第118話 これからのこと

 家屋の殆どが燃え、すっかり様変わりしたビギンズへとやってきた。

 すでに村のみんなはいない。彼らはポシェが、いや彼女が手配したモントール子爵家の私兵たちに護衛されつつ、子爵の領地へと移住を開始している。


——今更家を頼るのも厚かましいと思われると思ってたけど、案外怒られなかったよ。


 ポシェはそう苦笑していたけれど、きっと言葉よりずっと深い心労があったのだと思う。

 何より、彼女自身が実家に頼りたくなかっただろうし。


 とにかく、そんなこんなでビギンズの人達の生活はなんとかなるだろう。

 この世界じゃどこも人手不足だ。職にあぶれることもないだろうし、子爵家の領地となればそれなりに治安も良く、平和だ。


 ただ一人、彼らとともに行かず自身の道を歩み始めた“主人公”を除き、だが。


「貴様が目にかけていた少年、レイジだったか、彼は予定通り王都へ向かわせたぞ」

「面倒をかけたな、フレア」

「いいや、私は背を押しただけだ」


 フレアは長い紅髪を揺らし、肩同士が触れ合うような距離に並ぶ。


「父のことでも思い出していたか」

「……え?」

「隠す必要はない。私は常に剣か、戦いか、そして貴様のことだけを考えている。時間をかければかけるだけ、理解も深まるものだ」


 フレアはそんな冗談ともつかないことを言いながら、ふっと微笑む。


「特に、父は貴様にとって最も若い“何かを失った経験”だ。廃村と化したこの場所がそれを想起させるのもおかしな話ではない」


 もしかしたら、フレアにとってもそうなのかもしれない。

 俺達は少しの間黙って、僅かに煙が立つだけの廃村を眺めていた。


「罪の意識を感じているわけじゃないんだ。親父は、幸せだったと思う」


 相対的に見れば、と付いてしまうが。

 もしも俺が“予定通り”虚神に殺されていたら、当然親父と再会することはなかった。訃報が届いたかも分からない。


 元々、親父の身体は病に犯されていた。

 俺と過ごしていた頃からずっと、じわじわと身体を蝕まれていた。

 親父自身、俺を学院に送り出したあの日が、今生の別れになると察していたらしい。


「幸せだっただろう。なんせ、こんなに美人に成長した実の娘と再会できたのだからな」


 フレアはそう、得意気に豊満な胸を張る。


 まあ、親父からすれば想像もしなかった再会だろうけれど……でも、嬉しそうだった。

 娘に剣を教える——その時の親父は病に追い詰められながら、しかし、病が嘘みたいに元気だったから。


 その時のことを思い出し、俺はつい笑う。フレアと一緒に。


「最後の別れが、悪い思い出でなくてよかったよ」

「ああ、そうだな」


 俺が親父に抱く感情と、フレアが親父に抱くそれは別物だろう。

 けれど、俺にとっては彼もまた、紛れもなく親の1人だ。

 彼が俺と血がつながった親ではなく、フレアの父に戻った今も、それは変わることはない。


「ジルくん、フレアさんっ」


 そんな会話を交わしていると、辺りの様子を見に行っていたポシェが帰ってきた。

 辺り、といっても、今の彼女の感知範囲は凄まじく広い。

 俺とフレアも至らない、身体強化魔法のコントロールによって聴覚を高め、遠い場所の状況を把握したり、更に長く伸ばしたガントレットをアンテナにしてさらに範囲を広めたりできる。


 今も、この場所から遠く離れた、ビギンズの人々の様子を探ってくれていた。


「みんな大丈夫そうだよ。あとはうちの……ううん、モントールの人達に任せていいんじゃないかな」


 モントールの人とは、モントール子爵領の人たちのことだ。彼女の家が治める領地の話とはいえ、その距離は遠い。


「もちろん、セシルさんもね」

「……なんでわざわざ彼女の名前を?」

「良かったな、ジル」

「いや、だから、うーん……」


 やけに生暖かい視線をぶつけてくる2人に、俺はつい頭を抱える。


「ジルくん、随分入れ込んでたもんね。彼女に」

「確かセシルは母親の名前だったな」

「ぐ……」


 2人は、いや、俺達3人は親父の口から改めて、俺の両親の話を聞いた。あわせて、名前も。

 だから、2人はきっと俺がセシル……レイジの姉であるセシルに母を重ねていると思っているのかもしれない。


 それは全くの誤解……でも、ないけれど。

 確かにそれが理由で入れ込んだ感は否めないけれど。


 でも、一番の目的は、やはりレイジを旅立たせることだ。

 彼は家族を失わなかったが、故郷は失った。

 そしてポシェ達からの勧めで1人、騎士となるために王都へと向かった。


 ゲーム通りのルートを辿れるかどうかはタイミング次第……そもそも、そのゲームの筋書きもどの程度原型を留めているかは不明だが、しかし、お膳立ては十分だろう。

 筋書き通り、レイジがセレインと出会えば、後は転がるように話は進む。


 セレインに関しては、あれ以来会っていない。

 当然連絡もしていないし、生きていることを匂わせてもいない。そこにはかなり気を遣ったからな。

 つまり、セレインはゲーム通りのセレインに近い存在になっている、筈。


 そう思うとなんだか、いや、確かに寂しさのようなものを感じてしまう。

 もしも、俺が生きていると伝えたら、彼女は喜んでくれるだろうか。それとも、怒るだろうか。

 もう俺の存在は過去となり、今更興味など無いだろうか。


 そんなことをつい考え、誰に向けてでもなく小さな溜息を吐いた。


「「…………」」 

「……? どうした、2人とも」

「今、セレイン殿下のこと考えてた?」

「へ」

「ああ、考えていたな。物憂げな雰囲気を隠そうともせずに」


 ポシェとフレアからそんな指摘を受ける。

 今度は先と違い、少し刺々しい。


「そりゃあ、ライバルだもん」

「ライバル? ポシェ、セラと喧嘩でもしてたのか?」

「喧嘩といえば、喧嘩かな。そう言えなくも、ないかも」


 つんっと、拗ねたみたいに言うポシェに、俺はあまり状況が分からず首を捻る。


「昔の女に思いを馳せるのはいいがな、ジル」

「別に昔の女とかじゃあ……」

「今気にすべきは聖女の方だな」

「え?」


 聖女といえばアレだ。

 女神教が祭り上げるシンボル。神の声を直接賜る、神託を受ける力を持つ特別な女性だったか。

 実際は殆ど噂であり、実在は公のものではない。ゲームの中にも存在が仄めかされたくらいか。

 女神教とは深く関わることなかったし……まぁ、宗教ってのは中途半端には手を出しづらいのだろう。


 とはいえ、その女神教の聖女様とやらのことをどうして俺達が気にしなくちゃいけないのか——


「もう忘れたのか? 盗賊達に殺しをさせないために、聖女が死の臭いを嗅ぎつけるという“嘘”を流布しただろう」

「あ」

「女神教は信者数も多い。私達がそんな女神教のシンボルをまるで狼であるかのように扱ったわけだからな。しかも捏造だ。どこかから向こうに話が伝わり、何かしら面倒に繋がる可能性は十分にある」

「何かしらって」

「知らん。私は女神教ではないからな」


 フレアはすっぱりそう言い切る。

 でも確かに彼女の言うことは正しい。咄嗟の思いつきだったとはいえ、厄介な問題を抱えてしまったかも……いや、それでビギンズの人達を殺されずに済んだんだ。十分意味はあっただろう。


「モントール子爵領にも影響あるかな?」

「分からん」

「……情報を流すか。俺達がやったって」


 これ以上、ポシェの実家にもビギンズの人達にも迷惑はかけられない。

 とはいえ、モントールの一部の協力を仰げる人たちには、聖女様に関する不名誉な噂を流したのは俺達であると、新しい噂を流してもらう必要はあるかもしれないが。


「そうなったら、王女殿下にジル君の話が伝わる可能性はあるね」

「うぐ……! できるだけバレない方向で……」

「ならば、そうだな。何か我々の組織名でも作るか。集団として目をつけさせれば、個々への目も多少は紛れるだろう」

「まぁ、一理あるか」


 そうなるとそういう名前をつけなければならない。何も浮かんでいないけど。

 そう、フレアに目を向けると、フレアはポシェと目を合わせ、意味深な笑みを浮かべた。


「名前なら、丁度良いのがあるぞ」

「うん。あたし達らしいのが」


 そう言われて、あまり良い予感はしないが、しかし、否定すれば代案を求められるのが世の常。

 完全にノープランな俺にその権利があるはずもなく、


「そ、そうか。じゃあ、よろしくお願いします」


 などと、ぎこちなく頷くほかなかった。

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