第35話 第三王女の学院生活

「ジルー何か私に言うことありませんかー? ありますよねー?」


 うざ……。

 食堂を後にし、衆人環視から解放された直後、セラは冷たく引き締めていた表情を溶かし、俺の肩に手を付けつつそんなことを言い始めた。

 リスタ先生は無反応だったが、ルミエは信じられないものを見たかのように表情を驚愕に染めている。


「あ、あの、本当にセレイン様ですか……?」

「本当に、とは?」

「豹変しすぎと言いたいんですよ、王女殿下」


 そうルミエの気持ちを代弁すると、王女殿下は少し拗ねたように頬を膨らまし、俺の腕を掴んできた。


「セラですよ、ジル。オージョデンカなんて名前じゃありません。名前を付けたのですからちゃんと最後まで責任もってもらわないと」

「セラ? セレイン様、ジルくんとはどういう関係なんですか?」

「ふふん、相棒です」

「元が頭に付くけどな」

「はい? 元なんて付きませんけど。ジルと私は未来永劫相棒同士ですよ」


 ジルとセラとして対等に振る舞うのは人攫いのアジトを抜けるまでの決まりだった筈だ。

 こんな平和な空の下で平民風情が王女殿下の相棒など成立する訳がないのだが、どうにもこの王女様、それに頷いてくれる気はないようで――


「ジル、あの後何があったのですか? 私、目覚めたら学院にいて、私よりも重傷だった筈のジルが医務室に居なかったので、もしかしたらと……」

「その心配はもう必要無いでしょう。実際こうして無事に――痛っ」

「敬語っ」


 言葉の途中で頬を抓ってくる王女様。


「ジル、学院の原則を知らない筈が無いですよね? この学院の中では貴族・平民という身分の違いは存在しないと」

「けれど、おたくのフィルさんとやらが言ってたでしょう。場所が変わろうと血が違うことに変わりはない的な」

「……そもそも、血の価値などというものは幻想ですよ。仮にジルの血と私の血をお皿に入れて飲み比べでも違いなんて分かりません」


 なんか奇妙な例え話を始めやがった。言わんとすることは分からなくもないけれど。

 でもそれを王女が言っていいのだろうか。


「私は……王女に生まれて良かったと思ったことがありません」

「え?」


 突然のカミングアウトに、ルミエが驚きの声を漏らす。


「私の実母は既に亡くなり、実の父である国王陛下は私のことなど気にかけてもおられません。兄弟も多く居ますが、接点なんて殆ど無い――王家にとって私は政略結婚の駒でしか無いのですよ。そうする事以外に、才能も価値も示せないから」


 そんな重い話に、俺もルミエも絶句するしかない。


「王城の使用人達にさえ陰で言われているんですよ。『セレイン様は顔だけはいい』『どんな男でも虜にしてくれるだろう』……王国の、王家の驚異となる反乱分子や他国の要人を抑え込むために役立つらしいです」


 彼女は自身の顔を撫で、自嘲するように笑う。


 確かに彼女はかなりの美女だ。俺の主観的にも、設定的にも。

 ただ、本人からしたらそれも喜べることでは無いというのは、言葉からも明白だ。


「私にとってこの学院は最後の拠り所だったんです。学院には身分の違いは存在しない。王族でも貴族でも平民でも……けれど、結局、この学院に入っても私は周りから見たら第三王女でした。近付いてくる人も皆、上手く取り入れば家名が上がる、王族に食い込めると、私自身のことを見てはいない」

「セレイン様……」

「けれど、ジルは……ジルだけは私のことを私として見てくれました。セレイン……いいえ、セラとして。それが、本当に、泣きたくなるくらい嬉しくて……」

「……あれは」


 状況が状況だったから。

 それが俺にとっての真実であり、そう言ってしまうのは簡単だ。

 けれど、彼女が感じたこともまた彼女にとっての真実で、俺が一方的に否定して無くなるものでもない。


「はぁ……分かったよ、セラ」

「っ! ジル……!」

「この学院じゃ身分の違いは無い。言い分はそっちの方が正しいしな」


 結局、折れるのは俺の方となった。


 王女と関わることにはデメリットもあるが、メリットもある。


 デメリットは今更考える必要もなく、ゲーム『ヴァリアブレイド』の中に残る俺の設定、“王女の護衛”に直結しかねないということ。

 この世界を今はまだ現れない主人公とそのヒロインであるセレイン=バルティモアを中心に回るのならば、信頼する護衛を失って深い傷を負うという状況が満たせるとなれば、世界は容赦なく俺を殺しに来るかもしれない。


 けれど、それでも受け入れるメリットは、魔人――いや、魔神の眷属が“セレインの血を求めている”ということだ。

 彼女の側にいれば、奴らと出くわすチャンスが増える。それは自身の命を賭けるに十分すぎる理由になる。

 血を否定したい彼女にとって、俺がその血の持つ価値を求めているというのは酷い皮肉だが――


「それじゃあ、ジル。私、ジルの側にいてもいいのですねっ!」


 なんというか、この幸せそうな笑顔を前にしてしまうと、そんな打算も自分を納得させるための詭弁のように思えてしまう。

 思えば俺、前世では彼女のファンだったし……なんてまた、本心なのか言い訳なのか分からない思考が浮かんでくる。


「ま、まあ、他にあまり人がいない時になら」

「はいっ!」

「落ちた」

「落ちましたね」


 外野2人が何か言っている……俺だってセラの言いように動かされているなんてこと分かってるっての。


「しかし、そのような事情があるのなら、なるべく2人が周囲の目を気にせず過ごせるような場が必要になりますね」

「……また変なこと言い出すんじゃないでしょうね」

「ジルさん、私はいつでもまともなことしか言いませんが」


 まともなものか。今もどうせ、どうにかセラをクラスゼロに編入させられないかとか考えて……いや、マジで考えてるんじゃないか!?

 

「取りあえず今は目先の授業ですね。なに、セレインさんにもきっと楽しんでいただけると思いますよ。なんといっても、ジルさんがこれから頑張ってくれますからね」

「はぁ!?」

「そうなんですか? ふふふっ、私、ジルのことならカッコいいところでもカッコ悪いところでも大歓迎ですよっ」

「それならば、どういう結果になっても問題は無さそうですね」

「あの、何も聞いてないし、とんでもなく嫌な予感がするんですが……」


 これから何をさせられるのか想像もつかないが……入学初日してはカロリー重すぎませんかね、これ……。

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