第97話 生と死に囚われない存在

(声……確かにアレから聞こえた)


 俺はアギトの柄に手を添えつつ、動揺を隠す。

 魔獣だと思っていた人頭馬は、もしかしたら魔獣ではないのかもしれない。

 そもそも、死んでも首を増やし、強化されて蘇るなど異質という他無いだろう。

 奴は既に首を12本に増やし、その強さは天井なしに膨れ上がっている。


 今の力は全快の俺やフレアに一歩届かないくらいか。そう思えば自分たちの化け物具合も客観的に見えるものだが。

 それでも、殺せばまた強くなるのではいつかこちらが押されてしまう。


『考えているな、我を殺す方法を』


 12もの頭をうねらせながら、人頭馬が愉快気な声を漏らす。

 人の顔はどれも不気味な表情を浮かべているが、その声はそれらとは違う、奴の表情を感じさせた。


『しかし無意味。我を殺すことはできぬ。我は貴様ら生物などとは違い、生と死に囚われない存在なのだ』


 カッと頭の目が見開く。瞬間、人頭馬の周囲を飛んでいた火の玉が12個、一斉に俺に向かって飛んでくる。

 避ければセラ達に着弾する――俺は怯むことなくアギトを抜き放った。


「っ……!」


 一息で7つの剣閃を振るい、5つで2個の火の玉を、2つで打ち漏らした2つの火の玉を打ち落とす。

 威力も速度も、最初に持っていたものより遥かに上がっている。

 俺が火の玉を払いきる頃には既に新たな火の玉が敵の周りに復活していた。


 同時に操れる火の玉の数は頭の分だけ、しかしその球数は無制限ってことか。


『どうした。守ってばかりでは我は殺せぬぞ』

「殺せないって言ったのはテメェだろ……!」

「ジル……?」


 売り言葉に買い言葉で、イラついた声を吐き出した俺に、セラが不審げな声を漏らす。

 おそらく彼女に人頭馬の声は聞こえていない。聞こえるのは俺だけか……?


 奴は生と死に囚われないと言った。生きているわけでもなく、死んでいるわけでもない。ただそこに存在しているだけ……。

 たとえば幽霊やゾンビのような存在であれば、それは死んでいると言えるだろう。そしてあいつがぶら下げている首達はどうしたって死の気配を感じさせる。

 首にはどれにも特徴があり、老若男女様々だ。もしかしたらアレが喰らった人達のものかもしれない。


 人を食う、生死を超越した存在。

 ああ、どうにも嫌な予感がする。そういった存在を、実に簡単に表現する言葉を俺は、いや誰もが知っている。


『来ないのなら、こちらから仕掛けてやろう』


 再び、火の玉が躍り出す。

 くそっ……立ち止まっている暇は無い。


「エリック!」


 俺は姿の見えないエリックに叫びつつ地面を蹴った。

 火の玉が向かってくる速度と、俺の速度から瞬時に打ち落とせる限界――9個を切り伏せる。


(納刀している暇は無い……! )


 俺は深く剣を引き、そして、首を掻い潜ってその胴体に刃を突き刺した。


 背後で火の玉が爆ぜる音が聞こえる。しかし、セラ達の悲鳴は無い。

 エリックが残りの3つを打ち落としてくれたのだろう。


『胴を狙ったか。だが、まだ本質にはほど遠い』


 やはりその声は愉快気で何ともイラつかせてくれる。


 俺はすぐさま剣を引き抜き、後方に跳んだ。

 直後、一瞬前まで俺のいた場所に首達が群がるのが見えた。僅かでも遅れていれば捕まり、肉を食い千切られていただろう。


(ひとつひとつ、対処はできる)


 頭を落ち着かせるように、肺に溜まった息を吐き出す。

 こちらには俺以外に3人いる。エリックはまだ余裕があるだろうし、フレアもセラが治してくれている。

 セラも、俺に生命力を与えてくれた筈なのに消耗は見られない。彼女自身の生命力を分け与えたということではないのだろう。


 4人いれば余裕はもっとできる。

 俺の持つ切り札――これを奴の思考の外からぶつける余裕が。


『ふむ、まだ我以外に意識を向ける余裕があるか』

「っ……!?」


 まるで俺の心を読んだかのように人頭馬がつまらなそうな声を漏らす。

 思考を読める……マズい、そうだとしたら切り札なんて……!?


『貴様は我の器となれるかもしれぬ逸材……もっと力を見せてもらわねばな』


 器……?

 その言葉に気を取られた隙に、火の玉が場を取り囲むように広がる。


 多方向から一気に攻撃をするつもりか?

 いや、大丈夫。多数の敵に囲まれた場面を想定して作られた技も存在する。玉の動きは不規則だが、着弾しなければ意味が無いという結果は同じなんだ。必ず全て打ち落とせる。


『ククク……その警戒は無意味だ』


 しかし、そんな俺の考えもやはり読まれていて、人頭馬は余裕を見せつけるように笑った。

 首の目が光り、周囲を回る火の玉が加速する。その光は徐々に強くなり、複数の光の残像が合わさって1本の円を作る。


「ジル……!」


 セラが俺の名を呼ぶ。彼女らを守るために傍に姿を曝け出したエリックも、そしてフレアも、ただただ俺達を囲む光を見ているしかない。


 頭がチカチカしてくる。火の熱、そして一定ではなく妙な揺らぎを感じさせる光に、思考が妙な影響を受けている……?


『眠れ』


 その人頭馬の呟きで理解した。

 これは命を奪うためのものじゃない。それよりも遥かに厄介な、全く別の攻撃だ……!


 火の玉は呟きの直後に自ら弾け飛ぶ。

 そして――


「あ……」

「う……」

「ぐっ……」


 セラ、エリック、フレアがそれぞれ呻き声を上げて力なく倒れた。

 言葉通り眠らされたのだ。


『ククク……やはり貴様には効かなかったか。やはり、器としての素質は確かなようだ』


 唯一、起きたままの俺を見下すように、人頭馬が笑い、そして言った。


『さぁ、その身体を差し出せ。我が復讐の為、貴様の身体はこの虚神である我が有効活用してやろう』


 ひどく厳かで、それでいてどこか虚ろな声で。

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