第37話 差
レオンと向き合ってすぐ、俺は全身の毛が逆立つのを感じた。
――引け、危険だ。
数々の魔獣と退治してきたからこそ分かるこの男の凄み、圧を受けて、俺は反射的に身を翻していた。
「オラァ!!」
紙一重、スレスレをレオンのタックルが通過する。凄まじい風圧で両足が地面から離れる。
「っと、避けやがったか。玉無しがっ!」
「んだと……!」
レオンの挑発にカッと怒りが湧き上がる……が、正面からぶつかり合えば体格に劣る俺が負けるのは必然。
落ち着け、怒りに身を任せれば不利になるのは俺の方だ。
「ふぅ……落ち着け、落ち着け……」
頭に上った血を、深呼吸と口に出して念じることでなんとか冷ましていく。
それだけで状況がクリアになるように感じた。
同時に、ある違和感も。
「ボーッとしてんじゃねぇぞッ!」
「っ……!」
俺の頭のあった位置をレオンの腕が通過する。何とか身体を逸らして躱す――と、同時にバック転しつつレオンの顎に蹴りを喰らわせた。
「グッ」
頭を仰け反らせ、呻くレオン。
だが、蹴りを喰らわせた俺には分かる。浅いなんてもんじゃない。逃げるついでに形だけ当てた攻撃だ。対して、いや全くと言っていいほどダメージは入っていない。
「すばしっこさはまぁまぁみたいだなぁ……?」
「お前こそ、図体の割に速いじゃないか」
「ハハハ! 身体がデカいから鈍重とでも思ったかぁ!」
すぐさま距離を詰めてきて、連打を放ってくるレオン。
速いが、躱せないわけじゃない。しかし、レオンの表情に躱される焦りはなく、むしろ俺を泳がせて楽しんでいるように見えた。
「ぐうっ……!?」
なんて呑気に考えていたからか、反応が遅れた。
奴の放ったジャブ、その内一発が肩を捉え、鈍い痛みを与えてくる。
咄嗟に地面を蹴り、威力を殺すために後方へと飛ぶが、それでも脱臼したんじゃないかと思うくらいには痛い。
「チッ」
「舌打ちしたいのはこっちだっての……速いうえにパワーもあるなんて」
この状況、どうにも俺の分が悪い。
体格はあちらが上、体重も比較にならない。
ああ、そんなのコイツを見た時から分かっていた筈なのになんであんな安い挑発に……!
「くそっ、弱気になるな。さっきまで散々挑発してただろうが……!」
情緒が不安定になっている。
怒りやすく、鎮めようとすると沈んでしまう。自分で自分がコントロールできていない……なんだか夢を見ているような感覚だ。
「とにかく、向こうの攻撃は躱し、隙を見つけては叩き込む……なんて、口で言うのは簡単だけれど」
「よお、作戦は決まったか?」
俺がぶつくさ独り言を呟きながら作戦を立てているのを、レオンはまるで見世物を楽しむかのような余裕な態度で眺めてきていた。
もう向こうの中では格付けが済んでいるらしい。
「ああ、お前をぶっ倒す算段がな」
「ヘッ、逃げてばっかのヤツが偉そうじゃあねぇか」
「いいや……こっからは攻めさせてもらう!」
覚悟を決め、突っ込む。今度は冷静に、しっかりと意思を持って。
作戦は単純――“攻撃は最大の防御”だ。
アイツが攻める隙を与えないように、ひたすら殴り続ける!
「ハァアアアッ!」
「どおっ……!?」
レオンにぶつかる直前に跳び上がり、思い切り勢いと体重を乗せた踵落としを繰り出す。
咄嗟に両腕でガードするレオンだが、勢いを殺しきれず、ガードと共に体勢を崩した。
そっからはひたすらぶん殴る。
奴のガードの隙をつくように、腹、脇、胸、顔……容赦なく殴っていく――が、どうにも効いている感じがしない。
細身であった魔人・サルヴァを殴った感覚がまだ残っているからか、レオン相手だと、まるで岩を殴り続けるかのような手応えの無さを感じてしまう。
「へっ、効いたぜ……! 中々いいもん持ってるじゃねぇか!」
「っ、コイツ……!」
「今度はこっちの番だッ!!」
――ゴッ!
それは腕を振ることで空気が震えた音、そしてその腕が確実に俺を捉えた音だった。
咄嗟に両腕を盾にしたにも関わらず、先程を易々と超える痛みに呻き声さえ漏らせなかった。
攻勢が一瞬にして劣勢に塗り替えられる。俺の殴打がそれこそ児戯に思えるくらいあっさりと、レオンは一撃でそれを成した。
今度は自ら跳ぶ余裕もなく、吹っ飛ばされ、背中から地面に落ちる。
「寝てる余裕はねぇぞ!」
「うぐっ!?」
すぐさま詰めてきたレオンが、脇腹に蹴りを入れてくる。俺は碌に抵抗できず、不恰好なサッカーボールのように蹴り上げられた。
勿論それで終わる筈も無く――レオンは大きく腕を振り上げ、俺の腹に容赦なく鉄拳を叩き込んだ。
「ごはぁっ!?」
食ったばかりの昼飯が強制的に逆流させられる、と同時に背中から地面に叩きつけられた。
上から下からと揺さぶられ、意識を飛ばされそうになる。
「ぐっ、ガハッ……!」
けれど、喉元で抑えきれず吐き出された、胃液や昼飯やの諸々が口内を焼くような痛みにそれも許されない。
「……ここまでだな。オイ、先生さんよぉ! 勝負はついたんだ。さっさとこっから出しやがれッ!」
もはやレオンは俺のことを見ちゃいなかった。この戦いと呼ぶにはあまりに一方的な光景を見ているであろうリスタ先生に向かって叫んでいる。
『勝負はついた、ですか。私にはそう見えていませんが』
「アァ!?」
『最初に言った筈です。勝敗は、どちらかが降参するか、私が戦闘不能と判断するかで決すると。さて、ジルさん。降参されますか?』
「降参も何も、コイツはもう戦えねぇよ」
『私はそう判断しません』
相変わらず淡々とした声で先生が答える。顔は見えないが、どうせいつもの無表情のままだろう。
それでも、彼女の声は明らかに俺に向けられたものだった。
『貴方達クラスゼロの生徒は皆、同じ目的を持ってこの学院に入学しています。最終目標こそ違いますが』
「ンなこと言ってたな……目的が同じなんてのは疑わしいが、それがどうしたってんだよ」
『たかだか数発殴られた程度です。それで諦めますか。屈しますか。勝てないと認めますか』
淡々と、しかし確実に胸を抉る言葉を先生はぶつけてくる。
鼓舞をしているわけではない。ただの確認だ。俺が、俺の意思がどれほどのものか。
最終目標は違うと言った。そりゃあそうだ。俺の目指す未来は俺だけのもの。それはレオンにも、ルミエにも、エリックにも当てはまる訳がない。
しかし、この学院に入学した目的と言うならば明らかで、彼らにも当てはまるかもしれない。
至極シンプルで、分かりやすい目的なのだから。
「……誰が、降参なんて、言いました?」
俺はゆっくりと、しかし力を込めて立ち上がる。
『降参するつもりはないと』
「ああ、確かに先生、アンタが言う目的ってのが、俺とレオンの間に共通しているって言うんなら……簡単に負けを認める訳にはいきませんからね」
「テメェ……」
「感謝するよ、レオン。いい感じに頭の血も抜けたし、重たかった腹も軽くなったからな」
魔人を倒したことで驕りがあったのかもしれない。同級生である彼を、俺はどこかでずっと見下していた。
俺は修羅場を乗り越えた。運命に抗うだけの資格を手に入れたのだと。
しかし、違う。俺はまだ弱い。
まだまだまだまだ……まだ足りない。もっと、強くならねばいけない。今より遥かに、想像できない程に、強く。
「分かったよ、お前は強い。そんでもって、俺は弱い」
「アァ?」
「けれど、それが立ち止まる理由にはならない。無様でも、恥を晒しても、俺は……!」
レオンに向き合い、拳を構える。
今の俺のままじゃ勝てるイメージなんかない。アギトが有れば、弓矢が有れば……そんな無いものねだりは無駄だ。
「レオン、お前には悪いがまだまだ付き合ってもらう。俺が、強くなるために」
「強く……へぇ、そうかよ。俺を利用しようってか……!」
今のままでは勝てない。なら、新しく捻り出すしかない。
勝利のための奇跡ってヤツを。
そのヒントを俺はもう持っている。俺なんかよりも、そしてレオンよりも遥かに優れた拳闘士を、俺は知っているのだから。
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