第98話 神は乗り越えらえる試練のみ与える

 セラ達が眠らされた。

 動けるのは俺だけ――元々ピンチ気味だったのが、余計に追い詰められた気分だ。


「考えろ……」


 頭に浮かべた筈の言葉が、思わず口から漏れていた。

 ああ、それだけでも自分に余裕が無いことが分かる。それでも考えるしかない。


 何もしなければ当然死ぬ。

 俺も、こいつらも。それはフレアは知らないが、セラやエリックが生きる筈だったヴァリアブレイドの未来さえ閉ざされてしまうことを意味する。


 やることは決まっている。というか、それ以外に選択肢は無い。

 問題はどう、アレに叩き込むかだ。


「虚神、とかいったな。てことはアンタは魔獣じゃなくて神様ってことかよ」

『如何にも。我は神と呼ばれる存在だ』

「にしちゃあ随分と気持ちの悪い姿をしているが」

『美の概念は人間とは異なる。まぁ、我もこの姿はどうかと思うが』


 冗談みたいなフランクさだ。

 その調子で俺達のことも見逃してほしいところだが、器がどうとかいう話から察するに無理だろう。


『これはここで喰らった人間どもの首よ。何の愛着も持たないが……貴様はいたく気に入ったようだな』


 思わず嫌悪感が顔に出たらしい。

 虚神は俺を見透かすように笑う。


「人間はテメェにとっての餌ってことかよ」

『その通りだ。なに、彼らも喜んでいることだろう。神と一体になれたのだからな』

「ふざけんな……!」

『ふざけてなどいない。なぁに、すぐに貴様も分かるさ。もう他の人間どもを喰らう必要もない……貴様という器を以って、我は復活する! 全ては我の力を奪った忌々しきあの神を地獄の底へと引き摺り下ろすためになぁッ!』


 虚神はそう叫び、駆け出す。俺を、いや、俺達を纏めて轢き殺すつもりか。


「少し手荒だけど、怒るなよ……!?」


 強く息を吐き、身体強化を発動。

 おそらくこの中では最も丈夫なフレアを蹴り、全員纏めて進路から逃げさせる。


 そして、俺自身はアギトを使い、突進を受け流しつつ、同時に再び敵の体を切りつけた。

 今度は刺すのではなく、払うように——しかしやはり、胴体は切った感覚が希薄だ。

 全く手応えが無いわけではないが。


『何かを企んでいるな』

「さぁな」


 俺は早々に会話を切り上げ、すぐさま追撃に走る。


「衝渦撃ッ!!」


 一切淀みを生むことなく、アギトを鞘に納め、再び放つ。

 納刀術、衝渦撃は剣撃を渦状にして飛ばす技だ。

 真っすぐ飛ばす衝撃波に比べ、速度は遅くなるが、威力や範囲が広い。

 そして、渦は空気中の火の玉を吸い込んでくれる。厄介な飛び道具を同時に封じれるというわけだ。


『ほう』


 俺の技を見て、虚神は興味深げな声を漏らした。

 攻撃を封じたが、しかし余裕は有り余っているらしい。


(イラつくな、イラつくな)


 虚神という素性を明かしてから、奴の力は格段に増している……気がする。

 気がするというのは正直、俺にはまだ奴の実力を測り切れていないからだ。


 俺は人間相手の戦闘には慣れていない。まぁ、ずっと辺境で魔獣相手に切った張ったを繰り返していたからな。

 魔獣相手なら慣れているが、今目の前にいるこの敵は、魔獣のように野性的な、本能に身を委ねた直情的な動きをしてはいない。

 どこか遊ぶように、力を隠しながら俺の動きを観察している。試していると言ってもいい。


 おそらく、試験でもしているつもりなのだろう。

 先ほどヤツが言っていた器――大方、俺の身体でも乗っ取るつもりだろうか。


「本当に、悪趣味な奴だ……!」


 俺は嫌悪感を抱きつつ、しかし、それでも果敢に攻撃を繰り返す。

 たとえ泳がされているだけだったとしても、引くわけにはいかない。

 油断してくれているなら、こちらにとって悪いことは無い。奴のスイッチが入る前に、少しでも情報を集めるんだ。


 威力よりも速度と正確さを重視しつつ剣を振るう。

 誤って首を落とせば更に強化されてしまう可能性があるし、この首が虚神の言う通り、こいつが喰らった、おそらくロマーナで失踪した人達のデスマスクだというのなら、できるだけ静かに眠らせてやりたいものだ。


 殺さないよう、気を遣いつつ剣を振るうなんてのは、これまで生きてきた中で初めての経験だが、それでもなんとか、上手くできていた。

 きっとこれも対人戦闘の経験が少ないからだろう。人を殺めたことが無いわけじゃない。しかし、慣れてもいない。

 奴の首が人間の姿をしているからこそ、無意識の内に僅かばかりブレーキを踏んでしまっているのだ。


(大丈夫、殺す必要は無い。こいつが神様で、生死の概念が無いのなら、そもそも殺そうとすることが間違いなんだ)


 神様なんてものを見たことは無いが、一般に神といえば人の上位に存在し、称え崇められる存在だ。

 人は神を畏れ、祈り、そして神は時に気まぐれに恩寵を与える。

 人が神に祈りを捧げる手段はいくつかある。例えば手を組んで目を瞑ったり、歌を歌ったり、供物や生贄を捧げたり――それらの祈りに共通するものは、想念だ。


 神という存在は、人からの畏敬を食べている。

 だからこそ神は人から信仰を集め、信徒には恩寵を、そして背信者には罰を与えるのだ。


 剣は届かない。手を掛ける命さえ存在しない。

 しかし、手段はある。


 神に影響を及ぼせるのが人の祈り――想念であるのならば。


「ふぅ……!」


 深く息を吐き、巨神から距離を置く。

 絶え間なく攻撃していたといっても、奴にとっては無傷と同じだ。

 消耗は無く、すぐに火の玉を展開される。防いでみろと言わんばかりに。


(神は乗り越えられる試練しか与えないってか……いいぜ、精々見下していろ)


 コイツからすれば、俺は、人間なんぞは無駄を繰り返し愚かに足掻いている、ただただ無力な存在なのだろう。

 しかし、そんな矮小な人間の想念を食らって生きているのなら、そこに一服盛ってやればいい。


「親父、悪いが使うぞ……!」


 俺はそんな届くはずのない謝罪を口にしつつ、アギトの仕込み鞘——そこについた二つ目のトリガーを押し込んだ。

 

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