第38話 その気持ちは愛?

◇◇◇


 クラスゼロの教室、リスタ先生が造り出したフレームの中には、先生が創った世界で戦うジルと大きな人、確かレオンさんだったかが戦っている姿が投影されていた。

 けれど、戦うなどと表現するにはその姿は余りに一方的で――目を塞ぎたくなってしまう。


 レオンさんがひたすらジルに攻撃を加え、ジルが耐える。

 ただそれだけの状況がずっと続いている。


 止めた方が、と先生の方を見ても、彼女は何を考えているか分からない――いや、ほんの少し楽しげにその映像を見つめていた。

 そして、他のクラスゼロの2人も。

 途中までは戸惑っていた雰囲気だったけれど……そう、ジルが先生に降参か聞かれて立ち上がった後くらいからその目に剣呑さが滲むようになっていた。

 それぞれ食い入るように、ジルとレオンさんの一挙手一投足を見逃さないように映像を睨みつけている。


「不思議ですか」

「え?」

「何故私があの2人を止めないのか。何故この2人がこれほど真剣にこの戦いを見ているか」


 リスタ先生は映像から目を離さずに、確かに私にそう問いかけてきた。


「セレインさんは、彼らを――いえ、ジルさんを止めたいですか」

「そ、それは……でも、ジルは戦う意志を示しています。それならば私は彼を信じて見守ることしか――」

「なるほど、愛ですね」

「あああ、愛ぃ!?」


 先生の言葉に思わず大声を上げてしまう。

 そのせいで、いやもしかしたら最初から聞いていたのかもしれないけれど、ルミエさん、エリックさんも口々に「愛……」などと呟いてしまっている。

 羞恥心で顔に熱が集まってくるのを感じた。


「わた、私とジルはそういう関係じゃありませんっ! 私達は相棒同士で、パートナーでっ!」

「パートナーと一口に言っても、様々だと思いますが」

「普通の、そのまんまの意味ですっ! そういう勘ぐりは、私よりもジルに対して失礼ではっ!?」

「王女殿下よりもジルくんに失礼なんて考えにくいけどなぁ……」


 ルミエさんが少し呆れたように言ってくる。確かにそう言われてしまうと……いやいや、私は今王女ではなくただのセラだ。どちらが上なんて無い!


「でもジルくんはセラちゃんのこと……」

「でも!? 私のことっ!?」

「あっ、私もセレイン様のこと、セラって呼んで良かったですか? ジルくんが呼んでて可愛いなーって思いまして」

「どうぞお好きにお呼びください! 敬語も結構ですから! それよりジルがなんですか!?」

「く、食いつき凄いなぁ……いや、私から見たら、ジルくんもセラちゃんのこと意識して――いや、余計なことは言えないかな、うん」


 な……どうしてまたも途中で……!!

 し、しかし、はっきりと「意識して」と聞こえた。聞き間違いにも思えない。ジルが、私を意識しているなんて……そんなことがあるのだろうか。あったら……私は、どうしたら。


「あ、あの、ごめんね。私もジルくんとは今日出会ったばかりだから、あまり知ってるわけじゃなくて」

「そうなのですか? あぁ……それじゃあ私の方がジルの昔馴染みになりますねっ!」

「どや顔!?」

「私なんて一昨日……いいえ、一昨々日に出会ってますから!」

「どやる割りには最近だ!?」


 ルミエさんが目を丸くしている。ふふふ、私とジルの絆の深さに恐れ入ったということだろう。


「あの、2人とも。見ていなくて、いいんですか……?」

「あっ! そうでした、ジルは……」

「ご心配どうも、エリックくん。でもお生憎様。私、ちゃーんと見てるから」


 ピリッと空気が震えた感じがした。


「ジルくんは凄いね。最初は勝負にならないかと思ったけれど、ちゃんと食らいつこうと頑張ってる」

「ええと、どういう……?」

「普通、最初にああも力の差を見せつけられたら心が折れちゃうと思うんだ。でも、何度も立ち上がって何度もぶつかって……何度も返り討ちにあっちゃってるけど、でもまた立ち上がるでしょ?」


 そう言うルミエさんはやはり少し楽し気だった。


「エリックくんはどう思う?」

「そう、ですね……彼は、ジルは何かを狙っている。当然レオンも気が付いている筈ですが、仕留め切れていない。あえて泳がせているのかもしれませんが」

「うん、そうだね。ジルくん……彼、強いよ。確かに拳での戦いならレオンくんが体格的にも熟練度的にも圧倒的に優れているけれど」

「ジルの動き自体、ダメージは負っている筈のなのに最初に比べれば格段に良くなっていますね。冷静になったというか、ああまで淡々と自身の行動を制御できるのは少し恐ろしさも覚えます」

「ま、最初感情的だったのはレオンくんに原因が有ったと思うけれどね。おそらく彼の特質、魔法かな? 本人は無自覚みたいだけれど」


 ルミエさんとエリックさんはそんな会話を軽快に交わしていく。正直私はあまり付いていけていない。ジルが褒められているのは分かるけれど……。


「驚くほどのことではないですよ」

「え?」

「あの2人は今、実際に戦っていずとも戦っているのですよ。彼らもこの授業の意味を理解していますから」


 リスタ先生はそう言って、区切るように一旦言葉を止める。

 そして、その無感情な瞳を私に向けた。


「セレインさん、貴方はジルさんを心配するだけですか?」

「それはどういう……」

「クラスゼロに求められるのは“強さ”、そして、それでいて更なる高みを目指す向上心です。彼らにはそれぞれの目標があり、それを果たす為には周りの全てを利用してでも強くなるという貪欲さがある」

「貪欲さ……」


 きっとそれは私には無い。

 先生はクラスの編入は簡単にはできないみたいなことを言っていたけれど、でも、私がこのクラスに入れないのはそれだけでは無いのだろう。


 私には強くなりたいという欲求はない。

 今ここにいるのは……彼が……。


「セレインさん。私はクラスゼロに所属することが幸福に繋がるとは考えていません。ただ、貴方がジルさんと一緒にいることを望むのであれば知っておいた方がいいと思ったのです。勿論、貴方が彼らに匹敵する才能を有していることは間違えようの無いことではありますが」


 ジルと一緒にいることを望む……それについては否定するつもりなどない。

 どうしてそこまでの気持ちがあるのか、明確に言葉にすることはできないけれど、でも……。


「ああ、セレインさん」

「……なんでしょうか」

「ジルさんが動きそうですよ」

「えっ!」


 先生の言葉で、頭の中で渦巻いていた思考を投げ出し、ただ映像へと目を向ける。

 

「ジル……」


 映像の向こうのジルはボロボロだったけれど、でも、その口元は笑みを浮かべている。


「ジル、勝って……」


 この戦いを見ることが自分の力になるなんて思えない。

 ジルが心配で、けれど彼なら何かやってくれるという期待もあって。


 私は、いつの間にかボロボロと涙を零しながら、それでも決して目を逸らすことなく、彼を見つめ続けた。

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