第103話 戦いの残滓
虚神が撒き散らした睡眠波は森だけでなく、ロマーナの町まで広がっていた。
未だ眠りこけるセラとエリック、そして森のすぐ外れに倒れていたサリアを拾って町まで戻って、ようやく分かったことだ。
魔獣も寝入っていたため、戦闘にはならなかったが、それでも俺とフレアは疲労困憊もいいところ。
正直ロマーナに戻ってもなおそんな状態というのは中々に気が滅入った。
しかし、そう最悪ばかりが続くわけでもなかった。
「……どういう状況です、これは」
町の惨状を見て、そう唖然とした感想を漏らすのは我らが頼れる小さな先生、リスタ先生だ。
「先生からいざという時にとスクロールを貰っていたのを忘れていました。まさか、転移の術式が組まれているとは思いませんでしたが」
「笑い事か。もっと早く気がついていれば状況も幾分かマシになっただろうに」
「貴方もズレています、フレアさん。まず、ジルさんについて話すべきでは?」
先生が来たのはそんな理由。正に切り札はずっと手の内、いや、ポケットの中にあったわけだ。
そしてそんな先生はフレアとも知り合いだったらしいが、フレアの存在よりなにより、俺のことが気になっているらしい。
「奇遇だな、リスタ。私も気になる。ジル、お前の姿は——そう、まるで化け物だ。化け物が人間の皮を被っているように思える」
「明け透けに言いやがって」
2人から胡乱げな視線を向けられた俺はというと——まぁ、取りあえず曲がりさせてもらっている部屋の鏡に映る自分の姿を見て、確かにそうだと頷かざるを得ない。
俺は虚神と戦った時とおそらく変わらず、半身以上を闇と毒を混ぜ合わせた呪いに蝕まれたままだった。
蛇のような黒い痣に全身巻きつかれ、目の白い部分は真っ黒に染まり、逆に黒かった角膜は真っ赤に染まっている。
遥か昔、映画などで見たヴィランを思わせる禍々しい姿だ。脇役から悪役に成り下がるとは……いや、出番がある分脇役よりマシか?
ついでに切られた腕もそのままだ。肩からばっくりいかれたが、血は何故か止まっている。
流れ落とすだけの血が無くなった——と言うには、おかしいことにまだ死んではいないけれど。
「安心してください。ちゃんと正気ですよ」
「正気を失っているという方が、正常に思えます」
「先生まで……」
「何があったか、話しなさい。疾く、速やかに」
酷く警戒されている。
その事実に溜息を吐きながら、俺はことのあらましを先生に説明した。
◇◇◇
「まさか、神とは……」
「何を司っていたのかは分かりません。ただ、虚神と……奪われ、空っぽになった存在だったようです」
「それでも神です。話が本当であれば、ジルさん、貴方は神を殺したということですね」
「フレア……さんも一緒にですよ」
「気持ち悪いさん付けはやめろ。それに私は最後の一押しを手伝ったに過ぎない」
化け物は俺だけと、そう言いたいらしい。
「神殺しは成った。誰一人犠牲を出すことなく……つまり、これが最善だったということでしょう」
「俺が先生の渡してくれたスクロールに気付かなかったのも最善と?」
「ええ。お手柄です」
褒められている気はしないが、案外間違いでもないかもしれない。
本来の俺は、おそらくあそこで死ぬはずだったのだから。
きっと課題にセラは付いて来なかった。リスタ先生もいる学院が安全だったからだ。
エリックも合流せず、俺はフレアと戦いボロボロの所を虚神に食われた……とかな。
もしかしたらそれでも虚神を相討ちにできたかもしれないが、憶測でしかない。
この世界が偶然か必然か、ヴァリアブレイドで描かれた未来を歩んでいる。
が、ジルに関する俺の結論はここまで来れば実にシンプル——製作者はそこまで考えていない、だ。
元最強の護衛の存在をちらつかせればメインヒロインと主人公の愛は情熱的なものになる。恋は障害が有ってこそだからな。
中身骸骨な黒騎士君も設定を体よく利用したというところか。
まぁ、死ぬという結末に変わりはない。世界は複雑かつシンプルだ。
この世界は間違いなくヴァリアブレイドで描かれた未来へと続いていた——そう、何故か確信できる。
そして、その未来はもう虚空の彼方へと消え去ったということも。
ここから先は白紙の未来だ。
死ぬはずだったジル=ハーストが生き残ったIFストーリーである。
「とにかく、帰りましょう。フレアさんもいいですね。勝手に失踪して——貴方もまだミザライアの生徒なのですから」
「いえ、先生。俺は帰りません」
先生の言葉を俺は躊躇なく断る。
いや、嘘だ。数少ない学友たちが頭に浮かぶ程度には躊躇はある。
けれど、もうあそこには戻れない。
「連れ帰るならセラとエリックだけでお願いします。俺とフレアは置いていってください」
「ジルさん……!?」
「私も?」
「ああ。お前ならいざという時に俺を斬れるだろ?」
フレアの腕は本物だ。
彼女なら俺を殺せる。だから彼女は俺の側に置いておきたい。
「勿論、あんたがそれでも良ければだが」
「無論だ。喜んでそうしよう。貴様といれば退屈しなそうだからな」
フレアは一瞬右手を差し出し、すぐに左手に入れ替える。
律儀なやつだと思いながら、その手を握り返した。
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