第36話 初授業

 そんなこんなで再び教室に戻った俺たち。


 いつの間にか先生に招集を受け、先に着いていたエリックが王女様を見て驚きのあまり気絶しそうになったり、後からやってきたレオンが再び喧嘩をふっかけようとしたりとヒヤヒヤする場面もあったが、リスタ先生のフォローもあり大きな問題にはならなかった。


 いや、それよりも――


「あの……セラ?」

「なんですか、ジル」

「その、妙に近くないですか」

「敬語。それに、近いなんてことありませんよ」


 ぴったりと腕がくっつく真隣に腰を下ろしたセラが、むしろ指摘する俺の方がおかしいと言わんばかりにキョトンとした顔を向けてくる。近い。吐息が触れる……。


「はぁん? やけに威勢良く突っかかってくるかと思ったらよお。テメェの女だったってワケか」

「お、おんな!?」

「ちげぇよ!? エリックも本気にするな!」


 レオンの言っている女ってのは付き合うとか、恋人とかそういう風に表現されるアレだ。

 いくら平等だろうが、お姫様と恋人同士に見られるなんてごめんだ。


「俺とセラは……友達だ」

「ジル、相棒ですよ。パートナー、タッグという言い方でも良いですが」

「じゃあそれでもいい。少なくともそこのゲスが勘ぐるみたいな男女の仲じゃない!」


 そう思い切り抗議すると、レオンは挑発するように鼻を鳴らした。ムキになってると思われてんな、これ……。

 そんな俺の横で「男女?」などと言いつつ首を傾げる王女殿下に対し、ルミエがその意味を教えているのか耳打ちをしていた。


「え、あっ!? だ、男女とは、そういう……あの、ジル? その、私達がその、“男女の仲”とやらになるには、その、まだもう少し時間の積み重ねが必要と言いますか、心の準備が必要といいますか……い、いえ! 決して頭ごなしに否定しようという訳では無くですね!? 行く行くは可能性も無きにしも非ず、と言いますか、わ、私的には、むしろ――」

「いや、余計な気を遣わなくていいから。こっちからしても、そんな気毛頭無いし」


 相棒なら相棒でいい。平和な空の下に逃げ出た今、何についての相棒だかは微妙なところだが。

 そんな訳で疑惑を一蹴した俺だったが、お姫様はお気に召さなかったのか、手の甲を笑いで済まない全力で抓ってきた。痛い痛い痛い!


「デリカシーないなぁ、ジルくんって」


 ルミエが呆れるようにジト目を向けてくる。


「あはは……」


 エリックも同意見なのか苦笑している。


「ハッ! 女心も分からねぇとは、とんだチェリーボーイが紛れ込んでたもんだぜ」


 そして、レオンがそんなことを口走った瞬間、俺は勢いよく立ち上がっていた。

 普通の嘲笑、呆れごときならスルーしていただろう。

 しかし! 奴の言ったことはどうしたって看過できなかった。


「レオン、お前ェ! 男のくせによくもそんなことが言えるなっ!?」

「アァ? 俺ぁ生憎、チェリーボーイじゃあないんでね」

「はぁあ~!? だから何だよ!? テメェだってチェリーだった時代はあっただろうが!」

「ハッ! そんな昔のこたぁ忘れたなぁ」

「くっそ……ちょっとばかし芽吹いて桜になったからって調子乗んなよ……? 散らすぞ、その桜」

「んだとテメェ……散らせるモンなら散らしてみろやッ!」

「言ったな? やるからな。俺はやると言ったらやる男だぞ! 根元からポッキリ逝かせてやるよッ!!」

「男だぁ? 女も知らねぇテメェなんかにそう名乗る資格があんのかよ?」

「んだとコノヤロウ!?」

「やるかコノヤロウ!?」


 互いの額をぶつけさせながら睨み合う俺とレオン。身長差があるため、レオンには腰を折らせる形となっていて少々情けないが……いや、知らん。そのまま腰痛めちまえ。


「じ、ジル? 大きい人も喧嘩は良くないですよ……!?」

「はぁ……男の子ってよくこんなくだらない話で盛り上がれるよね」

「と、止めた方がいいんじゃ……」


 外野の声はなんのその。

 その程度でコイツは止まらないから俺も止まらない。

 俺が止まらないからコイツも止まらない。


 互いにぶつけ合った怒りと敵意と殺意がどんどん高まり、いよいよ睨みなんかじゃ収まらないレベルまで達しようとしたその時――パンパンッと警戒に、やる気を削ぐ拍手音が響き渡った。


「そこまでです、お二人とも」


 次いで、先生の声が割って入ってくる。気配が無いからすっかり存在を忘れていた。


「その調子なら、余計な説明も不要そうですね」

「アァ!?」

「説明ってなんすか。こいつボコしていいんすか」

「ええ、その通りです」

「「……は?」」


 まさかの肯定に、俺とレオンは揃って間抜けな声を出してしまう。


「お二人にはこれから1対1で戦って頂きます。そしてルミエさん、エリックさん、それとセレインさんは見学して頂く――それが本日の授業内容です」

「け、喧嘩させて、それを見るのが授業なんですか……!?」

「授業とは業を授けるということでしょう。あえて試練を課すのも授業。そして、戦いを見て学ぶ機会を与えることも授業ですから」


 なんだか無茶苦茶なことを言っているが――まぁ、いい。

 この男を許可付きでボコれるチャンスだからなぁ……!


「よぉし、それじゃあそこで待ってろ。すぐに武器を――」

「ああ、ジルさん。今回はお互いに素手で戦って頂きます」

「へ?」


 素手? ステゴロ?

 こんなゴリラみたいな見た目の奴と?


「へっ、素手か。まぁ俺なら素手も本職だ。なんら問題ねぇぜ?」

「お、俺だって無いし。俺は徒手格闘なんて本業でもなんでもないけど丁度良いハンデになるしなぁ?」

「アァ!? 言ってくれんじゃねぇか、童貞小僧!」

「玉蹴り砕くぞ、ウドの大木がっ!」

「――話は纏まったようですね」


 再び、リスタ先生の声が邪魔をしてくる。

 しかし今度はさっきの普通の声とは違い、大きく、頭に直接響いた。


「な……!? 」

「どうなってんだぁ!?」


 俺達の身体が浮く。

 重力から解放されたようにフワリフワリと天井へと近づき、そして――


「うわっ!?」

「グゥッ!?」


 落ちた。

 突然、その束縛から解放されて。


 しかし、ただ落ちた訳ではない。

 身体を起こし周囲を見ると、先ほどまでいた教室ではなく、外……どこか分からない平原に居た。


「転移魔法……?」

『聞こえますか、ジルさん、レオンさん』

「なんだコレは!? どこだココはッ!?」

『そこは私の魔力で作った異相空間です。私の魔力を使って創られた別世界だと思ってください。魔力を参照しているので広さに限りはありますが、お二人が暴れる分には問題無いかと』


 魔力で……世界を創った!?

 口で簡単に言っているけれど、そんなの聞いたこと……いや、ある。

 けれど、それは人間なんかにできるような事じゃ――


『私達は元居た教室からお二人の戦いを見守らせていただきます。制限時間は無し。どちらかが降参するか、私が戦闘不能と判断するかで勝敗を決定しますので。ああ、互いに丸腰で戦って頂きますが、魔法の使用は自由です。素手と言いましたが魔法を使って武器を造る分には問題ありませんので』

「よくわかんねぇがよ……テメェをボコボコにすりゃあいいってことだろ?」

「……そうだな。まぁ、ボコボコにされんのはお前の方だけど」


 俺もレオンも互いに拳を構える。

 戦いのゴングなど無い。俺達は互いの呼吸を読み合い、そして――示し合わせた訳でもなく、同時に地面を蹴った。


「潰してやるよ、ジル=ハーストォ!」

「ぶっ倒す……レオン=ヴァーサクッ!」


 こうして、ミザライア王立学院での初授業となる、同級生とのタイマン勝負が始まった。

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