第39話 先輩のように

「はぁ、はぁ、はぁ――」

「おうおう、随分と息が上がってんじゃねぇか。いい加減、こっちも疲れてくるぜ」


 もうどれくらい戦っているのだろうか。いや、戦いになっているのかは微妙なところだが。

 俺は何度もレオンにぶつかり、あしらわれ、時にはラッシュを叩きこまれ……そして何度も立ち上がってきた。


 正直、体力的にはかなり消耗しているし、全身はズキズキ悲鳴を上げている。もしかしたら骨も何本か逝ってるかもしれない。

 王立学院の制服も、ある程度荒事を想定して丈夫に作られているらしいが、すっかりボロボロだ。


 それでも、そんな体の状態とは裏腹に俺の精神状態はむしろ上り調子、高揚してきている。


「あ? とうとう頭のネジでも飛んだか」


 どうやらにやけていたらしい。レオンが気味悪げに顔を顰める。


「ああ、悪い悪い。ちょっと新しい扉が開きそうなんだ」

「ハァ!? 本格的に気持ちの悪ぃこと言ってんじゃねぞ!?」

「気持ちの悪いって……あ。違うっ! 変な意味じゃないっ!」


 まるで痛めつけられることに快感を覚えたかのように伝わってしまったと気づき慌てて訂正する。

 けれど、レオンはやっぱり引くように、数歩後ずさりした。


「はぁ……まぁ誤解させたなら、正しい解を見せる方が早いか」

「アァ?」

「ようやく、良い感じに死んできたところだ。今ならきっと上手くいく」


 バクバクと心臓が力強く、激しく鼓動をするのを感じる。色んなものが抜け落ちて、すっかり軽くなった。

 そして、いつも以上に魔力をはっきりと感じている。


「ふぅ……」


 強く息を吐き、目を瞑った。

 真っ暗な世界の中で、思い浮かべるのは1人の少女の姿。


(先輩……)


 ポシェ=モントール。あの嵐のような先輩の小さな背中を。

 スライムをその身一つで蹴り砕いたあの強靭な蹴りを、込められた力を。


 身体強化。

 あれは6つの属性に該当しない無属性と分類される魔法だという。

 何色でもない魔力を血液のように体に流し込む、持たざる者が持つ力だ。当然俺は試したことがない。

 通常、魔力というのは依り代――武器の類はそうだし、属性を乗せるのもセットだ。魔力そのものを操作しようとしてもどこかで自分の属性が乗ってしまう。


 ポシェ先輩に属性が存在しないのか、それとも属性があってもなお無属性のまま操れているのか定かではないが……俺があの技を使おうと思えば取れる方法はそう多くはない。

 自分の身体を依り代に。巡らせる無属性の魔力は……光と闇の相反する魔力を掛け合わせることで中和し強制的に生み出す。


「う、ぐぅ……!」


 焼けるような痛み、そして震えるような寒さ。

 それらが全身を駆け巡る。酸欠のように頭がボーっとし、過呼吸のように苦しくなる。

 身体がブレーキを危険だとかけてきているのだ。あのサルヴァを、魔物のコアを吹き飛ばした相克の力を弓を使わず、セラの助けも受けず、自分の中だけで完結させようというのだから。


 コントロール的にも、激しく膨らもうとする魔力を抑え込む器としての強度もとても足りていない。

 けれど……何もせずに地面を舐めるなんてことはできない。


 もしも、同じような状況で魔人に対峙することになったら? 素手では向こうの方が上手だから、運が悪かったから……そんな理由で諦める筈がない。

 魔人と対峙すればどんな状況でも殺す。それ以外に選択肢は無い。


 だから、こうして試せるときに試しておかなきゃ勿体ないだろう。


「収まれ……このっ、収まれぇッ!!!」

 

 全身を駆け巡る感覚を、無理やり力づくで収束させた。

 心臓がバクバクと脈打ち、視界がチカチカと点滅する。

 それでも、立っている。俺はまだ、倒れてはいない。


「レオン……」

「……っ!」

「構えろ」


 殺してしまいはしないだろう。

 しかし、抑えられる気がしない。この力は……!


「なっ!?」


 地面を蹴った、次の瞬間にはレオンのすぐ目の前にいた。

 奴の目が大きく見開かれる。それをまじまじと見ながらも俺は構えた拳を振るった。レオンが身体を守るための盾として出した腕目掛けて。


「うっ!!」

「ぐ、つぁああッッ!?」


 拳が腕を打ち抜いた瞬間に生まれた衝撃に俺もレオンも悲鳴を上げる。

 まるで空間が爆発したのかと思う破壊力に吹っ飛ばされた俺は、地面を抉りまき散らされた砂煙の向こうで、それでも2本の足で立つレオンを見てただただ驚愕していた。


「化け物かよ……!?」

「……いいや、正直ビビったぜ。まさか、テメェ相手に“本気”を出すことになるなんてな」


 土煙が晴れ、レオンの姿が露わになり……俺は言葉を失った。


 赤い髪が獅子のタテガミのように荒々しく膨れ上がっている。

 俺の打撃を受け止めた腕部分はブレザーが破れ落ち、その中からは頭髪と同じ赤い剛毛が茂っている。そして腕自体、着痩せでは誤魔化せないほど隆々と膨らんでいて、その手は先程までと違い鋭く爪が伸びていた。


「ああ、見ちまったな? 別に見られたから生きて返さねえなんて言うつもりは無いけどよ」


 鋭く生えた牙を光らせ、猫の目のような虹彩の広がった目で睨みつけてくる。


「お前……獣人だったのか」


 二足歩行する獅子。そうも見える半人半獣の男。

 亜人と称される人に近しい存在である彼がまさか学院の生徒に混ざっているとは。


(いや、あの教師ならやりそうだ)

 

 この場にいないリスタ先生を頭に浮かべつつ、しかし意識はちゃんと彼に向ける。

 先ほどまでは人間に擬態しきっていた。演じて、セーブしていたってことだ。


「ん? 獣人……」


 彼の見た目……どこかで……?


「おい、ボーっとしてんじゃねぇよ。ようやく面白くなってきたところだろうが。お前のその力とオレの力……どちらが上か、力比べと行こうじゃねぇか」


 僅かに雰囲気の変わった一人称を受けて、俺の頭に1人、ある人物が浮かび上がる。


 俺は彼を知っている。

 正確には彼じゃない。おそらくが頭についてしまうが、十中八九、未来の彼を。


 ヴァリアブレイドに登場する強敵の1人、“ビーストロード”と名乗った男を。

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