうな」
「ああ、そんなこともあったねぇ」
まるで他人事のようにサルヴァが言う。
「まぁ、都度姿を変えるのは父の特性だからねぇ。同じ時代に複数の自分を持ち、子を増やす――そうやって僕らのような魔人が生まれる」
「どうした、随分とペラペラ喋るじゃないか」
「言ったろう? どうせ僕は消える。それなら最後くらい何も気にせず喋るのは悪くない」
決して見えはしないが、奴が笑ったように感じられた。
「僕は魔人だ。魔神様の力を継いで生まれた、人を越えた人間……だった。けれど、父の道具、いや傀儡として生きる僕に果たして人間としての矜持はあったのだろうか?」
「お前……」
「父に喜んで欲しかった。褒めて欲しかった。だから――鍵である彼女を攫った。とんだ毒物が紛れ込んでいたけれど」
本来、俺への敵意や殺意を滲ませるべきだろう。
しかし、彼の声は穏やかだった。
「けれど、そんな気持ちも父に作られたものだったのかもしれない……こうして魔物と分かれた欠片になってそう感じるよ」
「なんだ、同情でも買いたいのか」
「そういう欲ももう無いかな。僕は知りたかったんだ。君は呪われた子、望まれぬ子だった。それなのにどうしてそこまで、敵討ちに執念を抱くのかってね」
「…………」
俺は彼の言葉に沈黙を返しつつ、弓を構え矢を絞る。
遠く目掛けてではなく、水平より若干下に向けて放つ――が、矢は何処かに刺さる音もせず消えていった。
「無駄だよ」
サルヴァはつまらなそうに言う。
「ここからはもう出られない。君もいずれ、僕によって消化されるだろう。どうだい、大人しく会話をする気になったかな」
「……一つ、聞きたいことがある」
「いいね。なんでも聞いてよ」
「お前の父親は何処だ。今、なんと名乗っている」
姿なき声が絶句する。
静かになったことを受けて、俺は再び矢をつがえ、放つ。結果は先ほどとは変わらない。
「……何故諦めないんだい」
「諦めるにはまだ何も試していないだろ」
「ここから出ることは不可能だよ」
「それを決めるのはお前じゃない」
何度も矢を放つ。寸分の狂い無く。
大丈夫。届いている。そう感じるんだ。
「どうして、敵討ちをしたいかって聞いたな」
「ああ」
「それは俺が、あの人達を愛しているからだ」
何故こんなことを言いたくなったかは分からない。けれど紛れもない本心だ。
俺を愛してくれたあの人達を理不尽に奪った眷属を、その子どもである魔人達を、俺は誰1人として逃すつもりはない。
たとえ、それが俺の死を招くことであっても、立ち止まることはできない。
「不思議だね。僕は父に望まれ、生み出された。けれど、どこまで行っても僕は父の道具でしかない。それなのに、望まれなかった君は両親に報いようとしている」
「不思議でもなんでもない。魔神の眷属が求めたのはお前の魔人としての力でお前じゃない。それに、俺の両親は、俺の命を望んでくれていた」
「そうか……そうかもね」
サルヴァの言葉は弱々しかった。
何を思っているのかは分からないが、やはりもう俺に対する敵意は消えていそうだ。
「それに、絶望するにはまだ早い」
「え?」
「両親のことを知った時、俺が俺を知った時……それ以外にも、何度も何度も絶望してきた。けれど俺は生きている。今もこうして、生きている。たとえそう遠くない未来に死ぬとしたって……」
突如、鋭い光が矢を射った向こうから差し込み、空間を切り裂いた。
たった一筋の細い光。
しかしそれは力強く暖かに、この黒い世界を照らしていく。
「今はその時じゃない」
こうなると分かっていた訳じゃない。
けれど、確信していた。信じると決めたからな。
「ジルッッッ!!!」
確かに声が届いた。必死で、力強いのに泣きそうな声が。
「そんな……この光は、彼女の……!?」
「ああ、本当に大したお姫様だ」
光を受け、嫌がっているのだろう。
足元が大きく揺れる――しかし、光はまだ届いている。
「なるほど、猛毒はもう1人いた、か……。けれど、足りないよ。この程度の光では僕は――」
「それなら、2人分合わせるだけだ」
光の中に手を突っ込み、握る。
痛みはない。けれど、熱い。この光を通してセラの熱が伝わってくるような感じがした。
「セラ、お前の力、確かに受け取った」
光が俺の手の中に収束し、1本の矢となる。
「へぇ、親譲りの力か」
「それだけじゃない……!」
今はまだ光を束ねただけ。先の反応を見るにまだ足りない。ここにただ俺の光魔法を重ねたところでたかが知れているだろう。
けれど、俺には“もう1つ”ある。
「な……それは……!?」
俺が新たに出したもう1つの矢にサルヴァが驚嘆の声を上げる。
この光に照らされてなお黒く色づいた空間でも際立つ闇。
仮に彼らが命乞いしたとしても決して消えることの無い、俺の魔力――怒りによって作り出された闇の矢だ。
「光は闇を掻き消し、闇は光を飲み込む。お姫様からの折角のプレゼントを無駄にするつもりかい……?」
「いいや」
光の矢に闇の矢を重ね合わせる。
そのままであれば互いに喰らい合うだけだが、光も闇も持つ俺にならコントロールできる。
ただ、セラのこの光を掻き消すのはちょっとやそっとじゃできなそうだが。
「光は闇があるから光として存在できる。闇も光があるから闇として存在できる。闇があるから光は強く輝き、光があるから闇はなお昏く広がる――」
その力は反発し合い、高め合う。
光と闇の相克――生み出される破壊力は、あらゆるものを破壊し尽くす。
「ジル……狙うのなら上だ」
「あ?」
「僅かに照らされて見えるだろう。我が心臓が」
見上げると、学院の入学試験で出くわしたアイスドラゴンのものとよく似た、魔獣のコアのような巨大な結晶が浮かんでいた。
「ここは僕の身体の中だ。当然、ああいうものもある」
「なぜそれを教える」
「さぁね。嘘かもしれないし、君にとっては結局確信にはならないさ。そうだろう?」
しかし、偽物であってもわざわざ教える理由は無い。
何も見えていない状態じゃ、どこか適当に撃つしかなかったのだから。
「ま、強いて言うなら……そうだな、きっと君たちに僕が倒されるということは父の本意からは反するだろうからね」
「はぁ……?」
「父の意に従うことが父に操れているということになるのなら、父の意に逆らうことこそが僕自身の意思による行動となる……そうだろう?」
どこか楽し気にそう言うサルヴァに、俺は言葉は返さなかった。
別にサルヴァに対する感情が変化したわけじゃない。魔人は敵だ。倒すべき敵だ。
しかし、今の彼の言葉は響いた。
だからこそ、俺は上部に浮かぶコアに照準を合わせる。
「さぁ、見せてくれ……君の力というものを」
「言われなくても……見せてやるさ」
矢を絞る。
黒と白が渦巻く矢がうねりを上げている。
「殺してやるよ、サルヴァ。この俺が」
俺はそう宣言し、相克の矢を放つ。
矢は真っすぐコアへと飛び、凄まじい轟音を巻き起こすと共にその全てを飲み込んだ。
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